地竜
地竜という存在が間近に迫ってきた段階で、エリアスは同行するフレンとジェミーへ向け、改めて口を開いた。
「もう少しで戦闘に入る。今のうちに、作戦を伝えておく」
そう切り出すと、まずはフレンへ目を向けた。
「フレンは東部における戦いのように、伝令役」
「はい」
「今回の敵は地竜のみで、他に魔物はいない。巨体であるため敵の間合いを見極めるのは困難かもしれないが、それでも攻撃範囲外に待機して、指示を出した場合に動いてくれ」
「わかりました」
「……戦場で、フレンさんはいつもそういう役目を?」
ジェミーが疑問を告げる。エリアスはそこで彼女を見返し、
「ああ、東部だって全員が一ヶ所に固まって魔物と戦うばかりじゃなかったからな。魔法などを用いて連絡することもあるが、東部ではそういう通信魔法が機能しない場所があったりしたし、魔法以外の手段で伝令役を確保することが必須だった」
「なるほど……今回の場合は、そもそも急造で結成された討伐隊だから、他の人へ連絡しようにも、通信魔法は使えないか」
「そうだ、よってフレンのような人間がどうしても必要になる」
「けれど、こちらの指示に従うかしら? 聖騎士テルヴァなんかは聞く耳を持っていると思うけれど」
「そこはまあ、伝令内容でどうにか動かすしかないな……ま、フレンが活躍しない方が望ましいけど」
そうエリアスは言った後、今度はジェミーへ指示を行う。
「ジェミーの方は、状況に合わせて動いてくれ。ただ地竜を見てこれはまずいと判断したら、自分の身を守ることに集中してもらっていい」
「攻撃はしなくてもいいということ?」
「そうだ。むしろ無理矢理前に出て怪我でもされてしまう方がまずい……あるいは、負傷者を保護するといった役目に回ってもいい。地竜は弱った人間を狙う可能性もある。それを踏まえると、可能な限り負傷者は早期に離脱させないと犠牲者が増える」
エリアスの言葉にジェミーは頷く。
「わかったわ……ただ、そもそも攻撃魔法が通用するかどうかも怪しいのだけれど」
「そこについては地竜を見ないと何も言えないな。ナナン山で戦ったような魔物みたいに外皮が硬ければ通用しない可能性が高いんだが……」
エリアスが呟く間に、いよいよ地竜がいる場所へ近づいてくる。聖騎士テルヴァは周囲の者達へ警告し、その歩みが少しずつ遅くなっていく。
エリアスも感じられる魔力が確実に増しているのを感じ、口を止める。フレンやジェミーはその気配に圧され、自然と口を閉ざした。
そうした中、前を進む聖騎士テルヴァが動きを止めた。同時、エリアスは視界に入れる――倒すべき敵の姿を。
「……地竜」
ジェミーが呟いた。次の瞬間、聖騎士テルヴァや彼と共に進む騎士達が、駆けた。それに一歩遅れる形でエリアスも続き、開けた空間に出た。
山岳地帯に存在する小さな平地だった。周囲は木々に囲まれており、そこに――紛うことなき竜がいた。
四本の脚を持つ竜は茶褐色で、まさしく地の竜という呼称が似合う体躯を持っている。神話の挿絵に存在するような見た目をした、強固な鱗を持つ存在は、人間達を見据え、再び吠えた。
――オオオオオオ!
声がこだまし、周囲の木々すら揺らすほど。音圧により少数の騎士が怯むような事態となったが、それでも逃げることはなかった。
そして、地竜に対し真正面に立ったのは聖騎士テルヴァ。その所作はまるで自分が人間達を率い、だからこそ最初に犠牲となるのも自分であると信じて疑わないような雰囲気を出していた。
「……あんまり無理をさせると、それこそまずい展開になりそうだな」
エリアスは一つ呟きながら地竜を見据える。鱗に宿る魔力量に加え、他を圧倒しこの場を支配する存在感。その全てが人間では到底太刀打ちできないということを理解させられる。
けれど、その中でもエリアスは地竜の気配を感じ取り――とある結論を導き出す。
「……フレン」
「はい」
「少し方針を変える。もし俺が動いたら……」
「わかりました」
その言葉で彼女は理解したか、それだけ答えた。ジェミーもその会話に気付いた様子だったが、口は挟まなかった。
聖騎士テルヴァや勇者ミシェナは臨戦態勢に入り、地竜もそれに応じるように魔力を高める。その間にもこの戦場に向かってくる人の気配――戦果を求めた派遣されてきた面々だ。それは後方ではなく地竜の側面を取るような形で進んでいる
実質敵に地竜を包囲するような形になっていく。とはいえ、間近にいる地竜は普通の魔法が通用しないだろう、というのは容易に想像できる。
(聖騎士テルヴァは何か考えがあるのか……重要なのは、最初の攻防か。地竜がどう動き、人間側がどう立ち回るのか)
そしてその攻防で、犠牲が出るのかどうか。エリアスはどう動くか思案していると――いよいよ、戦いが始まった。