称賛の言葉
再びエリアスの剣が地竜へ入った直後、竜は再び雄叫びを上げ――それと同時、エリアスの視界に黒い何かが迫った。
(地竜の尾か)
即座に何なのかを理解したエリアスは、回避行動に移った。結果、尾を薙いだ地竜の攻撃は空を切り、エリアスは後退に成功する。
剣を構え直し、反撃に転じようとしたが――その前に足が止まった。理由は、結界の外側にある魔力が、大いに高まったためだ。
「そろそろか……?」
「聖騎士エリアス!」
声は聖騎士テルヴァの声だった。そこでエリアスは大きく地竜から飛び退いた。そして結界が構成されている場所まで移動すると、一部分が開いた。
「地竜へ仕掛ける!」
テルヴァの声が響いた。エリアスが結界の外へ出るとすぐさま結界は閉じられ、それと共に地竜の頭上に光が生まれた。
それはエリアスが先ほど奇襲を仕掛けるためにフレンが放った光の魔法に似ていた。太陽の光を忘れるほどの強烈なものであり、フレンの魔法と大きな違いは、その魔力が膨れ上がっていくことだ。
紛れもなく、地竜を倒すための決定打となる――地竜もまた自身にとって致命的な魔法であることに気付いたらしく、咆哮を放ち、結界を壊すべく突撃を開始した。
ズン、と一つ大きな音を立てた。しかし結界は壊れない。エリアスが時間稼ぎをする間に、強度をさらに引き上げたのだと推測できた。
エリアスはテルヴァの所まで移動した時、今まさに魔法が放たれようとしていた。見れば、地面に複雑な魔法陣が描かれている。それによって大地から魔力を吸い上げ、地竜の頭上に魔法を発生させていた。
「強力だが、あれで仕留められなかったらどうする?」
エリアスは問う。もし次の一手がないのであれば、再び時間稼ぎをする腹づもりだった。
しかし、
「その必要はない。地竜は絶対に、ここで仕留める」
言うと同時にテルヴァは合図とばかりに腕を振る。直後、今度は地竜の足下で魔力が膨れ上がった。
「上下、同時攻撃か……」
「あなたが稼いでくれた時間だ。全力で応じたことで、貴族の配下達が進んで協力してくれた……戦果を得るために」
と、テルヴァはエリアスへ笑みを向ける。
「その辺り、計算ずくで動いていたんだろう?」
「……その理由もあるが、守勢では地竜を食い止めることが難しいと思ったんだよ」
「確かに、あなたの戦いぶりは地竜に攻勢をさせない立ち回りだった……あれほど巨大な相手を前に、見事としか言いようがない」
称賛の言葉。エリアスが「どうも」と答える間に、魔法が放たれた。
光が、結界の中を飲み込んだ。凄まじい魔法は、閃光とそれに伴う衝撃によって、地竜の体へ襲い掛かった。
咆哮が、エリアスの耳に入る。だが先ほど戦っていた時と比べ、弱々しい――この魔法の結果どうなるかは、もはや火を見るより明らかとなった。
光はおよそ一分ほど続いた。魔法の効果としても非常に長い、強大な一撃が終わると――地竜は、地面へ横たわっていた。
その体躯は、次第にボロボロと崩れ始める。巨体であっても致命的な魔法を受け続けたことによって体を構成する魔力が破壊され、一気に塵のように変じていく。
それを見て、周囲の騎士や勇者は歓声を上げた。勝利した――しかも犠牲者もなく。死を覚悟していたと思しき騎士などは、涙を流し喜んでいた。
「……これで、名のある魔物は二つが消えた」
そこでエリアスはテルヴァへ語り出す。
「残るは一体……魔物の領域、その奥地にいるらしいが」
「人の領域から遠いのであれば、手を出すことはできないな。どれだけ精鋭であっても、魔物の領域に踏み込んで帰ってこれるとは思っていない。ただ」
と、テルヴァは北――いまだ開拓をしていない領域の方角を見ながら、続ける。
「人間達が開拓を進めるのであれば、いずれ戦うことになるさ」
「俺達が出向く、というわけか」
「いつの話になるかは不明だが」
そこまで言うと、聖騎士テルヴァはエリアスに握手を求めた。
「あなたのおかげで、誰も死なずに済んだ。礼を言うよ、本当にありがとう」
「俺は聖騎士の務めを果たしたまでだ」
要求に応じ、エリアスはテルヴァと握手を交わす。
「あなたのような力を持つ人間がいれば、開拓はさらに進むだろう。どうだろう、一緒に働いてくれないか?」
「……俺は政治的に立場が弱いし、開拓最前線へ、というのはさすがに難しいぞ」
「政治的、か」
エリアスは地竜の遺体を見ながら考える。地竜相手に時間稼ぎをした、という話であれば魔獣オルダーとの戦い以上に功績を得られたかもしれない。
(ただ、この話を国側はどう認識するのか……)
やがて手を離した時、聖騎士テルヴァは消えゆく地竜を見据えながら、
「……今回の件で、国はさらに開拓を進めるよう指示を出してくるだろう。結果から言えば魔獣オルダーに続きまたも犠牲者なしだからな」
そこまで言った時、テルヴァはほのかに笑みを浮かべ、
「……聖騎士エリアス、後で色々と話したいことがある。とはいえまずは、事後処理を先に済ませることにしよう――」