第二十話 『ダーレス勇王学園』
――『ダーレス勇王学園』
インセンベルク勇王国が誇る最大の教育機関にして最難関、王国に住まう誰もが一度は入学を夢見る最高峰の学校。
数多く存在する学校の中で世界でも最も有名な学校がこのダーレス勇王学園である。
その理由は幾つもある。
衣食住が完備した寮制度。
種族問わず、年齢すら関係なく入学可能。
あらゆる授業に於いて、実績のある教師が揃えられている。
だが、最大の理由。
それは、ダーレス勇王学園が残してきた偉業の数々だろう。
と言っても、学園"が"何かを成した訳ではなく。
正確には学園の在校生或いは卒業生が成して来た偉業である。
ある者は、魔法を極めし者にのみ与えられる称号『賢者』を。
またある者は、剣術の頂たる『剣聖』を。
ある者は『英雄』を。
ある者は『豪弓』を。
ある者は『聖女』を。
ある者は『武神』を。
この称号は世界に…この歴史に名を刻む偉業を成した者にのみ与えられる特別なもの。
富。
権力。
名誉。
名声。
その全てを望む者達が集まる。
手に入らなくとも、入学したものには絶対なる地位が約束される。
だが、当然。
この学園に入るには、それ相応の代償が求められる。
入試テストでは高難易度の魔法技術と剣術の才や技が求められる。
この学園は家柄も重視されると言われている。
現に、誰もがこの学園は貴族や裕福な者だけが通えると認識している。
が、実際は出生時の家柄は不問なのだ。
元々は貴族や家柄が裕福な者のみが通う事の出来た場所だ。
しかし、何代か前の王の政策によってダーレス勇王学園の入学に於ける規律が変わった。
ーー『才能ある者、何人たりとも家柄出身は問わん』と。
そもそも、【スター・ウォーリアーズ】の展開的に貴族や家柄が裕福な者のみしか通えないままだったら主人公は絶対に入学試験を受ける事は出来なかった。
王都から離れた辺境の小さな村生まれ。
家族想いな貧乏平民。
勇気や思いやりは人一倍強い男。
それが主人公だ。
幼馴染のヒロインと鍛錬や魔物退治をする日々の中で、偶々村に訪れていた騎士が彼等に目を付けた所から物語が始まる。
そして、星の勇者として覚醒した主人公はある理由で旅立つ。
そして色んな出会いやイベントを起こしていく。
その原点がこのダーレス勇王学園編である。
ーー
天気は快晴。
三又の小鳥の鳴き声が不安がる受験生達にエールを贈る。
遂に、遂にこの日がやって来た…
「ふぅぅ」
緊張で胸の鼓動が早くなる。
心を落ち着かせる為に、深く深呼吸をする。
大丈夫だと、必死で自分に言い聞かせる。
「楽しみだな」
「そうでございますね」
「そうですね」
緊張して声も出せないニグラスとは裏腹に、側に居る同行者は呑気な会話を繰り広げている。
そんな2人の様子を見ていると、心が安らぐ。
緊張感が無さすぎるのはどうかと思うけど。
「みんな、本当に今日が大事な試験だって分かってる?」
「そうですわ。いつも通り、あの辛い試験の事を思い出してくださいまし」
「ヤダ、コワイ」
思い出したくない。
あんな、地獄のような日々は…まぁでも確かに、やるべき事はしっかりとやってきた。
剣術も魔法も、努力して学んだ。
「しかし、師匠が来てくれるとは思いませんでしたよ」
「私は其処まで薄情じゃない。弟子の鍛錬の成果を見届けてやるのも役目だ」
「ありがとうございます」
師匠は怖いが、実は優しい。
原作では見れなかった彼女の一面を知れて良かった。
「やぁ、ニグラスきゅん。今日は頑張ってくれたまえ!」
校門の前。
メゾルテが仁王立ちで出迎えて来た。
oh…視線が一気に此方に注目する。
「婚約者として私も全力で応援してやろう!」
うーん。
結局、メゾルテとの婚約は続いている。
彼女が婚約破棄を一向に認める様子はない。
母上もまた、メゾルテとの結婚に乗り気でニグラスの申し出は通らない。
それでも、良い気がしてきた。
彼女は王族であり家柄が高く、武芸と学芸ともに才能に優れている。
会う度に純粋な好意を向けてくれる彼女を突き放す事なんて出来ない。
自分でも中途半端でどうしようもない奴なのは分かっている。
原作を知っている身からすれば、あまり良い行動では無い。
スパルダからはしっかりと向き合えと釘を刺された。
いつまでも彼女の気持ちを放っておくのも失礼だと思うので、向き合うことに決めた。
「はぁ、心配だ」
緊張がほぐれたとは言え、やっぱり心配だ。
師匠達は大丈夫だと言ってくれたが…それでも不安なのは変わりない。
剣術は、未だにスパルダに勝てることは少ないし。
魔法も、セイラムのような高みには届く気が微塵もしない。
でも、2人は必ず合格できると信じてくれているから本気で頑張る。
「大丈夫!フェン、絶対に合格してみせるよ」
「はい、私も頑張ろうと思いますわ」
改めて決意を込めて、試験会場へと向かう。
ーー
遂に辿り着いた。
ダーレス勇王学園…原作では何度も目にして来た建物でもリアルで見るとやはり感動するものがある。
構内には、多くの受験生で溢れかえっていた。
様々な種族の生徒達が、ついに迫ってきた試験時間に落ち着かない様子だ。
「お、おい…アレが、『悪童』ニグラスだ」
「獅子姫がお側に…まさか、あの噂は本当なのか?」
「第二王女様もお気の毒に…」
なんて、ヒソヒソ話が耳に届く。
随分な言われようだ。
学園のほとんどの人間がニグラスに軽蔑の視線を浴びせている。
こう言った言葉や視線を浴びたのは久しぶりだな。
そういえばニグラスは完全なる嫌われキャラだったなぁ、原作でも確かにこんな場面があったな。
「ほら、こっちよリオン!」
ふと、近くから声が聞こえた。
普段なら聞き流すであろう。
しかし、今回は違う。
何処か聞き覚えのある活発な女子の声。
「ああ、分かってるよアル!」
次に聞こえた男の声。
ドッ、と胸が騒めくような感覚が伝わる。
視線の先ーー黒目黒髪の少年と青眼青髪の少女が居た。
初めて見る美しい学園の景色に心躍らせる少年と、そんな無邪気な少年を宥めて世話を焼く美しい少女。
ああ…間違いない。と、ニグラスは彼等を見て確信する。
「おい、こらぁ!」
「ちょーと、待てや」
すると、2人の目の前にガラの悪い3人組の男が立ち塞がる。
明らかに大柄で学生っぽく無いが、制服を着ているし恐らく受験生なのだろう。
この学園は成人なら何歳でも通う事が出来る…だから、彼等のような明らかな大人が受験生でも不思議では無い。
ま、原作通りなんだけどね。
「えっと、何か用かな?」
威圧する男達を前にしても怯まず堂々とした態度で接する少年。
また始まった…と呆れた様子の少女。
これも、原作通りの展開で少し感動だ。
「てめぇら、何処の者だぁ?此処はなぁ、ガキがお遊びで来る場所じゃねぇんだよ!」
「別に遊びで来ている訳じゃないんだけどね…」
「口答えすんじゃねぇよ」
側から見ていても、ひどい言い掛かりだ。
少年達をすごく困惑した表情をしている。
「行こうリオン、試験に遅れちゃう!」
「おいおい、良く見りゃ良い女じゃねぇか」
「おぉ、本当だなぁ」
「おいガキ、この女だけは置いてけや」
「なに?」
ガラッと少年の纏う雰囲気が変わる。
「お前じゃその女を使えねぇよ…ほら、早く…あん?」
少女に手を伸ばした男の腕をガシッと無言で掴む。
その表情からは怒りが伝わってくる。
「どうかこれで引いてくれないかな。これ以上は僕も流石に我慢できないよ」
「はっ、うるせぇーーよっ!」
男の一人が少年に向けて拳を放つ。
が、不意打ちにも関わらず少年はそれを受け止める。
「グッ!?な、腕が…」
「忠告はしたからね」
その言葉と共に、少年が動く。
たった一瞬で3人の大柄な男達を制圧して見せた。
この場に居た何人が今の出来事を理解しているのだろうか。
流石は主人公だな。
「流石はリオンね。さ、早く行きましょ」
少女は何事もなかったように少年の手を引き試験会場に向かおうとしている。
リオンと呼ばれた少年は、恥ずかしそうにしながらも彼女についてゆく。
微笑ましい光景…だがなぜだろう、虫唾が走る。
ニグラス…やっぱり、お前は…
ふと、男達の挙動に違和感を感じて注目する。
「アイツら…」
男達が手のひらに魔力を込めている事に気付く。
それもかなりの威力の魔法だ。
やれやれ…流石に見て見ぬ振りは出来ない。
「死ねぇぇーー「それは流石にダメでしょ」
魔法を放とうとした男の頭を押さえつける。
フェンとメゾルテも同じことを考えていたようだ。
物音に気付いた2人が此方を振り向き、何が起きたのかを理解して此方に駆け寄ってくる。
「ありがとうございます!貴方達が居なければもしかしたら…」
「気にしなくていい。ただ目障りだっただけだ」
あれ?
なんで、こんな口調になってしまうのだろうか。
「それでもありがとう!俺はオリオン!えっと、君の名は…」
「そんな事よりも、早く試験会場に向かわないと遅れるぞ」
「そうだね!君達も遅れないようにね!この借りは必ず返すからさ!」
そう言って彼等は去っていく。
「……」
胸の奥にざわめくドス黒い感情。
この正体はもう確信している。
俺の中で今でも存在している、本来のニグラス・シュブーリナが原因だ。
思い返せば何度もこんな事があった。
それでも、なんとか追い返してきた。
今回に限っては、この感情がより大きく顕著に現れている。
彼等を目にしてから。
彼等がこの【スター・ウォーリアーズ】という物語の主人公とメインヒロイン。
オリオンとアルテミ。
そして、本来のニグラスが最も忌み嫌う"平民"出身だ。
原作ではニグラスは主人公が平民だからという理由だけで凄まじい怒りと侮蔑を浴びせていた。
それは、此処でも変わらないらしい。
無論、好き勝手させるわけもない。
この世界では、嫌われ者ニグラスという汚名を返上する為に頑張ってきたんだ。
でも…でもさ。
本当に、ほんの少しだけ…お前に共感してる俺も居るんだ。
物語の脇役が…嫌われ役が…これまで惨めな想いをして来たお前が…決定的な運命を覆して、物語の主人公を圧倒したらさ。
面白くないか?
「ふふ」
「どうしたんだニグラス」
「師匠、まだ居たんですか?…まぁ、何というか楽しみになってきたんですよ」
そう言って見せるニグラスと『ニグラス』は嗤っていた。