第二十一話 『入学試験』
なんとか受験会場に間に合った。
その後、学術試験は何事もなく開始された。
インセンベルク勇王国の歴史。
剣術の基礎。
魔法の基礎。
魔物や魔獣などの名称などなど。
ここら辺は原作でもなかった要素なので少し楽しかった。
努力して勉強したお陰でどの問題も引っ掛かる事なく回答する事が出来た。
一緒に試験を受けているフェンも余裕そうな表情でスラスラと問題を解いている。
試験時間は60分なのだが、時間が15分も余ってしまった。
万が一もあるので、何度も何度も見直しをさせて頂きました。
目を通したが特に間違っている所はなさそうだったので良しとしよう。
静かに息を吐き、カンニングだと疑われない様に気を付けて天井を眺める。
天井を見上げていると、、、、微かな違和感を感じる。
天井の窓枠部分に良く目を凝らす…すると、ある影が浮かんでいる事に気付く。
更によく意識を集中させると、その影が鮮明に映し出される。
「ぁ……」
慌てて、視線を外す。
姿を現した影の正体を見て、ニグラスは全身が震える。
いや、流石に気の所為だよな…うん、きっとそうだ。
念の為にもう一度だけ天井を見上げる。
「………」
やはり、見間違いではなかった。
天井の窓外から見覚えのある女性がニグラスを監視していた。
もう何度も見慣れた恐ろしい笑顔を添えて、スパルダ・カームブルと目が合う。
ーーやぁ、ニグラス君。
と言っているのが目の動きで分かる。
師匠はどうしてそんな所に?と、ニグラスは目で合図を送る。
ーー随分と余裕そうだねニグラス君。
限界まで開かれた瞳孔がニグラスに圧力を掛ける。
一言も言葉を発していないのに、彼女が何を言っているのかが伝わってくる。
ーー最後まで集中しろ。
追い討ちを掛けるように、そんな視線(言葉)が突き刺さる。
もう、やだ…あの人、本当に怖い。
いつ何処でどんな場所に居てもスパルダはニグラスを監視している。
曰く、『いついかなる時も魔力を張り巡らせ、降り掛かる"死"に対応できる様になる為の鍛錬だ』と。
それにしても、怖すぎる。
彼女の気配を探るには尋常じゃない魔力感知を張り巡らさなければならない。
これも大切な鍛錬だと言うのは分かっているが…流石に、トイレ中とかは勘弁して貰いたいものだ。
ニグラスはビシッと背筋を伸ばす。
机に置かれた答案用紙と睨めっこする。
真上から伝わってくる恐ろしい重圧と殺気に脅されながら、ペンを握り必死にテストに取り組んでいる仕草を見せる。
そんなニグラスの様子を見ていた試験官レイラは感心していた。
意外や意外。
真っ黒な噂しか聞かないクソッタレ貴族代表のニグラス。
そんな彼が、この場にいる受験生の誰よりも試験を真面目に取り組んでいる。
背筋を真っ直ぐと伸ばし、答案用紙と程よい距離感が保たれた姿勢。
スラスラと動くペンに、時折り思案する仕草。
その姿は正に完璧で別人と間違えるほど。
レイラはニグラスの印象を改める事にしたのだった。
尤も、本人は真上に存在する"鬼"に襲われない為に必死に取り繕っていただけである。
ーー
「ふぅぅ…」
なんとか学術試験を終えた。
途中、恐ろしいアクシデントもあったが何とか乗り越えた。
結果は多分、大丈夫なのではないかとニグラスは結論付けている。
何度も見直したが、間違っていそうな所は無かった。
「お疲れ様ですわご主人様」
同じく試験を終えたフェンがニグラスの側にやって来て声を掛ける。
彼女の様子もチラリと確認したが、スラスラと一度も手が止まる事なく問題を解いていた。
合格の有無は予想するまでもない。
「フェンもお疲れ様…」
一次試験が終わった。
次は遂に…実技試験。
剣術と魔法、どちらか或いは両方か。
己が積み上げてきた技術をぶつけ合う一対一の決闘方式で行われるのが実技試験。
ダーレス勇王学園は実力主義によって成り立っており、この実技で敗れた者はほぼ不合格になったと言っても過言ではないのだ。
故に、ニグラスはこれ以上無い位に緊張している。
側に居るフェンやスパルダ、メゾルテもそんな彼の緊張を肌で感じている程に。
「後は祈るだけだな」
決闘の組み合わせはくじ引きで決まる。
試験官側が用意した魔導具の水晶に手を触れると番号が浮かび上がる。
自分の番号と同じ番号を持った者同士で対戦が決まる。
つまり、運ゲーだ。
此処で不安なのは主人公と当たる可能性があると言う事だ。
原作のような悲惨な目に遭う原因となったのが、主人公オリオンとの決闘。
初めは卑怯な手で主人公を相手に優勢だったが、星の勇者として覚醒したオリオンによって形勢が逆転しボコボコに打ちのめされる。
其処から、何とかコネで入学したがニグラスは雑魚というレッテルが貼られ壮絶ないじめを受ける事になる。
そんなクソッタレな展開はなんとしてでも避けなければならない。
とは言え、くじ引きの結果は運次第。
「祈るしかないかぁ」
どうか主人公だけは引きませんように…と天に祈りを捧げる。
次々と受験生が魔導具の水晶に手を触れてゆく。
「お、115番…彼になら勝てるかも」
そんな外道的な発言を呟きつつ、自分の心を落ち着かせる。
そしていよいよ、ニグラスがくじを引く番がやって来たのだ。
「次!ニグラス・シュブーリナ前へ」
「はい!」
フェンの引いたくじは201番。
取り敢えず201番を引かない事を祈ろう。
最悪な事に主人公オリオンはまだ番号を引いていない。
この後に続くオリオンが同じ番号を引かない事を祈って水晶に手を触れる。
青く発光し、番号が浮かび上がる。
「ニグラス・シュブーリナは300番。被りはなしですね、では次!受験者オリオン」
黒目黒髪の少年。
そして、【スター・ウォーリアーズ】の主人公オリオンが前に出てくる。
受験者達のほぼ全員が勇王国や他の国の貴族や上級国民な中でオリオンは平民。
多くの生徒達がオリオンに嘲笑の籠もった視線を浴びせている。
ニグラスに向けられる視線とはまた違う視線が集中している。
そんな事を気にする様子もなくオリオンは水晶に手を触れる。
ニグラスは必死に祈る。
どうか、300番を引きませんように…と。
しかしまぁ、現実はそう上手くは行かないのが世の常だ。
ゆっくらと水晶に番号が映し出される。
最初の文字は"3"。
ニグラスの心臓の鼓動が早くなる。
まだ、まだわからない。
二桁で終わる場合もある。
次の或いは最後の文字は"0"。
ニグラスは冷や汗を流す。
嫌な予感が頭をよぎる。
頼む…頼む。
しかし、そんな願いは無常にも阻まれる。
まるで神様が悪戯したかのように次の数字が浮かび上がる。
「オリオンは300番。ニグラス・シュブーリナとオリオンは決闘場に向かってください」
終わった…ニグラスは膝から崩れ落ちる。
そして、思い知る。
原作の流れに逆らう事は出来ないのだと。
偶然か、或いは世界のルールか。
真相は分からない。
ただ一つ、分かるのは…運命からは逃れられない。
「はぁ…どうするべきか」
決闘会場の待機室。
大きな溜め息を吐いて思考する。
隣に居るフェンに膝枕をして貰いながら。
次々に行われる決闘をモニターで眺めて、考え続ける。
原作は壊したくない。
だけど、原作通りにただボコボコにされるのは癪だ。
そして、これまで付き添ってくれた皆んなの恩を仇で返す事になる。
それだけは絶対に許るせない。
それに、これまでの努力が無駄になる。
ーーなら、潰せよ
心の中で『ニグラス』が囁く。
いつもなら耳を傾けないが、今回は違う。
潰す、とは違うが…どうせなら勝ちたい。
『ニグラス』とニグラス、初めて意見が合ったような気がする。
「よし、決めたぞ」
あれだけ原作を壊す事を恐れていたが…今は原作をぶっ壊そうと企んでいる。
やっぱり、『ニグラス』と自分は似ているのかも知れない。
頬をパチンと叩き、気合いを入れる。
そしてニグラスは決闘場に向かうのであった。