第十六話 『は?婚約ってなん?』
訂正しました。
ニグラス・シュブーリナの朝は早い。
じりじりじり、と時計が鳴る。
時刻は午前5時。
目覚まし時計の音と共に少年は起床する。
ベッドから起き上がり部屋に備わった無駄に豪華な洗面台に立つ。
自作の歯ブラシを手に取り、勇王国随一の医師に依頼したオーダーメイドの歯磨き粉を歯ブラシの毛先に乗せる。
シャカシャカと音を立ててしっかりと隅々まで歯を磨き、うがいをして顔を洗う。
整った自分の顔を鏡で確認して余韻に浸る。
ようやく準備を終えた少年は欠伸をしながら部屋を出る。
「おはようございます。ニグラス様」
少年を笑顔で出迎える狼族のメイド・フェンを側に一階へと続く階段を降りる。
そしていつものように、食事を済ませて皿洗いを手伝う。
「さてと、今日も頑張りますかね」
自分に気合を入れる。
一年以上続けて来た地獄のような基礎体力訓練や剣術に魔法の鍛錬。
もはや、辛いという気持ちはなく楽しんでいる。
いつも鍛錬を行う庭に訪れる。
が、この日はいつもと違った。
「ん?」
なにか凄く嫌な予感がする。
広大な庭に設置してあった筋トレ道具が綺麗に片付けられ、元々の美しい庭景色が広がっていた。
其処に、見た事もないイタリア製のガゼボが聳え立っていた。
この時点でもう絶対に碌な事じゃないと予感した。
恐る恐る近づく。
豪華な机。
机の卓に供えられた、パンやお菓子。
そして…用意された純白の椅子に座り堂々とティーカップに入った紅茶を啜る煌びやかで凛としたご令嬢。
「ふっ」
唖然としてその場に立って硬直しているニグラスの姿を発見した"彼女"は愉快そうに微笑む。
ニグラスの額からツーっと冷や汗が流れる。
其処に居たのが見知らぬ貴族令嬢であれば驚きはされど、焦る事はない。
しかし、例外もある。
それは彼女が…メゾルテ・イォマー・インセンベルク第二王女であるからだ。
「何故、ここに貴女が?という顔をしているな」
心を読まれた。
いや、単純にそう悟られる程に顔に出ていたのだろう。
と言うより、これが普通の反応だ。
この国の第二王女がこの場に平然とスパルダと共にお茶しながら座っているのだから。
「まぁ、取り敢えず座ってくれないだろうか」
「は、はい…」
第二王女に言われるがまま、隣に腰掛ける。
心臓の鼓動が目まぐるしく早くなる。
フェンが淹れてくれた紅茶を飲み、心を落ち着かせる。
チラッと横目で右隣に座るメゾルテを見やる。
すると、此方を色っぽい視線で凝視する彼女と目が合ってしまう。
慌てて視線を左隣に移すが、今度は凄まじい形相で此方に何かを訴え掛けるスパルダと目が合う。
両手に花、なんて表現は似合わない。
作中の2人を表すなら、両手に鬼と獅子が最適だろう。
「今日はいい天気ですね…第二王女殿下」
「ああ、本当にいい天気だな…天もまた私と君の出会いを祝福してくれているのだろう」
「……」
想定外の返答に言葉を詰まらせる。
こんなキャラだったか?と、思いメゾルテを改めて眺める。
金髪赤眼。
凛々しく美しい顔立ち。
白く美しい肌、豊満な胸と尻。
そして、引き締まった躯。
うん、見間違いじゃない。
間違いなく本人だ。
納得…出来ない!
「そんなに見つめられると少し照れくさいな」
「……はは」
え、え?
な、なんだこの反応…凄く、違和感があるけど…とても既視感がある。
だからこそ、認められない…そんな事、あってはならないのだ。
「それではメゾルテ様。後はお二人でお楽しみ下さい」
「うっそーん」
スパルダが席を立つ。
彼女はフェンを連れて屋敷の中に入って行った。
あぁ、2人にしないでよぉ…
それにしても、席を立つ前にスパルダとフェンがメゾルテに向けてドス黒い何かを放っていたいたが気の所為だろうか?
2人きりになってしまった。
原作の大人気ヒロインのメゾルテと2人きり…原作だったら絶対に有り得ない状況だ。
いや、今でも有り得ない。
彼女は崇高なる"善"でニグラスは"悪"、対極の存在。
事実、彼女はニグラスを死ぬほど嫌っていた。
追加ダウンロードコンテンツにてメゾルテ視点で進行した物語。
ニグラスが死亡した後日談で、彼女は『あの糞塵貴族令息は異形の群れに襲われて死んだらしい。ざまぁみろと心の中で嘲笑う』という独白をしていた。
それは、この世界に訪れてからもそうであった筈だ。
とにかくまずい。
「異性と2人きりというのは緊張するね…心臓がドキドキして破裂してしまいそうだ…」
「え?…」
絶句する。
これはもう確定である。
メゾルテ・イォマー・インセンベルクは恐らくニグラスに好意を抱いている。
なぜ、確信に至ったのか。
それは、彼女の口調と態度だ。
いつもの彼女は正に王族に相応しい威厳と態度で過ごす。
口調も男らしく、行動もキリッとしていて、戦いの際には自ら戦闘に立ち剣を振るう。
その姿に、男性のみならず女性のプレイヤーからの人気も絶大。
彼女には意外な設定がある。
それは…惚れた相手を前にすると乙女になるという設定。
原作では学園編にて窮地に陥った自分を救ってくれた主人公に即堕ちする。
其処からは王族としての権力を存分に使い、主人公に全力で愛を注ぐ。
その愛は決して揺るがない。
そんなギャップに彼女の人気はさらに高まり、人気投票では3年連続一位に上り詰めた。
だからこそ、これはまずい。
本来なら主人公に向けられるメゾルテの好感度がニグラスに向かっている。
何とかしてこの好感度を下げなければ、原作を壊してしまう危険性も捨てきれない。
「今日は一段とえっちぃですね第二王女殿下」
「そうか?ふっ♡、ニグラスきゅんだったら幾らでも眺めて構わないよ?なんなら、触ってみるかい?」
ああ、逆効果だった!?
メゾルテがたわわなお胸を腕に押し付けてくる。
oh…とても柔らかい…とても大きい…
ッ!?
ふと、屋敷の方向から恐ろしい殺気を感じた。
平常心、平常心。
「それで、本日はどういったご用件で?」
「あぁ、すまない…って、母上、メルルザから聞いていないのか?」
「?ええ」
「ふむ、なら私から言わせてもらおう。私、メゾルテ・イォマー・インセンベルクとニグラス・シュブーリナの婚約が決まった」
「こんやく、、、、何かを訳すんですか?」
「君と私が近いうちに結婚するんだ」
「はっ、はぁぁぁぁあ!!?」
突然の宣言にニグラスは驚愕のあまり大きな声を出してしまう。
自分の知らぬ間にそんな重要なことが決められていた事にも驚いた。
メルルザからは手紙も口頭でもそんな話を聞いていない。
あの誕生日会で再会した後から3日、一度も会っていないし話していない。
ば、馬鹿な…とニグラスは頭を抱える。
婚約…スター・ウォーリアーズの重要なヒロインと自分が婚約?
本来なら歓喜すべき事だ…しかし、素直に喜べない…
「これから宜しく頼むぞ旦那殿」
「いやー、あの、その…」
「それとも私では不満…かな?」
うぐっ!?
やだ、何その表情…断りづらい。
そもそも、断ったらまずいのでは?
メゾルテは第二王女、一方でシュブーリナ家は伯爵家…取りつぶしだってあり得なくない。
「不満、というか…いきなりの事でびっくりしてしまいました」
「まぁ、とにかく今日はその事を伝えたくて突然訪問させてもらったよ。それじゃ私はこれで失礼する」
「ああ!第二王女殿下、馬車までお送りしますのでお手を…」
「ッ!?全く君は…そういうところも、好き♡」
はっ!?
しまった、また無意識に彼女の好感度を上げてしまった。
でも、男としてレディを一人で帰す訳にはいかない…エスコートはモテ男の秘訣だぞとスパルダ師匠にも言われたから。
メゾルテの柔らかい手を握り、少し談笑しながら馬車の方までエスコートする。
「エスコートありがとう。君を婚約者にして良かったと心から思うよ…それと、彼女が今度君に直接会いたいと言っていた」
「!?分かりました」
「もっと君と愛を育みたいが、公務などで忙しい…次に会えるのは一年後の入学試験だ。再会できることを祈っているよ」
「メゾルテ様も息災で」
「ああ」
一年後、か。
メゾルテは学園の2年生。
会う事はないだろう、、、
因みに彼女は学園でもトップ5の実力者。
炎属性の魔法と剣術を組み合わせた戦法は強力で原作でも世話になったな。
天才と呼ばれているが、幼い頃から必死に努力して強くなった所にも好感を持てる。
ただ、婚約はちょっとなんとしても破棄しないとなぁ…
煌びやかな馬車に乗り、護衛と共にシュブーリナ邸を去っていく。
「ふっ、災難だったな」
「そんな言い方しちゃダメでしょ…」
「それで、結婚するのですか?」
「うーん、その気はないかなぁ…」
これは本音だ。
メゾルテとの結婚は避けたい。
此処で彼女と婚約した事によって物語が変わってしまう可能性が高い。
良い方向なら良しだが、悪い方向に進んでしまうリスクもある。
それに…フェンは何処か悲しそうな表情をしているから。
「何故、ですの?」
「いきなりだし、それに僕にとってはフェンとスパルダ師匠の方が大切な人ですからね」
「「!!?」」
「そう…ですか」
「ふっ、それで良い。これで王女との婚約に浮かれていたら叩き潰すつもりだった」
何処か、2人の機嫌が戻ってくれたようだ。
心なしか頬が赤いような気がするが…もしかして2人も惚れてる?
い
フェンはともかく、スパルダに関しては有り得ないか。
後で母上には文句の手紙を送っておこう。
ついでに、メゾルテ様にも婚約破棄をそれとなく伝える手紙を送っておこう!
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