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第三十三話 『分からせは皆んな好きだよね』


「……」

「あーしはコイツの姉。妹が世話になったようね」


そう言う彼女の側にはボロボロになったセクメットの姿があった。


「ボ、ス…もうし、わけないにゃ…」

「アンタは少し黙って」


セクメットの姉と名乗る獣人は彼女の腹を蹴り上げる。


「……二つ」

「貧弱そうな男ね。こんな奴に負けるとはやっぱセクメットはあーしら姉妹の恥…」


この生意気で腹が立つ獣人族の女はバステ・ブバスティス。

腰辺りまで伸びた長い茶髪。つり眉と可愛らしい垂れ目。

制服を腰に巻き、カーディガンを羽織ったギャルっぽい姿。

頭にはセクメットと同じように猫耳がぶら下がっている。


「負けた者が勝者に従うのは獣人族の掟だけど、獣人族の誇りを捨ててまで男に媚びるのは恥。だから、お灸を据えた」


聞いてもない理由をベラベラと話すバステの態度にニグラスは少し違和感を覚える。

原作の展開とかなり違うな…本筋ではオリオンに負けたセクメットが彼女に泣きついた事で彼女がオリオンに引導を渡す為に決闘を挑んでくるという流れだった。

決して妹をぞんざいに扱うような人物でも性格の持ち主でもなかった。

思えば、セクメットもまた原作の人物像とは少し違う雰囲気を感じさせる。


「それで先輩の目的は何ですか?」


青とグレーを混ぜた制服。

この色は勇王学園の2回生の証。

本来、2回生は自由に1回生のフロアに出入りする事は出来ない…

彼女がどうやって此処まで来たのかは予想が付く。

セクメットを痛めつけて強引に承認版を潜り抜けて来たのだろう。

そもそも、原作ではこうしてフロアに乗り込んで初登場した訳じゃない。


フロアに屯っていた多くの一回生が此方に注目している。

人は面白い事が起こりそうな事柄から目を離す事が出来ない。

一回生のフロアにお目に掛かることの出来ない上級生の姿を拝めた事。

そして、フロアに現れたその上級生がダーレス勇王学園に於いて超が付くほどの問題児と呼ばれた獣人三姉妹の一人であるバステ・ブバスティスでその彼女に絡まれているのが意味王国で尤も有名な貴族ニグラス・シュブーリナだからだろう。

自分も当事者でなければ同じように野次馬をしていた。


「妹の尻拭いは姉の役目な訳で〜…ニグラス・シュブーリナ、あーしと勝負しろ」


やはり、こうなるか。

尤もセクメットが決闘を挑んできた時点で彼女と必ず接触する事になるとは思っていた。

さて…答えは決まっている。


「一人でやるのが怖いならぁ~、そこに居る女共も一緒に相手してやるけどぉ〜?」


彼女は完全にニグラスを舐め切ってる。

それも彼女自身の獣人族の王族としての誉れ、自身の絶対的な実力に圧倒的な自信を持っているからだろう。

ここら辺の傲慢な性格に関しては原作と変わっていないように思える。

ゲームとして彼女と対面している時は何とも思わなかったが…いざこうして彼女の態度を真っ向から受け止めるとかなり腹が立つ。


「つうか〜、男の後ろに隠れて媚び売ってるような女が一番嫌いだし〜…てか、そっちの女は獣人族?滅んだ人狼族?しかもその金毛…」


ピクっとフェンが僅かに反応した事に気付いた。

バステは彼女の正体に気が付いたらしく、興味がフェンに映る。

その表情は少し不適に歪んでいた。


「アンタもしかしてぇ…同族殺しの狼だよねぇ?まさか生きてたとは思わなかったし…てっきり同族を殺したショックでーー」

「…三つ」

「はぁ?」


仏の顔は三度まで。

そのことわざが正しかった事を今更ながらに理解した。

堪忍袋の尾が切れた。


『ニグラス』も同じように我慢の限界らしい。

自分の女を侮辱され傷付けられた事が何よりも許せないらしい。

それはーー同感だ。


「バステ・ブバスティス。その決闘受けてやるよ…」

「一人でいいの?」

「なんなら右腕だけで瞬殺してやるよ」

「へぇ…ムカつくねアンタ」


彼女の性格は充分に知り尽くしている。

獣人の王族は自分達が種族の頂点である事に誰よりも誇りを持っている。

故に、その誰もが傲慢でプライドが高い性格の持ち主が多い。

自分の実力に絶対的な自信を持ち、自分以外の相手を見下す事を愉しんでいる。

が、逆に相手に馬鹿にされる事や舐められる事に耐性がなく頭に血が昇りやすい。


「それとも左腕の方がいい?」

「ぶっ殺す。後悔しても遅いからね」


激しい魔力のオーラが放出される。

その質量と圧力に野次馬していた一回生の一部生徒達が気を失う。

流石だと言うべき、か。

こんな彼女でもその実力は確かに本物であり、二回生「A」クラスに属している。

同じ2回生Aクラスの『雷槍』と呼ばれる人物に並ぶ存在。

そんな強者の魔力に充てられて正気を保てるのは数少ないだろう。


「ここで始めて貰っては困るぞニグラス」


割って入って来たのはスパルダだった。

一触即発のタイミングで止めに入ってきた彼女だが最初からこの場に居たのを知っている。

この状況を面白がって本当に止めるべきタイミングまで高みの見物を決め込んでいたのだろう。


「わかっていますよ。師匠、悪いですけどこの後の授業は少し休ませて貰いますね」

「……、構わん。私も観戦してやるからな」

「いや、授業があるでしょう」


まぁ多分、この人は本当に観戦しに来るのだろう。

自由奔放な彼女を止める事は誰にも出来ない。



「リオン行くの?」

「うん。とっても面白い試合が観れると思うからさ」


そう言ってオリオンは微笑むのだった。


ーー


そして、決闘場へとやって来た。

観客席には授業をサボって多くの生徒達が集まっていた。

一回生だけでなく、2回生・3回生もまたこの試合を見届ける為に集まっている。

其処にはニグラスがゲームで何度も見た顔ぶれが揃っていた。

観客の殆どは学園の腫れ物同士の潰し合いを観て悦楽に浸ろうとする者だろう。

現に、2人を馬鹿にするような言葉が耳に聞こえてくる。


だが、ニグラスは勿論だがバステもまたそんな下らない事は気にも止めない。

今はただ目の前の相手をどう潰そうか…それだけに意識を注いでいる。


「もう後戻りは出来ないけどぉ〜、大丈夫そ?」


彼女は未だにニグラスを弱者と見ている。

油断と慢心が分かりやすい程に伝わってくる。


「その余裕が命取りにならない事を願った方がいいんじゃないすか?」

「はぁ?まぁいいや、じゃあ始めようか!」


バステが魔力を纏う。

手のひらをニグラスの方へ向ける。

魔法発動の動作。


ニグラスは、彼女が行動する前から動き出した。

脚に魔力を巡らせ、目一杯に大地を蹴り加速する。

一直線に魔法を放とうとする彼女目掛けて突撃する。


「速いけど、それじゃあーしの魔法は躱わせない。風よ我が敵を捕らえよーー『風縛』」


ニグラスの身体がピタリと空中で停止する。

両手足を縛られて身動きが取れなくなる。

風魔法『風縛』。

対象の動きを数秒間封じる効果を持つ。

効果の割に長ったらしい詠唱が必要+命中率が低く扱いづらい能力だが、風魔法の天才であるバステはそのデメリットを覆す。

短文詠唱+異常に高い命中率を誇る。

"災厄級"で敵として戦う際は毎ターン100%の確率でこれを放ってくるので本当に厄介だった。


「これで終わり。風よ咲き誇れーー『刃花』」


空中に無数の風の刃を向日葵のような形で展開する。

四方八方、全方向。

ニグラスを取り囲むように風の刃を操る。


本来、風魔法の使い手でもこのように器用に風を操る事は非常に困難である。

が、バステは『風の聖霊』の加護を受けた事で風を手足の様に自由に操り扱う事が出来る。


「風よ…敵を捻じ切れーー『落花の嵐』」


指をパチンと鳴らす。

同時に、空中に展開された全ての刃がニグラスに向けて降り注ぐ。

嵐のように降り注いだ風の刃は一瞬でニグラスを容赦なく斬り刻み細切れにする。


「ふふっ、あはははははッ!!!」


完封。

まさに、瞬殺。

バステは己の勝利を確信して声高らかに大笑いする。

あれだけ生意気な口を聞いていた偉そうな男が何も出来ずに散った。

やはり、自分に適う者は居ないと再認識し自分に刃向かった名前すら忘れたあの男を嘲笑する。


「ははは…ん?」


バステは、違和感に気付く。

自分が勝利したというのにヤケに会場が静かだ。

嫌われているから、そういう事は関係なくあまりにも静かすぎる。

よく見れば、誰一人として顔色ひとつ変えていない…それどころか誰一人として動いていない…


「まるで…」

「幻想のように…って?」


その声と共に、ニグラスの姿が…いや、会場そのものが霧が晴れるように散る。


「ーーは?」


「ようやくお目覚めかな?随分と長い夢を見ていたようだな」


アリ、エナイ…そう声を漏らそうとするが、声が出ない。

口が何か縫い付けられているように動かない。


「?、?、?」

「なにが起きてるのか分からないって顔をしてるな」


何故、この男が動いている?

確かに魔法で粉微塵に切り刻んでやった筈だった。

それなのになぜ、傷ひとつなく元気そうに動いている。

というより、どうして自分は手脚を縛られて地面に転がって…

それが、彼女がようやく気付いた状況だった。


「禁忌闇魔法ーー『幻夢の虚界』」

「!?」


禁忌に属する闇魔法で、精神や感情に干渉し相手が望んだ幻想を具現化させる。

術に掛かった者は、現世と虚世の区別を失い徐々に精神が崩壊して感情を失うと言う効果を持つ力。

状態異常に対して耐性を持つ者にも効果は軽減されるが貫通する。

デメリットとして莫大な魔力と精神力を消費してしまうので、数日に一度しか扱えない。

セイラムとの魔力鍛錬が無ければ決して扱えなかった、そもそも禁忌闇魔法を使える事が有り得なかったのだが。


それにしても彼女は非常に魔法に優れており状態異常系に抵抗力がある人物。

そんな彼女を持ってしても効果は強力だったようで未だに少し虚な表情をしている。

やはり、これは人間とかに向けて使うべきではなかったかも。



「さぁーて、俺はアンタにどうしようもなく腹が立っていてな。俺の大切な人達を侮辱した事を償わせてやるからな」



セクメットと同じ罰を味わって貰おうか。

膝の上にバステをうつ伏せで乗せて上半身はしっかりと脇で固定する。

無防備となった彼女の肉付きが良いえっちな尻目掛けて何度も何度も強烈な張り手を叩き込む。


「きゃう!?、あひんっ!?にゃっ!?いたっ、やめっ、何をっ!?」


むき出しになったお尻を観衆の目の前で叩かれ続けるバステはただされるがままの状態。

露わとなった女子のお尻に会場に居た男子生徒からはおぉ!と言う声が漏れる。


「おらぁ、おらおらぁ!」


彼女の言動と行動を受けて溜まりに溜まった鬱憤を晴らす為に何度も勢いよく尻を叩き続ける。

そして、数分後。


「もう、許してぇぇぇぇぇえ…」

「降参か?」

「降参するからぁ、許して…」


あの傲慢で偉そうだったバステ本人とは思えない程に弱々しく泣きべそを掻いて白旗を上げてくる。

叩かれ続けたお尻は真っ赤に染まり、可愛らしいお猿さんみたいだ。


「この勝負は俺の勝ちでいいな?」

「うぅ…はいにゃの…あなたをボスと認めるの…」


こうして、バステとの決闘はニグラスの勝利で終わった。


「さすがボスにゃ」

「うむ。流石は私の夫だ」

「ニグラス様なら当然かと」


決着がつき和やかなムードが場を作る。

しかし、ニグラスだけは未だに警戒を解いていなかった。

何故なら…彼だけは知っている。


「私達も行きましょうリオン」

「…待って」


「……」


学園に集う強者達もまた気付いていた。

まだ、何かがあると。


「どうしたにゃの?ボス?」

「ーー死ね」


誰にも届かないような呟き。

誰一人としてその声に気付く者は居なかった。

が、ニグラスだけは気が付く事が出来た。

隕石の如く飛来するソレの存在に。


ドォォン!!!


轟音が鳴り響く。

砂埃が吹き荒れ、煙幕となり会場を包む。

その異常なまでの地響きに何事かと生徒達が足を止める。


煙が晴れ、姿が露わになる。


「……ほう。これを止めたか」


地べたに倒れ込むバステ。

その頭上で巨大な大剣を剣で受け止めるニグラスの姿。


「……」


ここからが本番だ。

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