縄張り
「俺達が戦った赤い狼は開拓を進めていない北東にいる……開拓の影響が少ないと言っても、ゼロではないだろ。人間が山を調査し、開拓するという姿を確認し、魔物が動き出した……ただ、この場合はやっぱり砦付近まで魔物が来る理由が不明だけど」
エリアスの言葉にミシェナは首を傾げる。
「さっきも砦までやってくる理由はないと言っていたけど、気に掛かるの?」
「多少な。交戦した魔物は見た目通り獣の知性を持っている……が、動物とは異なり魔物は本能的に行動することが多い。それは結果として合理的な動きをすることに繋がっていて、無意味な行動をするといったことがほとんどない。魔物が動くには、必ず何か理由がある」
その発言にミシェナはじっとエリアスを見ながら、
「さっき、魔物の動向について可能性は三つと言っていたけど、理由をちゃんと説明できるのが三つ目の候補?」
「ああ、といっても具体的に何かと言われれば、推測しかできないが……三つ目の可能性は、魔物は新たなすみかを探しているのではないか」
騎士やミシェナは眉をひそめた。それがなぜ魔物が襲い掛かってくることに繋がってくるのか。
「たぶんだが、今回の魔物は渓谷の奥にいたんだと思う。群れを成している……それだけの数をどう生み出しているのかわからないが、魔物を自ら作っているとなればそれなりに時間も掛かるはずだ。よって最近生まれた魔物ではない」
「奥にいたのが、開拓をする人間の近くまでやってきた?」
「そうだ。そして安全な場所を求めて魔物を色々な場所へ派遣している……群れの中にいる言わば親玉による指示で、他の魔物は動き回っている。結果、人間と遭遇し交戦している……という理由なら、ある程度説明はつく」
「なるほど……それじゃあ魔物が奥地からここまで来た理由は?」
「そこについては不明だし、いくらでも考えられる。ただ自分の縄張りを脱し新しくすみかを探そうというのなら、一番可能性として高い理由は――」
そこまで話した時だった。エリアス達の目の前に開けた場所が見えた。
最初に視界に映したのは渓谷。深い断崖ではなく緩やかな傾斜を持つ渓谷で、先に進むルートを寸断している。そこに加えて人の手が入っていないことで生え放題の草木や多数の岩場、さらに踏破するのが難しそうな傾斜を持つ坂道――と、天然の要害であることが一目でわかる。
「これは……進むのは難儀だな」
「でも魔物は簡単に進める?」
ミシェナが疑問を呈す。それに答えたのはフレンだった。
「魔物は、環境に適応できますからね。仮に私達が戦う魔物が山奥からやってきたとしても、土地に合わせて対応することはできるでしょう」
「へえ、そうなんだ……あ、魔物がいた」
ミシェナは指で示した先に、交戦した個体と同じ姿をした赤い狼がいた。ただ距離はあり、崖の上からエリアス達を観察している。
「私達のことを見ていますね……詳細は不明ですが、群れを成しているということは当然ながら個々に役割があるはずです。となれば、周辺にいる人間を観察する個体がいてもおかしくはないでしょう」
フレンが話す間に、エリアスは地図と実際の地形を見比べる。
「やっぱり地図で見るのと実際に確認するのとでは違うな……魔物なら楽々踏破できる地形だが、人間には難しいな」
そんな呟きに対し、近くにいた騎士は魔物を見据え、
「あの場所に魔物がいるということは、魔物の親玉はこの奥にいるという解釈で良いのでしょうか?」
「ああ、奥地から強い気配も感じられるし、それで間違いないとは思うぞ……だとするなら、討伐隊を編成するにしても面倒な話になりそうだ」
「魔物を誘い出して……いえ、さすがに危険ですね。他にも奥地から魔物を招きかねない」
「そうだな。とりあえず調査としてはこのくらいか……後は報告して国側の反応を待つしかなさそうだ」
「これで終わり?」
なんだか不服そうなミシェナの言葉。するとエリアスは彼女へ目を向け、
「まだまだ戦い足りないか?」
「もう一戦くらいやるかもなー、と考えていたから拍子抜けしただけ」
「戦いがないならその方がいいさ。あくまで調査だからな」
エリアスはここで騎士へ目を向ける。
「調査はこれでおしまいになりそうだが……先に進むか?」
「いえ、さすがにこの装備では無茶なので、一度戻ることにします。国へ正式な報告はこちらで行いますので――」
そう言った時、エリアスとミシェナは同時に首を渓谷へと向けた。何事かと騎士などが目を見開き、
「どうしましたか……?」
「……おそらく、俺達が立っている場所は魔物の縄張りらしい」
そうエリアスが語る間に、渓谷側から足音――獣の足音が聞こえてくる。
「おそらくさっきよりも数が多い……すぐに引き上げた方がいい」
「わ、わかりました」
騎士が他の者へ指示を出した時、いよいよ魔物が飛び出した。エリアスの視界に、赤い狼が合計で五体、向かってくる。
しかも、その後方にはさらなる魔物も――状況に騎士や兵士の表情が引きつる中、エリアスだけは剣を抜き冷静な思考で臨戦態勢に入った。
「ミシェナ、いけるか?」
「もちろん!」
彼女は応じながら剣を抜き、迫る魔物へ一閃した。魔力を大いに込めた彼女の剣戟は、迫る魔物を正確に捉え、一撃で倒すことに成功する。
それに呼応するようにエリアスの剣も魔物へ入り、一蹴。しかし後続からさらなる魔物がやってくる。それに対し、二人は魔力を発し魔物を威嚇するように足を前に出した。
「ここは俺達が食い止めるから、先に戻っていてくれ!」
「は、はい、わかりました!」
騎士達が後退を始める。その一方でミシェナとその仲間、フレンについてはこの場に残る。それに気付いたエリアスは、
「フレンも一緒に戻って良いぞ」
「エリアスさん、私がいなくて砦に戻れるんですか?」
「う、それを言われると微妙だな……」
「魔物を倒すことはできませんが、自分の身は自分で守るのでお構いなく」
「大丈夫なの?」
ミシェナが問うとフレンは「問題ありません」と答えた。
それでもミシェナは疑うような眼差しを向けたが、エリアスは「まあまあ」とフォローを入れる。
「戦闘能力がないにしても、東部では参謀として最前線で活動していたから」
「そうなんだ……けど、怪我でもされたら寝覚めが悪いわね。私の仲間で守るから」
「助かる」
会話の間にも魔物が襲い掛かり、エリアスとミシェナの二人はそれを迎撃していく。
「いつまでも戦い続けるわけにはいかないから、機を見て戻ることにしよう」
「わかったけど……というか、思った以上に多いわね、これ」
ミシェナの言う通りだった。エリアス達は迫る魔物を迎撃し続けているが、最初に見えた五体から、後続が延々とやってくる。
「群れ、といっても十体とかそんなレベルじゃないでしょ、これ」
「確かに、そうだな……しかも一体一体が危険度二の個体。親玉がいるとすればその危険度は――」
そこから先は言えなかった。なおも襲い掛かる魔物をエリアスとミシェナは倒しながら、少しずつ後退を始めた。




