尽きぬ悩み
幻影は最後に物騒な言葉を残して消え去った。エリアスはため息をつき、そこで横に店員がいるのに気付いた。
「……他にご注文はありますか?」
(そういえば、お茶を頼んだだけだったな)
せっかくだから甘い物でも食べるか。そんな風にエリアスは思い、先ほどの幻影のことなど忘れ店員へ注文を行った。
以降、町を見て回り一通り巡った後に満足感を覚えたエリアスは、充実した気持ちと共に宿へ入った。
「ひとまず、ストレスはだいぶ消えてくれたかな……」
ベッドに寝転がり、エリアスは呟く。とはいえ、完全にゼロになったわけではないし、幻影が現れたことでそちらに意識が持って行かれる。
「……警告、か」
あの存在は紛れもなく幻影だが、エリアスが無意識の内に感じ取ったものなどを明瞭に理解している。よって、警告という名の助言という考え方もできる。
とはいえ、幻影そのものが悪意に満ちているため、エリアスとしてはありがたいなどと思ったことは一度もない。
「地竜はそう遠くない内に出現する……それは、地底内を人間達が調べ始めたため、という理由でよさそうだな」
エリアスは推測しつつ、さらに思考を深める。
「地竜が人間の気配を察知し、襲い掛かってくる……そこまではわかるし、おそらく俺が倒した大猿の魔獣と行動動機は同じだろう……これは本来魔物が持つ本能と同じだ。すなわち、自分のテリトリーに踏み込んだ存在を打倒するために動く」
ふとエリアスは魔獣オルダーについて思い出す。動きからして何者かが操っている、と疑ったことがあった――
「……地竜もそういう可能性があるのかどうか。もしあるとしたら、下手をすると魔獣オルダーと繋がりだってあるかもしれない……もし裏で仕組んでいる存在がいるとしたら、まさしく『ロージス』のように、厄介極まりない存在だ」
もしそういう存在がいたとして――地竜との戦いで姿を現すかどうか。そこについては一考した後、さすがにないだろうと考える。
「いるかどうかもわからないが、探す必要があるのか……やることがまた増えるな」
エリアスはため息をつく――過去、幻影が現れてロクなことがなく、悪い情報についてはほとんどが当たっていた。よって無視するわけにもいかない。
「調べるしかないか……仮に、裏にヤバい存在がいたとして、そいつは何をするつもりだ?」
呟いてから、考察は無意味だろうとエリアスは思った。なぜなら過去に戦った『ロージス』については――理由など、人間に到底理解できるものではなかった。
「ロージスは出自からして人寄りの存在ではあったが、それでも俺達には理解不能な理由を語っていた。であるなら、真面目に考察するのは時間の無駄な気もするな」
ただ、確実に言えるのは――自身の住処を調べられることの不快感。それは魔物も同じであり、むしろテリトリーを強く守る傾向が強い魔物であるなら、人間よりもさらに強く不快に思う可能性は高い。
「地竜が仕掛けてくるとしたら……それを考察して、可能な限り準備をする、が今後の方針としては正解か。ただ」
エリアスは視線を北へ向ける。
「果たして準備が間に合うのか……そして最前線に現れたら、俺としては動くことが難しいし、他の騎士に任せるしかないが……」
エリアスは宿の一室で腕を組みながら考える。とはいえ、現在の立場ではやれることにも限界があるため、どこまで考えても完全な対策はできない。
「運任せの部分もあるが……俺の目的が達成されるような状況に持ち込むことはできるか?」
呟きつつも、最優先なのは犠牲もなく勝利すること――もしルークやレイナといった共に戦う騎士達に地竜の魔の手が迫ってきたらどうすべきか。
「戦わない方向に持って行きたいけど……ま、砦に戻ってから考えるとするか」
明日には町を離れる。急ぎ足で戻れば、それほど経たずして帰還できる。
ポーションについてはどのくらいで到着するのか不明だが、届き次第フレンはすぐに動き出すだろう。地竜との戦いまでに、どこまで情報を集めることができるのか。その点についても、これからの戦いに重要だろうとエリアスは考える。
「騎士達がどんな風に動いているか。それによっても、戦い方は変わってくる……犠牲をゼロに、という風にするのであれば、必然的に情報も準備も、やれるだけやった方がいい」
もっともこんな風に考えている人間は、北部において少数だろうとエリアスは思う。むしろ地竜との戦いで人が減れば――貴族により派遣されてきた騎士などが倒れれば、競争相手が減るとして好都合だと考えていてもおかしくはない。
「協調することがないのがキツいな。東部ではこんなことなかったし、不確定要素も増える……悩みは尽きないな」
気付けば戦いのことを考えているが――エリアスの思案が尽きることはなかった。




