第二十九話 『いずれ必ず』
学園が始まって一週間。
学園が指定する白色の制服を着て一回生が通う階に向かう。
学園は基本的には三年制だが最大で四年制まで在学する事が可能となっている。
名称は、一回生(一年生)・二回生(二年生)・三回生(三年生)・四回生(四年生)。
それぞれ四つの棟に五つの教室が用意されており、学生にとって必要な施設は殆どが完備されている。
一階は憩いの場となっている。
王都や世界中の食事がワンコインで楽しめる学生食堂。
剣や魔法の自主練習をしたい生徒達の為に用意された訓練施設。
この学園だけで生活の全てが成り立っていると言っても過言ではない。
またダーレス勇王学園では学年毎に制服の色が変わる。
制服の色が違う理由としては無数にある。
大半は、学生を見分ける為と学年を判別する為だ。
一回生は白をメインとした制服で統一されている。
二回生は青とグレーを混ぜた制服。
三回生は赤と黒を混ぜた制服。
四回生は、黄色一色の制服。
制服が違うように、学生服に刻まれた徽章の色も違う。
徽章はいわゆる学生証のような役割を持っており、教室に入る際や施設を利用する際にこの徽章を各施設に用意された承認版にかざす事で判別し利用できる仕組みになっている。
とても便利な場所だ。
日本の学校もこんなシステムや設備が常備されている学校があって欲しいものだ。
ま、転生前の日本の現状から考えても学生に優しい政策は行われないだろう。
王国と日本では国民に対しての優遇度が大きく異なっている。
王国は他国民はほどほどに自国民に対しての政策に力を入れており民からの満足は高い。
一方、それに比べて元の世界は…おっと、これ以上政治に文句を言うと危ないぞと本能が警告している。
「相変わらず、朝早いと言うのに学生が多いな」
と、メゾルテが言った。
まだ朝早いと言うのに学園内は多くの生徒で賑わっている。
学生食堂に訪れて朝食を取りに来たのだが、食事をするまでかなり時間が掛かった。
空いていた席に座り、3人で優雅に食事の時間を過ごす。
一流の料理人が作っただけあってどれも美味しい…が、カトリーナやメイド達が作ってくれた料理の方が好きだし、恋しく思う。
とはいえ、この時間は割と好きだ。
こうして周りを見渡すと面白い発見がたくさんある。
睡眠しながら器用に食事をとる生徒。
恋人とイチャイチャしながら食事を摂る生徒。
朝っぱらから大量の酒を呑み酔い潰れて、マスカレッド先生に怒鳴られるスパルダ師匠…
ほんと、あの人は朝から何をやってるんだ。
そんな風に思いながら周りを見渡していると、ある人物達を見掛けた。
「美味しいし、どれも豪華だね」
「そうね、村じゃ考えられないわよ」
この世界の主人公とメインヒロイン。
オリオンとアルテミスが向こうの席で楽しそうに食事をしていた。
彼等の姿を見て気分が落ち込む。
『ニグラス』の本質なのか、奴らを見ていると心が落ち着かない。
「聞いたかニグラス、あの男は昨日のテストで『3000』ポイントに昇格したらしいぞ?このまま行けば奴は学園一位卒業まっしぐららしい」
「へぇ…それは…」
聞けば、Aクラスではポイントを大幅に失い下のクラスに落ちた生徒が大量に現れたらしい。
『0』が現れなかった時点で運がいいだろう。
しかし…オリオンは原作においてまだこの段階で『1500』すら超えていなかった筈だ。
知らない所で改変が進んでいるのか…?
まぁ何にせよ、あのメゾルテがオリオンに少しばかり興味を持っている…ああ、気に入らない。
「ーー気に入らないな」
思わず口に出てしまった。
だが、事実である。
メゾルテが奴に興味を持っている事だけではない…あの男が学園一位に居座り続ける事も気に入らないな。
『ニグラス』、お前もそう思うだろ?
さてと、どうするか…
「星の勇者サマよぉ」
そんな事を考えていると、オリオン達の前に四人の生徒が立ち塞がる。
3人は白を基調とした一回生の制服を着ており、先頭に居る男子生徒の制服は青とグレー…つまり二回生。
おそらく、昨日オリオンと一悶着あった生徒なのだろう。
少し観察してみるか。
「何のようかな?」
「とぼけるなよ。昨日は俺様の弟をいじめてくれたらしいなぁ」
予想通りな展開だ。
昨日のテストでオリオンにこっぴどくやられたAクラスの生徒が仕返しする為に兄を連れてきたのだろう。
だが、結果は変わらないだろう。
2回生の持つ魔力は流石と言うべきかそれなりに高いが…星の勇者となったオリオンに比べたらまるで像と犬レベルの差が開いている。
お互いの実力差に気付いていないのだろうか、その未熟さだけは一人前と言える。
「こんなことして本当にダサい男ね、ルーク」
「黙れ!平民のお前達がオロッカデス子爵家に楯突いた事を後悔させてやる」
オロッカデス子爵…そうだ、思い出した。
学園の最序盤、オリオンに敗れてCクラスに落ちた腹いせに兄貴と仕返しに来た人物が居た。
そいつの名前は、ルーク・オロッカデス!
「決闘だ!お前に決闘を申し込む!」
「アンタッ」
「いいよ、受けてたとう」
オリオンは立ち上がる。
「いい度胸じゃねぇか。なら、今日の放課後に学園の第一訓練場に来やがれ」
そう吐き捨てて、ルーク達は去っていった。
場所は違えど原作シーンに立ち会えた事にファンとして感極まって涙が出そうになる。
事の一連をフェンとメゾルテは興味なさそうに女子トークに花を咲かせている。
他の生徒達は、星の勇者オリオンとルーク達による決闘に興味を持ったのか放課後第一訓練場に寄ろうと話をしていた。
「2人は観に行きたい?」
何となくそんな質問をしてみる。
2人は顔を見合わせて、答える。
「いいえ」
「分かりきっている試合を見て何が楽しいのか理解出来ん」
望んでいた答えが飛んできて少し嬉しくなる。
ニグラスとしては結末を決める為に試合を観に行こうと思っている。
「それよりも私はニグラスきゅんがこの学園の頂点に相応しいと思っているよ」
「ええ、私もそう思いますの」
「でも、あのオリオンに負けたよ」
「面白い冗談ですわね」
いや、事実なんだけど。
「あの試合、ご主人様は明らかに相手の土俵で闘っていましたよね?」
「まぁ、ね」
それが必要な事だったからだ。
あの時点で星の勇者として覚醒しなかったら原作が進まない恐れがあった。
勿論、手加減はしていない。本当の本気で戦った。
「これはあくまで仮の話なんだけど…もしも、俺が星の勇者をぶっ潰すと言ったらどうする?」
「貴方なら出来ますわ」
フェンは真っ直ぐとニグラスの目を見てそう断言した。
「私も同感だ。星の勇者を倒せるのは君しかいない」
メゾルテもまた、断言した。
ああ、女性に此処まで言わせておいて期待を裏切れる男は居るのだろうか。
少なくともニグラスには出来ない、出来なかった。
食事の手を止める。
「ありがとう。おかげで覚悟が決まったよ」
実際問題、此処で仮に星の勇者オリオンを叩き潰しても原作の強制力があるとするならば物語の展開は変わらないだろう。
だから、心置きなく…オリオンを叩き潰せる。
今度はお前の土俵で戦ってやらない…勝負は勝てばいい。
「くくっ…」
ニグラスは不敵に嗤うのであった。
そして、放課後。
授業が終わり多くの生徒がオリオン対ルーク達の決闘を観戦しようと教室を出ていく。
「帰りましょうニグラス様」
「……悪いけど、2人は先に行っててくれないかな。僕は少しやることを思い出したよ」
そう言ってニグラスは教室を後にする。
そのまま生徒の雪崩を逆流しながら歩き、誰も居ない静かな場所でたちどまる。
「それで、何か用かな?」
と、誰も居ない筈の空間に話しかける。
「チッ、気付いてたのかよ」
次の瞬間ーーある人物が物陰から姿を現した。
「あんな敵意を剥き出しな魔力を充てられたら嫌でも分かるさ」
「はっ、そうかよ」
獣人族の女生徒。
セクメット・ブバスティはそう悪態を吐く。
彼女が此処に現れた理由…それは大方、予想がつく。
「オレはよぉ、自分よりも偉そうに踏ん反り返ってる奴が大嫌いなんだ。特にテメェみたいな雌くせぇフェロモンを漂わせた女共を侍らせてニタニタしてるクソやろうはもっと嫌いだ」
彼女の言葉には明確な敵意や嫌悪感が感じ取れる。
原作でもオリオンに同じようなセリフを吐いていた。
昨日からずっと彼女がニグラスに対して凄まじい敵意を向けていた事は気付いていた。
「それで?」
「もっと気に入らないのは、お前がBクラスのトップに君臨してやがる事だ。だから、ニグラス・シュブーリナ…お前に決闘を申し込む」
全身の毛を逆立て、爪を剥き出しにし犬歯を相手に向ける。
獣人族が己の標的と定めた獲物のみに見せる習性。
簡単に言えば、宣戦布告。
「オレが勝ったらテメェを下僕にしてこき使ってやる」
「僕が勝ったら?」
「はっ、オレが負けるなんて有り得ねぇが…奴隷でも何でもなってやるよ」
さぁ、どうする?と彼女の眼が訴えている。
無論、彼女はこれから返ってくる返答を分かりきって聞いているのだろう。
「セクメット・ブバスティ…汝の堂々たる宣戦布告に敬意を表して…その決闘ーー受けて立つ」
この世界は星の勇者オリオンを中心に描かれる物語。
その他の出来事はオリオンの物語を盛り上げる為の前菜に過ぎない。
これから起きるニグラスとセクメットの決闘は前菜にすらなれないかも知れない。
だが、それで構わない。
いずれ。
いずれ必ず。
この世界がニグラス・シュブーリナを無視出来なくなるだろう。
その日まで、俺は喜んで道化になってやる。