第三十話 『獣人族の戦士として』
セクメット・ブバスティ。
獣人族に数多く存在する部族の一つ。
猫人族の王族の娘として産まれた。
三姉妹の末っ子で、他の姉達のように優れた才覚は持っていなかったが腕っぷしだけは自信があった。
幼き頃から"戦士"として強かった父に憧れた。
師となった父から戦士としての誇りと知恵、そして力を学んだ。
獣人族らしからぬ知性に優れながら、部族で父に次ぐ力を持った長女。
獣人族ながら魔法の才に恵まれた次女。
三女である自分は、他の姉2人と違い才能には恵まれなかった。
知性に乏しく、魔法や魔力には恵まれなかったが戦いの才能はあった。
強者である姉2人は嫌いじゃない、むしろ愛し尊敬している。
昔から優しく多くの愛情を注いでくれた。
媚びる為の行為でもない。
だが、それ以外の部族の連中は嫌いだ。
強者に媚びて自分で努力もしようとしない。
情けなくみっともない屑ばかり。
一人称を父のように漢らしく、そして戦士らしく変えるよう意識した。
寝る間を惜しんで森に篭り魔獣や魔物を狩り続けた。
誰も彼もを敵だと思い、舐められない為に他部族の優秀で自分よりも強い戦士に戦いを挑んだ。
その度になす術なく敗北し、地べたに倒れ伏し泥を浴び続けた。
それでも立ち上がり続け、挑み続けた。
数年立つ頃には、部族の中でも優秀な戦士として数えられていた。
部族の中で自分に敵うものは殆ど存在しなかった。
姉達は例外だ。
それからまた更に時が経った。
父を超えて村の頂点として君臨した。
部族の中に自分を馬鹿にしてくる者は誰一人として居なくなった。
だが、何も嬉しくはなかった。
何故なら、頂点に立った頃には既に姉二人は部族を去っていたのだから。
今も姉がこの部族に残っていたらオレは…この頂きには居なかった。
これまで努力をして来たのは姉達を超える為、認めてもらう為。
その二人が存在しないこの里に興味はなかった。
期待していた強者は現れなかった。
全員が恐れを為していた。
誇り高き獣人族の戦士が情けない…そう思わずにはいられなかった。
もはや、未練も残る理由すらなくなった。
父上と母上は姉達が向かったと言う人間の国に存在する学園への推薦状を出すと言った。
これまでの感謝を伝え、2人の居るインセンベルク勇王国に存在するダーレス勇王学園へと向かった。
迎えた入学試験。
正直…期待はずれだった。
世界最高峰の英雄育成機関と聞いた時は期待に胸を膨らませていた。
まだ見ぬ強敵が存在するのだと知り、此処でなら自分の力を証明できると思っていた。
だが、現実は違った。
入学試験の生徒同士の決闘はあまりにもレベルが低かった。
部族の里にいる未成人の戦士にすら及ばない雑魚の集まり。
目の当たりにした現実に怒りを憶えた。
これでは姉を超えるどころか並ぶ事も追いつく事すら出来ない。
それは、入学してからも変わらない。
特に…ニグラス・シュブーリナは気に入らなかった。
半端者が集まるBクラスで最強と持て囃されたいけ好かない男。
この国の王族の娘と同じ獣人族の女を側に侍らせて偉そうに踏ん反り返る強者の振りをした弱者。
初日のアレは恐れをなして挑まなかったのではない。
ただ、興味すら感じなかった。
あと程度の雑魚を蹴散らした程度で最強と呼ばれている事が何よりも気に入らない。
獣人族の里であればニグラスという男は中の下以下だろう。
星の勇者と引き分けたと言う話を聞いたが、あの様子であればその星の勇者も大したことのない相手だったのだろう。
ニグラス・シュブーリナの次は星の勇者オリオンを叩き潰す。
放課後。
オレは一人になった奴の後を付けていた。
が、奴はオレの尾行に気付いていたらしい。
まぁ、そんな事は想定済みだ。
ただ気に入らないのはあの瞳だ。
雑魚の癖に…
人間の分際で…
女の影に隠れて踏ん反り返る卑怯者の分際で…このオレを侮って嫌がる。
腹立たしい。
「チッ、気付いてたのかにゃ」
そう吐き捨てる。
ニグラス・シュブーリナは顔色ひとつ変えずに答える。
「あんな敵意を剥き出しな魔力を充てられたら嫌でも分かるさ」
獣人族の中でも気配を隠す事だけは姉達よりも自身があった。
実際、他の獣人族の戦士達も気配遮断を一度で見破ってくる奴は居なかった。
だが、此奴は気付いていた。
偶然か…或いは、、、
「はっ、そうかよ」
少しだけこの男を侮っていたのかも知れない。
まぁ、及第点。
このまま奴が尾行に気付かずに居たのなら容赦なく殺そうとしていた。
雑魚を倒して少しポイントが大きい位で持て囃すような屑が背後から来た敵にも気付かずに打ちのめされ失望される。
それも悪くなかった。
が、それじゃあつまらない。
叩き潰すなら真正面からだ。
それにしても、気に入らない。
あの眼とあの態度…
昔、自分を雑魚だと舐め腐った同胞達に似ている?
「オレは、自分よりも偉そうに踏ん反り返ってる奴が大嫌いなんだにゃ。特にテメェみたいな雌くせぇフェロモンを漂わせた女共を侍らせてニタニタしてるクソやろうはもっと嫌いにゃ」
自分を強いと勘違いして偉そうにしている奴はもっと嫌いだ。
そういう奴のプライドを踏み躙るのも悪くない…
「それで?」
「もっと気に入らないのは、お前がBクラスのトップに君臨してやがる事にゃ。だから、ニグラス・シュブーリナ…お前に決闘を申し込むにゃ」
証明してやる。
自分こそがBクラス、いや学園最強だと。
その為にニグラス・シュブーリナには踏み台になってもらう。
全身の毛を逆立てる。
爪を突き立て、犬歯を相手に向ける。
獣人族が己の標的と定めた獲物のみに見せる習性だ。
絶対にお前を逃さない。何度も狙い続ける。
そう言った意味合いでもある。
意外だったのはニグラスという男が獣人族特有の習性を理解している事だった。
奴もまた、身体が痺れを感じる程度の魔力を此方に向けて浴びせてくる。
「オレが勝ったらテメェを下僕にしてこき使ってやるにゃ」
「僕が勝ったら?」
生意気にもニグラスはそう返してきた。
この期に及んで勝てると思ってやがる。
その瞳はようやくセクメットを捉えていた。
「はっ、オレが負けるなんて有り得にゃいが…奴隷でも何でもなってやるにゃ」
万に一つもないがな。
獣人は嘘を吐かない。
もし仮に負ける事があるならば、本当に奴の奴隷でも何でもなってやる。
さぁ、どうする?とニグラスを煽るように問いかける。
もうニグラスがどんな言葉を続けるかは予想がついている。
「セクメット・ブバスティ…汝の堂々たる宣戦布告に敬意を表して…その決闘ーー受けて立つ」