主導権
地竜はエリアスへ注目しながら幾度も前足を振り下ろし――あるいは薙ぎ払う。だがエリアスはその全てを回避する。巨躯を活かした攻撃は、少しでも気を抜けば食らうほどの攻撃範囲を持っていたが――
(俺が与えた傷により、地竜に異変が起きているな)
そうエリアスは心の中で呟く。地竜が攻撃をする際、その動きを魔力で捉えることができるようになっていた。それはどうやら傷ついた体躯から無理矢理魔力を引き出しているのがきっかけで、魔力の流れがはっきりとわかるようになっている。
どうやらエリアスが脳天に叩き込んだ一撃は、相当なダメージを与えていた――とはいえ、地竜の動きはまだ健在であり、油断した瞬間に攻撃を食らって終わりであることは間違いない。
(死線に立っているが……けど、攻撃を当てる前と比べれば、そこまで脅威ではなくなっているな)
エリアスは思いつつ反撃の機会を窺う。地竜はなおも猛攻を仕掛けているが、少しでも隙を見せれば剣を差し込む気でいた。
地竜としても、懐に潜り込まれれば危ない――そう認識しているのか、エリアスを前に進ませないようにしている。猛攻を仕掛けながら、動きを制御している。
「知能が高い、というよりは長く生きてきた本能みたいなものか」
地竜は地底の奥底で魔物とも戦い強くなってきた――そうした経験により、同じ相手に二度と似たような戦法を使わせないようにする。それは過去地竜が痛い目を見てきた結果によるものだと推測できた。
(やれやれ、戦略的にも面倒な相手だな)
エリアスはそう思いつつ、地竜へ踏み込めるかの隙を窺う――本来、こうして一対一で切り結んでいるのは時間稼ぎのためだ。後方では聖騎士テルヴァは人を集めて地竜を仕留めるだけの魔法準備をしているだろう。
よって、エリアスは無理をせずただ時間を稼げばいい――のだが、エリアスがそれでもあえて攻撃しようとするには理由があった。まず第一に、味方の反応。
地竜を討伐するために派遣された騎士や勇者からすれば、エリアスが単独で挑んでいる状況はまずいと考えていることだろう。まさかエリアスが単独で仕留めることになるのでは――そうなったら自分達が派遣されてきた意味がない。戦果を何一つ挙げることができず、戦いが終わる。
そうさせないためにも、聖騎士テルヴァの指示により魔法を完成させ、地竜を討伐する――それこそ、戦果を得るための最善策だと考え、準備を急ぐはず。
加え、エリアスが時間稼ぎに終始すれば、放置することでエリアス自身が危機的状況に陥る――場合によっては、見殺しにできてしまう。もし逃げの一手で時間稼ぎをすれば、放置して時間を引き延ばしエリアスを地竜に排除してもらう、などというやり方をする危険性も、ゼロではない。
よって、エリアスは攻撃するという意思を見せることで、魔法準備を行うよう促している――そしてもう一つの理由は、地竜に関すること。むしろこちらの理由の方が要因としては大きい。
単純な話だった――目の前にいる地竜は、ただ逃げて時間稼ぎをするだけでは、間違いなく暴れ出し取り返しが付かなくなる。
守勢に回っているからこそ、食い止めることができている――エリアスは自分に言い聞かせる。主導権を地竜に渡したら、どうなるかわからない。
幾度となく繰り出される地竜の攻撃をかわしつつ、エリアスはどうにか攻め立てようと足を動かす。だが決定的な一歩を踏み出せず、かといって地竜も大きく打って出ようとはしない。双方が動き続けているが、小康状態――しかし、結界の外側では着々と準備が進んでいる。
その時、地竜の動きが止まった。エリアスはそこで立ち止まると、地竜を見据え問い掛ける。
「……外の様子が気になったか?」
エリアスとしても背後で大きな魔力を感じ始めていた。しかし、地竜の視線は明らかにエリアスへと向けられている。
「だが、俺に相変わらず注目しているか……目の前でウロウロされる俺のことが気になるか?」
地竜を見据えながら、エリアスは問う。
「あるいは……俺が恐ろしくて、視線を外せないか?」
――地竜が人間の会話を理解するかどうかはわからない。しかしエリアスが発する気配を挑発的だと捉えたか、地竜は新たな動きに出た。
その口が開かれる。竜の中には炎をはくタイプもいるのだが――刹那、地竜の口から業火が放たれ、エリアスへと襲い掛かった。
「このくらいの攻撃手段は持っているか」
エリアスは呟きながら回避に転じる。その直後に立っていた場所を炎が舞う。業火と呼べるそれは熱と共に地面を舐め、温度が急速に上がっていく。
そこでエリアスは動く――地竜はそれにより、動きを止めた。炎が舞ったことでエリアスの姿が、一瞬だが見えなくなった。
そしてエリアスとしてはその一瞬で十分だった。
「強力だが、俺の姿が一瞬でも見えなくなる……悪手だな今のは」
呟きながらエリアスは地竜の横手に回る。そして――巨躯が反撃を繰り出す前に、エリアスの剣がまたも地竜の体へ直撃した。