表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/36

第二十四話 『屈辱を糧に』

「はぁ…」




全ての試験が終了した。


ニグラスは今、学園に用意されている医務室のベッドの上で溜息を吐いていた。


主人公オリオンとの激闘の末に意識を失ったニグラスは数時間経ってようやく目を覚ました。


そして数時間前に行われた主人公オリオンとの決闘を思い出していた。




結果は引き分けだった。


会場に居た全ての観客、審判、教師陣が総じてそう判断した。


オリオンもまたそう思っているのだろう。


しかし、ニグラスだけは違った。




「……」




負けた。


そう、感じていた。


自分のこれまで積み上げてきた全てをぶつけて尚、相手は最後まで倒れなかった。


勝てると確信していた。


星の勇者として覚醒したオリオンの事は誰よりも知っていた。


だから、こそ慢心していたのかも知れない。


だが実際は全く違った…オリオンの強さは想像の遥か上を行っていた。




師匠…スパルダからあれだけ油断するなと釘を刺されたと言うのに結局は心の何処かで勝てると慢心していた。


それと同時に、フェンやメゾルテの事を思い出す。


あの時、オリオンを『星の勇者』として覚醒させる為に『ニグラス』に身を任せて行った悪魔の様な所業。


無防備のオリオンを殴り、蹴り、叩き付け、考え得る限り全ての暴力行為を振るった。


正直…ニグラスは『彼』が行った事を咎めるつもりもなかった。


結局、『ニグラス』に頼らなければオリオンを星の勇者として覚醒させる事が出来なかった可能性もあった。




「とは言え嫌われたかなぁ…」




憂鬱な気分である。


あの時の2人の顔は今思い出しても心に響くものがある。


化け物を見ているような表情と目をしていた。


嫌われてしまったのは間違いないだろう。




「『ニグラス』、お前は…」




考えれば考えるほどに分からない。


『ニグラス』はあれから現れていない。


身体の何処にも存在を感じないが、ふと現れる。


例えば、フェンやスパルダと言った"女性"を目にした時に心を覆うような『陵辱欲』と『支配欲』、オリオンを目にした時の『不快感』と『嫌悪感』。


決まって『ニグラス』が心の中で囁いてくる。




「いま考えても無駄か…それよりも、あぁ…師匠達にどんな顔をすれば良いか分からん!」




師匠…スパルダは勝てと言っていた。


あの人は結果にこだわるタイプだ。


きっと引き分けや負けは許さない。


多分、怒っているだろう。


会いたくない…特に、今は…




「ニグラス、起きたのか」




噂をすればなんとやら。


本人が医務室にやってきた。


いつになく真剣な表情。




「はい…」


「引き分け、いや負けた…そんな顔だな」




やはり、この人は全てをお見通しだ。


だが彼女はそれ以上、言葉を続けない。


嫌味も、慰めの言葉も言わない。


ただ、ぽんっとニグラスの頭に手を乗せる。




「すみません…師匠、もう少しだけ一人にしてくれませんか?全部、後で話しますから」


「いいだろう」




そう言って彼女は医務室を後にする。


その後姿を見届けた後、ニグラスはベッドのシーツを強く握る。


瞳からポツリ、ポツリと雫を零す。




「ちくしょう…っ」




「………」




医務室の扉の前でスパルダはただ黙って少年が立ち直るまで待つ。


タイミング悪くフェンとメゾルテが共にニグラスが居る医務室の前にやって来た。




「『剣聖』?扉の前で何をやってるんだ」


「ご主人様が目を覚ましたと聞きましたので顔を見に行きます」




スパルダは扉を開けようとする2人を静止する。


なんで止めるのだ?と言った表情で彼女を見つめると、スパルダは「一人にしてやれ」とだけ口にする。


ふと、2人は医務室の中から僅かに響く啜り声を聞き何かを察して扉から離れる。


そして彼が吹っ切れるまで部屋の前で静かに待つ。






ーー




暫くして、完全にとは言わないが吹っ切れ元気を取り戻していたとは言い難い。


試合は引き分け。


学園の入学試験は、筆記と実技の二つ。


だが、実際に入学基準として重要なのは実技の方だ。


一対一の決闘で勝利した生徒は余程の事がない限り合格は確定したようなもの。


ニグラスは、負けではなくとも引き分け。




「はぁ…」




筆記の結果がどれだけ良くとも実技で勝利する事が出来なかったので不合格が濃厚だ。


というより確信しているまである。




「情けないなぁ俺は…」




これまでこの日の為だけに頑張ってきた。


原作のように完膚なきまでに主人公による返り討ちに遭う事は避けられた。


この後の原作展開としてはボコボコにされたニグラスは主人公に復讐する為に学園側の教師を脅して無理矢理入学した。


しかし結局、主人公オリオンに復讐を試みようとするが幾度となく失敗し返り討ちに遭ってきた。


学生達に笑い者にされ、いじめに遭い、最期は誰にも知られる事なく勝手に死んだ。




「待てよ、引き分け…つまり、オリオンも不合格になるんじゃね?そうなったら原作が崩壊する…」




まずい。


それだけは避けなければとニグラスは思考を巡らせる。


【スター・ウォーリアーズ】に於ける序盤から舞台『学園編』は進んでいく。


物語が開始する条件としてオリオンが学園に入学する事だった場合、原作のような展開は起きないのだろうか。


いや、星の勇者として覚醒したオリオンを学園のあの人物が見逃す筈はないか。


なら、取り敢えず主人公が学園に入学出来ないという展開は避けられるだろう。




「それなら安心…では無いけどな」




はぁ…ともう何度目かも分からない溜め息を吐く。




ガラガラ。


と、医務室の扉が開く音がする。


看護士かな?と思って音のした方を見る。




「あ…」




入ってきたのは、今一番に会いたくなかったフェンとメゾルテだった。




「目を覚ましたのですねご主人様」


「元気そうだなニグラスきゅん」




意外にも2人は普通に接してきた。


ニグラスを挟むようにして2人はベッドに腰を掛ける。


フルーティーな果物の香りとフローラルな花の香りが同時にニグラスの鼻を包み込む。




「えっと…」


「試合惜しかったですね」


「ああ、最後まで分からなかった」




そうフェンが言った。


それに続くようにしてメゾルテも試合の感想を口にする。




「2人には怖い思いをさせてしまったと思う…」


「そんな事ありません…とは言い切れません。でも考えあってのあの行動なのでしょう?」


「ふっ、ワイルドなニグラスきゅんもカッコよかったがね」




メゾルテの発言は置いといて。


フェンはやはりお見通しだったらしい。


あの時のニグラスの行動の真意は分かっていないが、考え無しにあのような事をしたとは微塵も思っていないのは馬鹿でも理解できる。




「ああ、だから話してもらおうか」




いつの間にか目の前のソファーで寛いでいたスパルダに気付きニグラスは肩をビクッと震わせる。




(心臓が止まるかと思った…)




バクバクと鳴り止まない心音。


音も気配もなくいきなり現れたスパルダはもう元の世界のどんなホラー映画よりも心臓が持たない。




「わ、分かりましたよ…」




ニグラスは全てを話す。


星の勇者として覚醒させる為にワザとオリオンに過剰な暴力を振い暴言を吐いたこと。


星の勇者として覚醒したオリオンを完膚なきまでに討ち倒してこれまでの努力を証明しようとした。




「一つ疑問だが、何故奴が星の勇者として覚醒すると思った?」


「あー、それはその…なんというか、何となくそう思ったとしか…あはは」




流石に、此処がゲームの世界で元々オリオンが星の勇者として覚醒する事を知ってましたーとか言っても信じる方が難しいだろう。




「…まぁいい。それで、お前はこれからどうする気だ?」


「そうですね…正直、勝つ事だけを考えていたので何もまだ考えてません…取り敢えず鍛錬に付き合ってくれた先生にも報告しないと」


「そうか。ま、今日はしっかりと休め。どうせ、試験の結果は明後日だしな」






ーー




ダーレス勇王学園で行われた入学試験が終了した。


全ての受験生と在校生が学園から去った夜中。


学園に勤める教師陣は会議室に集合していた。


理由は、合格者と不合格者の選考の為だ。




「それでは、これより合格者不合格者を決める会議を始めます」




そう言って眼鏡をくいっと上げるのはこのダーレス勇王学園の学園長ノーデンスの代理を務めるマスカレッド・アンナ。




「先生方の中で推薦したい受験生、或いは目に留まった受験生が居たら報告して下さると助かります」




彼等の机の上には数百を超える受験生の情報が刻まれた票が散らばっている。


教師達は各々の試験に於いて気になった受験生の受験票を選別し推薦してゆく。


そして暫く全教員による合格者選別が行われていく最中でマスカレッドは話を始める。




「星の勇者オリオンは合格で宜しいでしょうか」


「うむ。星々に選ばれし英雄を落とす愚かな真似は出来まい。此度は豊作よの」


「しかし、あの悪虐貴族には驚かされましたな」




一人の教員がその名前を出した途端、教師たちは一斉に話し始める。




「ええ…あの"星の勇者"と互角に闘い相打ち…評判とは異なる姿に正直、感激しましたね」


「うむ…この学園は才能ある者が集まる所、あのような逸材を落とすのは勿体無い」


「しかし、ニグラスの行使したあの魔法は何なのだ…あの悍ましい気配、全身の寒気が止まらなかった」


「ニグラス・シュブーリナの件についてはこのダーレス勇王学園で管理しておくのが最善だと思われます」




その後も合格者を決める会議は数時間に渡り行われていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ