第二十七話 『師匠、今度は先生ですか?』
登校初日。
煌びやかな馬車がシュブーリナ邸の目の前に停まっている。
もう何度も見慣れた馬車の中から【スター・ウォーリアーズ】のヒロインの一人であるメゾルテ・イォマ・インセンベルクが降りてきた。
白を基調とし勇王学園のシンボルが刻まれた刺繍が入った軍服のような制服に身を包み、綺麗な黄金の髪の毛を束で纏め、凛々しく眩しい笑みで此方に歩いて来る彼女。
「おはようニグラスきゅん。制服姿もかっこいいな」
ニグラスとフェンもまた同じダーレス勇王学園の制服に身を包んでいた。
「私の方で住居はもう手配してあるからな」
どういう事かと言うと。
このシュブーリナ邸から王都までは少し距離がある。
毎回のように馬車で学校に移動するのは面倒だし手間が掛かる。
寮に住む事も考えていたが、メゾルテの好意で王都にある彼女の別荘を貸してもらえる事になったのだ。
最初は遠慮したが、母上やカトリーナからも念を押され借りる事になった。
「さて、馬車に乗りたまえ」
三人で馬車に乗り込み、移動を開始する。
馬車に乗るとメゾルテとフェンはきゃぴきゃぴとガールズトークに花を咲かせている。
男子一人、残されたニグラスはニコニコしながら二人を見守っている。
しかし…気になったのは、屋敷にスパルダの姿がなかった事だろう。
いつものあの人なら必ず見送りに来てくれる筈なのだが…今日は珍しく姿が見えなかった。
ま、酒でも飲みすぎて寝過ごしたんだろうな。
馬車に揺られて数十分。
王都の中心部に存在するダーレス勇王学園に辿り着いた。
ニグラスは先に馬車から降り、2人の手を引いてエスコートする。
目の前には、巨大な鉄の門。
学園へとつながる校門だ。
校門を潜る。
広大なダーレス勇王学園の校舎と校内が目に飛び込んでくる。
校庭には、多くの生徒達が行き交っている。
その中には勿論、上級生もいる。
獣人。
エルフ。
様々な種族の学生が存在している。
一人一人。
目が合う多くの者が、ニグラス達に敵意の視線を浴びせてくる。
悪名高き『ニグラス・シュブーリナ』だからじゃない。
此処に通う者達は皆んな同じ立場で実力を争い比べ合うライバルでもある。
ただのクラスメイト、親友も、恋人も、皆んなが対等なライバルであり少なからず対抗心がある。
それは、自分達も例外じゃない。
フェンもメゾルテも…競い合うライバル。
主人公オリオンも…だから、決めた。
このダーレス勇王学園で最強を目指す。
ただ、あくまで原作の進行を妨げず崩壊に導かない方法で…
真っ向勝負?
正々堂々?
そんな言葉、クソ喰らえ。
親愛なる、崇高なる『剣聖』は勝つ為ならばどんな手段でも使う。
それが卑怯だと言われても、彼女はそれを笑い飛ばす。
卑怯者。
臆病者。
そんな罵倒は喜んで歓迎しよう。
この学園は、勝者だけが"正義"なのだ。
ーー
Bクラスと表示された教室に入る。
中には既に生徒が揃って席に座っていた。
「と、言うか…メゾルテ先輩は教室違うでしょ?」
彼女はダーレス勇王学園の2年生である。
本来であれば"星の勇者"オリオンを自身の騎士としてスカウトする為にオリオンの通うAクラスに視察に来た所からヒロインとしての物語が進む筈だった。
しかし、今の彼女は原作であれだけ毛嫌いしていたニグラスにゾッコンである。
「ああ、王族としての権限を行使して君と同じクラスに通う事にしたんだ!」
「そ、それはいいのかなぁ?」
「いいともー!」
あんたは、タ◯リか。
視線が痛い。
絶世の美女を2人侍らせている同級生が居たら男子としては恨めしいだろう。
それがあの『ニグラス』なら尚更である。
一番後ろの席に腰をかける。
「……」
流石に、一人一人がそれなりの魔力量を有している。
原作においてAクラス以外のクラスには焦点が当たる事はなかった。
故に、知らない顔の生徒が多い。
醜く太った変な頭の男、背が高く身体が細いフランケンシュタイン風の男、動物みたいな小さく可愛らしい女。
金髪ロールの峯麗しゅうお嬢様。
誰も彼も顔も名前すら知らない。
が、見知った顔が居る。
このクラスに於いて、フェンとメゾルテを除いた次に魔力量が洗練されている。
長くフサフサした獣耳と尻尾。
鋭く吊り上がった瞳。
褐色が強い筋肉質の肌。
凛々しく、少し姉御感が強い顔立ち。
彼女の名前は、知っている。
スター・ウォーリアーズに於いて数少ない他クラスからの登場人物。
主要人物・ヒロインとまではいかないが彼女の存在は原作に於いても印象に残っている。
セクメット・ブバスティ。
獣人族の王族の娘という設定。
性格は、傍若無人で一匹狼。
恐れを知らず、凶暴で相手が格上だろうと恐れず襲い掛かる。
学園編序盤に於ける主人公オリオン最初の強敵として初登場する彼女の印象は大きい。
獣人ならではの俊敏さを用いて高火力の攻撃を叩き込んでくる厄介なキャラだった。
因みに、彼女には姉が2人居る。
クラスメイトの数は30人。
今頃、Aクラスではオリオンがクラス全員と仲良くなろうと躍起になっているだろう。
奴はコミュ力も高いし、直ぐに仲良くするのだろう。
それが無駄になった時、奴は何を思うのだろう。
この学園では友情なんぞ無駄だという事も知らない。
果たして、彼等はこれから始まる試練を前にどうするのだろうか。
まぁ、他人などどうでもいい。
「皆さん席に着いているようですね」
ガラガラと教室の扉が自動で開く。
コツコツとハイヒールの心地いい足音を立てて教室の中に入って来たのは女性。
黒縁メガネ、ピシッと着込まれたスーツに黒タイツ。
キリッとした顔立ちで、堅物というイメージががっしりとリンクする人物。
マスカレッド先生だ。
「どうも。君達の副担任をする事になったマスカレッド・メディリスです。よろしくお願いします」
淡々と言葉を続ける彼女は正に原作通りだ。
一つ、彼女の話で気になった発言がある。
「副担任?担任ではないのですか?」
一人の生徒がそう声を上げる。
よく言ってくれた。
「ええ。もっと正確に言えば副担任とは名ばかりで、基本的に君達と関わるのは魔法の授業だけです。私の本来の担当はAクラスです」
なら、何故?と疑問を浮かべる。
「それともう一つ…これから貴方達の担任となる講師のお目付け役とでも言いましょう」
「?」
ーーゾワッ
「ッ!?」
全身の身の毛がよだつ。
教室の外から近づいて来る恐ろしい程の重圧。
この気配をニグラスは知っている…誰よりも。
まさか、嘘だろ…ダラダラと冷や汗が流れ落ちてくる。
フェンとメゾルテも、察している。
Bクラスの同級生達は、初めて体感する恐ろしく強大な重圧にガタガタと肩を震わせている。
「来ましたね」
教室に一人の女が入ってくる。
パーマの掛かった銀髪。
鋭く獣のような眼光。
美しく凛々しい美貌。
黒ニーハイとデニムショートのパンツから覗くムチムチの太ももちゃん。
2本の鞘を腰のベルトにぶら下げた女性。
彼女は、ニグラスの姿を発見するとニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。
「初めまして。今日から君達の担任となったスパルダ・カームブルだ」
その名前に、教室に居たクラスメイトの誰もが驚愕の声を上げる。
スパルダ・カームブルの名前を聞いて驚かない者はいない程に彼女は色んな意味で有名なのだと改めて認識する。
災厄級の難易度でしか登場しないキャラなのでプレイヤーでその存在を知るのは限りなく少ない。
そんな事よりも…ニグラスは、この先の学園生活が地獄よりも恐ろしきものになるだろうと一人悲観していた。
「お前達も分かっていると思うが此処は実力が全てだ。弱い者は容赦なく淘汰される。当然、この学園生活に於いて何もかもが自由という訳ではない。お前達の肩に付いた徽章に映し出された文字を見てみろ」
右肩の徽章を確認する。
其処には、アルファベットで『100』という文字が映し出されていた。
これがダーレス勇王学園に於ける重要な役割を担っている。
因みに、ニグラスは『200』でフェンとメゾルテは『150』と記されている。
学園に於ける最も重要な仕組みがこの数字だ。それぞれのクラスもまた同じように数字を持っている。この数字は学園生活を過ごすにあたって必要不可欠なものだ。
数字が高ければ高い程にその者は学園で実力が高くあらゆる面で融通や優遇される。
逆に、低ければ低い程にその者は学園で実力が低くあらゆる面に於いて不便で不遇。
学園内で功績や実績を残すとポイントが加算される。
ある一定の上限値までポイントが増えた場合、その者がAクラスより下のクラスである場合のみ一つ上のクラスに上がる権利を得る。
学園や国によって定められたルールや規則、或いは犯罪行為を犯した場合や学生同士の決闘や試験で不合格判定を受けた場合は逆にポイントが減算される。
そして…
「数字が『0』になった時ーーその時点で学生はダーレス勇王学園を永久追放となる」
その言葉にクラスメイトは大いに騒めく。
「それを踏まえて今日の授業はクラス全員による模擬戦と行こうか」