響き渡る声
「ノーク殿、状況を確認するためには動くしかありませんが……どうしますか?」
エリアスの問い掛けにノークは一度黙した。ただそれは無理もないことであった。
現状では声が聞こえただけ。それが地竜であるという確証はなく、また方角的に北部の最前線であることは推測できるため、騎士達が対処しているだろうと予想できる。
しかし、最悪の可能性を想定した場合――
「……砦を閉じる。しかし情報収集の必要性はあるな」
ノークは言う。エリアスとしては賢明だと考えたため頷き、
「しかし情報収集自体危険である可能性も」
「そうだな……エリアス殿、動くことはできるか?」
「お任せください」
エリアスは応じると、近くにいたルークへ声を掛けた。
「砦を閉めた後、見張りの人数を増やすようにして欲しい」
「わかりました……エリアスさんお一人で情報収集を?」
「さすがに単独行動はまずいから、どうにかするさ。レイナにも同じ事を頼む」
「はい」
エリアスは次にフレンへ目を向ける。
「一緒に情報収集だな」
「そうですね……私とエリアスさんの二人ですか?」
「いや、可能であればもう一人――」
「私のことかしら?」
ジェミーの声。見れば、彼女は険しい顔をしてエリアスへ近寄ってきていた。
「正直、戦闘になっても戦力になれるかどうかは……」
「あくまで情報収集だ。正直、接敵しても戦う気はないよ。情報収集をするにしても、魔物から逃げられる能力を持つ人材が必須だ。もし接敵して危険だと判断したら、俺やフレンを見捨てて逃げていい」
「二人は大丈夫なの?」
「東部でも偵察で危険な目に遭っているし、経験はある……最悪のケースを想定する場合、地竜が外に出ている可能性がある。とにかく、敵の手から逃げられる人材で情報収集を行う。ジェミー、いいか?」
「ええ、私も手伝うわ」
砦内が騒がしくなる。十分ほどで出発するとエリアスは言い、自身も一度自室へ戻り支度を整える。
「さて……どうなっているか」
北部全体に響き渡る声。それが何であるかは不明だが、エリアスは心のどこかで確信していた。
――間違いなくそれは、人類にとっての脅威。地竜かどうかは不明だが、人間達が全力で迎え撃たなければならない存在が、地上に出現した。
エリアスは準備を終えて外へ。そして閉められた砦の門の前に立ち、少し遅れてフレンとジェミーがやってきた。
「二人とも、準備はいいな?」
問いに両者は首肯。そして、
「門を開けてくれ!」
「――ご武運を!」
門番の一人が声を上げながら作業し、門が開いた。エリアス達は外へ飛び出し、再び門が閉められる。
「声は北部最前線からだ。索敵を行い、他に魔物がいないかを確認しながら行動する」
エリアスの指示にフレン達は頷く。そしてまずは索敵魔法を行使。だが周囲に魔物の気配はない。
「進むぞ」
言葉と共に移動を開始。その道中で幾度となく気配を捉えるが――その全ては、同じ人間であった。
「俺達と同じように、砦から外に出て情報収集を行う人間がいるな」
「彼らと話をする?」
ジェミーが問うとエリアスは首を左右に振った。
「情報を集めているということは、尋ねても何も知らないだろう。優先すべきは現時点における状況を確認すること。とにかく声がした方角へ進むしか――」
そこで再び声がした。エリアス達は空を見上げ、改めて声の方角が北部の開拓最前線であることを確認する。
「声はするが……戦闘をしていてもまだ聞こえるレベルじゃないのか?」
「確かに、爆発音などは聞こえませんね」
フレンは耳を澄ませながら応じる。
「戦闘そのものが起こっていないか……エリアスさんはどう考えますか?」
「まだ判断できる状況にはないな。ジェミー、そちらの索敵で何かわかったか?」
「いえ、情報収集に動く人間しか見つけられていないわね」
「ならもっと近づかないといけないな……」
と、ここでエリアスは近くに人の気配を見つける。それは肉眼で確認できるくらいの距離であり、相手も気づいたか視線をエリアス達へ向けていた。
「……接触したら厄介事が起こるかしら?」
ジェミーが疑問を呟くが、エリアスとしては答えられない。さて、どうすべきか――と、その間に相手は移動。方角的には最前線だ。
「……なあ、フレン」
「どうしましたか?」
「こちらに視線を向けてきた人物、遠目からでもわかるくらい装備がかなり良かったな」
「おそらく聖騎士ですね。誰なのかまでは、確認できませんでしたが」
「他の砦から情報収集に出た人間……だが、地竜が出てきたかもしれない、という事実を考慮し、動いているのは精鋭クラスの人間ってことか?」
「その可能性はありますね。もしかすると、戦力が結集して地竜との決戦になる、などという可能性も……」
「さすがにないと思うんだが……そもそも、所属している砦なんかがバラバラの人員で、連携なんてできないだろう」
「それは間違いありませんが……」
「最悪の、さらに最悪なケースになるかもしれないな……このまま戦えば、犠牲者がどれほど出るのか……」
エリアスは懸念しつつ、さらに前へ進むよう指示を出した。