第二十二話 『悪の本質』
少し加筆しました!
「では、ニグラス・シュブーリナ受験生とオリオン受験生は決闘場へ」
ついに自分の番が訪れた。
「頑張って下さいまし」
「ありがとう」
フェンはただそう一言。
それがニグラスにとっては最高の激励である。
因みに、彼女はニグラスより先に決闘を行い圧勝していた。
一方的な展開で相手に同情した。
「ニグラスきゅん。君なら勝てる」
メゾルテの…原作ヒロインの激励。
胸が熱くなる。
凛々しく美しい笑顔でニグラスを見送る。
「ニグラス」
「はぃ!」
そして…スパルダ。
ニグラスは身体が縮こまる。
またどやされるのだろうか…と身体を震わせている。
が、そんなニグラスの心情はいい意味で裏切られる事になる。
冷徹な表情が柔らぎ、彼女は笑顔でこう言った。
「頑張れよ」
その一言。
全身に力が漲ってきた。
鬼師匠から放たれた予想外の激励にニグラスはこれ以上ないくらいに燃えていた。
絶対に勝ってみせる…そう決意して決闘場に立つ。
目の前に対面する黒目黒髪の少年。
【スター・ウォーリアーズ】の主人公オリオンが今、熱狂的なファンだった自分の前に立っている。
感動。
興奮。
感激。
歓喜。
様々な感情が溢れ出るのを必死に食い止める。
そして、改めてオリオンを観察する。
「……」
細身ながらも引き締まった肉体。
洗練された鎧のような魔力。
威風堂々とした佇まい。
それだけで主人公オリオンの強さを認識するには十分だ。
メゾルテや今のニグラスと同等だと思っていいだろう。
「まさか君と戦う事になるなんてね」
と、オリオンが緊迫した空気を破ってニグラスに話しかけてくる。
その声はよく透き通り、何度も聞き馴染んだ声色。
転生前。
プレイヤー目線で聞いていたオリオンの声はとても心地よく安心感があった。
だが、今は違う。
オリオンの声を聞くだけで、胸の奥が騒めく。
憎たらしい。
忌々しい。
許せない、と『ニグラス』が激昂している。
怒りと憎しみの感情がニグラスを飲み込もうとしている。
だが、それをニグラスは受け入れる。
鞘より剣を抜き、構える。
全身に魔力を漲らせて、意識を集中させる。
ニグラスの放つ戦意を感じ取ったオリオンもまた剣を抜き構える。
基礎の欠片も無い野蛮な構え。
しかし、そこに一切の不快感はない。
凛々しく、誰も彼もが目を惹かれる。
正に、主人公。
だからこそ、どうしようもなく嫉妬する。
転生するならオリオンが良かった、そう思う事も無いと言えば嘘になる。
だが、今はただただ目の前の奴を叩き潰す。
「行くよ!」
オリオンが大地を蹴り、疾走する。
凄まじい速度で、ニグラスの間合いに潜り込む。
銀線を描きながら剣が首筋に振るわれる。音を置き去りにしたその一閃をニグラスは受け止める。
重く荒々しい一撃が骨まで伝わる。
身体強化をしていなければ、骨が折れていたかも知れない。
受け止めた剣を払いのけ、返しの一閃を薙ぎ払う。
引き絞られた刃を真正面から受け止めたオリオンの身体が大きく浮く。
「ッ!」
今度はニグラスが地面を蹴り、跳躍する。
体勢を立て直そうとするオリオンを斬りふせる為に、刃が振り下ろされる。
轟々しい金属音が鳴り響き、火花が散る。
刹那の攻防の中でお互いに一筋縄では行かない勝負だと確信する。
「はは…強いんだね君は」
「そりゃどうも」
嫌味のない素直な発言。
『ニグラス』とニグラスはそれを拒絶するように、再び剣を握り飛び掛かる。
オリオンは距離を取る為に一歩後ろに下がろうとするが、突然何かに足が引っ張られる。
横目で異変に目をやると、自分の片足がいつの間にか泥沼に浸かっている事に気付く。
僅かに体勢が崩れて、反応が遅れる。
なんとか頭上から降り掛かる刃を受け止めたが、足が先よりも深くハマり更に体勢が悪くなる。
ニグラスは脚先に魔力を込めて、ガラ空きになったオリオンの腹に蹴りを突き刺す。
「あがっ!?」
無防備な腹部に深くめり込んだ蹴りの衝撃と激痛に苦悶の表情と声を洩らす。
意識が刈り取られてしまいそうな一撃に、オリオンは蹌踉めく。
決闘、いや殺し合いに於いて相手に隙を晒すのは愚かな事だ。
それに気付いた時には遅い。
魔力が込められた拳がオリオンの顔面へ向けて放たれた。
直撃ーーかと思ったが、オリオンは寸前の所で間に剣の鞘を入り込ませる事で直撃を避ける。
が、その威力はあまりにも大きく拳は鞘ごと彼の顔面に振り抜かれた。
血反吐を吐き散らして、オリオンの身体が吹き飛ぶ。
だが、それでも主人公は倒れない。
「強いね…これは僕も本気で行かないとね!」
「!」
纏う魔力の質が変化する。
此処からが本番だと、ニグラスは理解する。
「シィ!」
短い呼気。
同時、幾重もの斬撃が連鎖してニグラスに降り掛かる。
均等にどれもが音速で放たれる強力な一撃でまともに受ければ致命傷は避けられない。
しかし、ニグラスはこの連鎖する斬撃を紙一重で全てを躱してみせる。
初見ではない、原作で何度も観てきたオリオンの得意技。
四つの斬撃を同時に放つ『五月雨』と呼ばれる剣技。
「これを受けるのか…でも、まだまだ行くよ!」
渾身の技を受けられた事に動揺する様子もなく、次の一手が放たれる。
先程よりも夙く、乱雑で、強力な斬撃が休む暇もなくニグラスを容赦なく斬り伏せようと襲ってくる。
ニグラスもまた負けじと迎撃する。
鋼と鋼が火花を散らす。
(流石は主人公…やっぱり強いな。でも、それだけだ…師匠の方が恐ろしく強かった。フェンの方が速かった。メゾルテの方が一撃が読みづらかった)
この程度なのか、と。
ニグラスは失望にも似た感情を浮かべる。
或いは、師匠との鍛錬で強くなりすぎた?
いや、自惚れは毒だ。
だが、それでも…とニグラスは攻防の最中で思う。
「ーー『青凛魔鎧』!」
オリオンがそう言葉を紡ぐ。
来た、とニグラスは心の中で叫ぶ。
蒼き魔力がオリオンを覆う。
自己強化型の魔法で、オリオンが鍛錬の中で編み出した技だ。
両者のステータスで言えば少しオリオンが上回っただろう。
だが、それでも技術や経験の差が二人の差を大きく離すことはない。
「本当に強いな君はッ、一体…どんな訓練を積んできたんだい?」
「秘密だ」
「でも、それじゃ僕は倒せないよ!」
オリオンが加速する。
更に早く目では追えない程の速さで背後に回り込み刃を振り下ろす。
ニグラスがそれを受けようとする寸前で、刃が引っ込み変わりに蹴りが迫り来る。
フェイントだと気付いた瞬間には、オリオンの膝蹴りが腹に命中する。
そして、追撃の回し蹴り。
なんとか防ぎ、距離を取る。
「っ!」
だが、オリオンはそれを逃さない。
再び加速して、一気に間合いを詰める。
真下から跳ね上がる刃をニグラスは捌き切れず肩に切り傷を負う。
「まだまだーーッ!」
追撃の手が止まり、ニグラスと距離を取る。
彼から醸し出される禍々しい魔力に充てられて、身体が警笛を鳴らしたからだ。
「わかったよ『ニグラス』。お前に委ねるよ、今だけはな」
雰囲気が変わったニグラスを見て、オリオンは武者震いする。
これまで出会う事のなかった強敵との戦いに胸を躍らせていた。
「纏えーー『黒焔剣』」
漆黒の焔。
その焔を見た誰もが唖然とする。
なんて恐ろしく、穢らわしい焔なのだろうと誰かが言った。
ニグラスには相応しい焔だと誰かが言っている。
「黒い、焔…?」
「さぁ、続きだ」
もう何度目かわからない鋼と鋼がぶつかり合う。
漆黒の一閃と蒼き一閃が交差する。
会場の者達はこの戦いを見て互角だと思っているだろうが、本人達は違う。
(くっ…身体が、重い…っ)
先程から身体が鉛の様に重い…青凛魔鎧を施しているというのに、さっきよりも身体が明らかに重くなっている。
原因はきっと、あの黒い焔だと瞬時に見抜いていた。
撃ち合うたびに纏う魔力が失われてゆく感覚と身体が倦怠感に塗れてくる感覚。
一方で、ニグラスの動きは先程よりも洗練されていく。
(このままじゃ…まずいッ!?)
「シィ!」
「ぐっ!?」
短い呼気。
同時に振るわれる黒き刃が、オリオンの剣を弾き飛ばす。
黒き刃は勢い止まらずオリオンの身体を袈裟に切り裂いた。
「がはっ…ッ!?」
しかし、流石は主人公。
刃が届く直前、身体を逸らし重傷を退けた。
が、足に力が入らずに地面に膝を突いてしまう。
意識とは裏腹に力が抜けていく自分の身体に理解が追いつかない。
全身に目まぐるしい吐き気と不快感が襲いかかる。
「期待外れだ。やはり、平民は平民…ただのカスか」
突然、ニグラスがそんな言葉を放つ。
正しくは、本来の『ニグラス』。
「なっ…」
「立て。でなければーー死ぬぞ」
『ニグラス』が黒き刃を首目掛けて一閃。
手加減抜きの黒線が空気すら焼き裂いて襲い掛かる。
対するオリオンは魔力を振り絞りそれを剣で受けるがその威力を受け止めきれずに吹き飛ばされる。
なんとか、受け身を取る。
「ほら、まだまだ行くぞ」
休む暇もなく、『ニグラス』の追撃が降り注ぐ。
其処からは誰もが目を背けるような、一方的な展開。
魔力を失い、無防備になったオリオンを『ニグラス』が痛め付ける。
蹴る、殴る、投げ飛ばす、叩きつける、斬りつける、踏みつける、引き摺り回す。
「ニグラス様…?」
「……」
「これは、やりすぎだ!止めなければーー「待て」
『ニグラス』の行動に違和感を感じた3人。
メゾルテは想い人の行き過ぎた行動を止めようと立ち上がる。
が、それを止めたのはスパルダだった。
「もう少し見ていろ…ニグラス、何を待っている?」
スパルダの勘は正しい。
「おら、おら!どうした、どうした平民ッ!」
まだか?
何が、足りない?
ニグラスは違和感を感じていた。
今頃ならもうとっくにオリオンは"覚醒"していた。
だが、今はその様子すらない…きっと、何かが足りてない。
『ニグラス』の衝動に身を任せるのはその時が来るまで…だが、このままでは殺してしまう。
それは、避けなければならない。
「ちょっと!やりすぎよ!」
そう、悲痛な叫びを上げるのはオリオンの幼馴染アルテミス。
泣きそうな目で、此方に訴えている。
「ほう、良い女だな…あれは、お前の女か平民?」
「彼女は…僕の幼馴染だ」
「ふっ、ならあの女を俺のモノにしてやろう。お前のような平民よりもこの俺のような高貴なる存在の所有物として飼われるのが相応しい」
「なんだと…」
ジリ、と僅かに空気が変わる気配がする。
(そうか、これか)
何かを確信したニグラスはさらに言葉を続ける。
「まずはお前を此処で叩きのめし、殺そうとする直前であの女に迫るんだ。大切な幼馴染を殺されたくなければ俺のモノになれ…とな」
『ニグラス』は蒼髪の少女アルテミスを見て下卑た笑みを浮かべる。
「…さない」
「くくく、貴様と同じように痛めつけてから俺のモノにするのも唆るな…」
「それだけは、許さない…」
ゆらり、とオリオンが立ち上がる。
その様子に『ニグラス』は眉を顰める。
が、すぐにまた言葉巧みにオリオンを煽り続ける。
「今のお前に何が出来る愚図。チッ、良い加減目障りだ。殺すか…安心しろ、あの女はすぐには殺さない!」
黒剣を握り、オリオンの方へ近付く。
が、途中で異変を感じて立ち止まる。
「彼女を傷付ける奴は絶対に許さない。約束したんだ、英雄になって彼女をどんな事からも守って見せるとッ!!!!」
「ーーッ!!?」
激しい稲妻が迸る。
大気中の魔素が光を放つ少年に向けて集結する。
凄まじい魔力の風圧が、会場を圧倒する。
誰も彼もが、何が起きているのかと目を離さずには居られない。
『ニグラス』いや、ニグラスは嗤っていた。
「遂に…来た」
たった一言、そう呟いた。
姿を現したのはーー無論、オリオンだ。
だが、その様子は先とは少し異なっていた。
黒き髪は逆立ち、瞳は星光に輝き、極光の魔力が少年の身体を覆うように揺らめいでいた。
神々しく、美しいその姿を見てを見て誰かが呟いた。
「星の勇者…」
此処に、星の勇者が誕生した。
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