魔物の領域へ挑む者
エリアスは地図を確認しつつ一通りめぼしい地点を回り終えた時、地図をしまいながらフレンへ言及した。
「魔物が居座りそうな場所もなかったな」
「はい、窪地などはありましたが、瘴気が滞留するような場所ではありませんでしたね」
――瘴気。それは魔物が発する有害な魔力。魔物と常日頃戦う騎士や傭兵であれば対策はしているが、戦闘能力を持たない人間が濃い瘴気に触れると、体にダメージが入る。
そして魔物の瘴気は他の魔物を呼んでしまう上に、濃い瘴気が滞留する地点は魔物の発生するポイントにもなり得る。
「少なくとも、俺が倒したあの魔物は砦の周辺で生まれた個体ではないというわけだ」
「危険度二、というレベルの魔物であればある程度の濃度を持つ瘴気が必要になります。しかし、地形を現地で確認した限りそういう魔物が出現する場所もない」
「やっぱり山側から下りてきた魔物ということになりそうだな」
エリアスは結論を述べると山側へ目を移す。
「調べないといけないようだ」
「私達が調査している間に、前線は情勢が変わっているようですね」
フレンもまた山へと視線を移し、呟く。
彼女がそう語る理由は、山から感じられる気配。魔物がいるのは相変わらずだが、そこに進み挑む存在がいる。
「騎士か、それとも勇者か……」
「この距離だと魔力で判別は無理だが……フレン、行ってみるか?」
「まだお昼前ですし、今から進めば夕方までに砦へ戻ることができるかと思いますよ」
「移動は強化魔法を使用する前提だな、それ。俺はいいけどフレンはいいのか?」
「覚悟はできています」
「なら、進もう」
言うと同時、エリアス達がまとう気配に変化が。全身に魔力が渦巻き、二人の視線は山へと向く。
次の瞬間、二人の体が凄まじい速度で動き出す。一気に山へと駆け、目前にあった森の中へ飛び込んだ。
――これは、内にある魔力を利用し身体強化を施した結果。魔力を体にまとわせることで能力が向上するという仕組みだ。
エリアスが先ほどやった魔法とは異なり、戦闘技法の一つでいつ何時魔物が来るかわからない戦場で、即座に戦闘態勢に入ることができる。そのため、東部の騎士達は習得が必須となっていた。
これを用いれば、あっという間に北部の最前線へ到達できる――その最中、エリアスは昨日の魔物について考えた。
着目したのは二点。一つは危険度二の魔物がどこから現れたのか。そしてもう一つは、騎士について。
「……なあ、フレン」
移動をしながらエリアスは後方にいる彼女へ問う。
「昨日、俺が魔物と交戦した際に兵士や騎士は戸惑いながらも迎撃しようとした……が、今俺達がしているような技法を使う様子はなかった」
「危険度二の魔物が出現したことで動揺し、使えなかったと考えても良いですが……もう一つの可能性が高そうですね」
「つまり、こうした技法が使えない」
「はい……戦闘技術についても、東部と北部とでは差があるのでしょうか?」
「兵士が使えなかったのは、東部も同じだから考慮に入れなくていい。でも騎士は違う。戦闘経験が無いため使えないというのが妥当かもしれないが……」
「これから向かう戦場でその答えがわかりますよ」
フレンの言葉にエリアスは頷きつつ、
「まずは距離を置いて動向を確認する、でいいか?」
「はい、私達が最前線に赴いている姿は奇異に映るでしょうし、それでいいかと」
会話をする間にも、最前線と思しき場所が近づいてくる――もっとも、北部の開拓範囲は広く、エリアス達が向かっているのも最前線とはいえ、山岳地帯の端の方に当たる。
(開拓をしている騎士や勇者の中でエース級は、それこそもっと中央にいるんだろう……戦っている騎士などの能力から、今向かっている場所の重要性とかもわかるかな?)
そうエリアスが心の中で呟いた時、二人は立ち止まった。今まで森の中を突っ切っていたのだが、その出口が見え、その奥で人の姿が見えたためだ。
エリアスとフレンは自身に施した身体強化の魔力を、頭部に集中させる。こうすることで五感の能力が向上。視力なども上がり、遠くの物を確認できる。
エリアスの視界が捉えた光景は、魔物と戦う騎士――だけではなく、バラバラの装備をする人間が四人いた。
「傭兵……あるいは勇者かもしれないな」
「そうですね」
フレンが同意する――魔物と戦う人間は兵士や騎士だけではない。例えば魔物の領域を歩き、珍しい素材や鉱石がある場所などを調査、採取する冒険者。他にも村や町から依頼され魔物と戦う守り手。そういった人物達へ仕事を斡旋するギルド――通称冒険者ギルドより国から依頼を請け、騎士と共に戦う傭兵。
その中で大きな功績を残した人物は国から認められ『勇者』と呼ばれる。言わば国から認可された傭兵であり、一定の地位が約束される。
騎士や兵士でなくとも、魔物の領域に挑む人間は多い――武功を示せば相応の名声を獲得できるし、貴重な素材を得れば一攫千金を狙うことができる。だからこそ魔物の領域へ踏み込む人間は多く、前方の戦場では傭兵の姿もある。
そして、相対する魔物はエリアスが戦った個体と酷似していた。それを確認したエリアスは、
「やっぱり山から下りてきた個体か。しかも」
と、エリアスは同様の魔物が複数体いることを確認する。
「同じ見た目の魔物がいくつも……群れを成しているようだな」
「危険度二の魔物も、群れを構成しているのであれば危険度が上がります」
フレンが述べる間にエリアスは魔物と戦う騎士以外の四人に注目する。
一番動き回っているのは長剣を握り、腰まで届く金髪を持った女性。周囲には仲間と思しき人がおり、全身鎧の男性や白い法衣を着た女性。そして、白髪かつ黒いローブを着た老齢の男性――
「四人パーティーで間違いないみたいだが……」
エリアスが呟くと、フレンは何かを思い出したかのように、
「金髪……そしてあの装備……」
「誰か知っているのか?」
「王都に滞在していた時、勇者について軽く調べたのですが、その中で特に噂されていた人物の容姿と酷似しています」
「……いつの間に調べたんだ? 滞在期間ほとんどなかったと思うが」
「多少なりとも自由時間はありましたからね」
淡々とフレンは返答する。
「名前は確か、ミシェナ=ハイレイン……つい最近勇者として認められた人物です」
「なるほど。勇者がいるなら俺達の出番はなさそうだが……」
そうエリアスは呟いたが、危険度二の魔物が複数いることで対処に時間が掛かっている様子だった。勇者ミシェナだけは魔物と一対一でも応じることができているが、彼女の仲間や周囲にいる騎士達は違う。
「あれは、少し手助けしないと怪我人が出そうだ」
「わかりました。魔物について情報を聞き出す必要がありますし、向かいましょう」
フレンの言葉と同時、エリアス達は同時に魔力を体にまとわせ――戦場へ疾駆した。