洞窟の魔物
魔獣オルダーを倒したことによって大きな戦果を得られた人間はそれなりにいるが、勇者ミシェナはその一人だった。
彼女としてはほとんど何もしていないと不本意ではあったが、エリアスが「今回の報償を覆すことはできない」と言及したことで、不満などを述べることはなくなった。
ただ、懸念としては――魔獣オルダーとの戦いで彼女は功績を得た。今後、国としては彼女に魔獣討伐に比肩する活躍を期待するだろう。それに応えることができるのか――
「そこについては、望むところ」
だがプレッシャーの掛かる話に、ミシェナは不敵な笑みを浮かべた。
「なら私は最前線に向かうことにするよ」
「……大丈夫か?」
「平気平気。もちろん、至らない部分が多いこともわかるよ。次会った時は、エリアスに決闘で勝利できるくらいに強くなっているから」
そう言い残してミシェナは北部の最前線へ向かった。フレンからの報告によると、彼女はなかなかの活躍を見せており、騎士や他の勇者から信頼を得ているとのことだ。
魔獣オルダーを討伐したという功績に比する活躍なのかはわからないが、エリアスとしては快く送り出して活躍しているので、内心で安堵した。
(もし北部最前線へ赴くことがあれば、一度顔を合わせようか)
そんなことを考えている間に、エリアス達はナナン山へ到着した。小高い山を見てジェミーは、
「……確かに、気配があるわね」
「わかるのか?」
「あくまで雰囲気程度だけれど……索敵魔法については、ここで準備を?」
「ああ、作業を始めるから少し待ってくれ」
エリアスは言うと、フレンと共に作業を始める。その光景をジェミーは見据え、
「その魔法は国が用意したもの?」
「多少アレンジはしてあるけど」
返答しつつエリアスはテキパキと準備を行う――今回使用する魔法は東部で使用していた索敵の手法。元々は魔物を発見するために国が開発したものだが、東部の戦況に合わせたアレンジされている。
(北部と東部は地形は当然違うが、魔物の種類そのものはそう変化はない……よって、同じように使えるはずだ)
作業そのものは十五分程度で完了。魔法陣が地面に描かれ、エリアスは即座に魔法を起動。地面が光り出した。
「よし、成功だな……ジェミー、魔法陣に魔力を注げば魔法は維持される。索敵そのものは俺がやるから、魔力を注いで魔法の維持を頼む」
「わかったわ」
応じたジェミーは魔力を発する。それを見てエリアスは目をつむり、意識をナナン山へと向けた。
以前の索敵と比べ、より詳しく山の状況を確認することができた。大きな特徴としては、獣の類いがいないこと。小さな山とて、動物は多少なりともいるはず。ましてや人里から離れているのであれば、動物がいるのはむしろ当然と言える。
だが、ナナン山には動物がいない――この時点で山の異質さが浮き彫りになる。
「……動物がいない。魔物がいるためか、あるいは……」
「普通の山ではないということか」
近くにいたレイナが呟いた。ルークは彼女に同意見か「そうですね」と相づちを打った。
エリアスはいよいよ索敵を洞窟へ向ける。既に場所については前回の調査で判明していたので、あっさりと洞窟を発見し奥を調べる。
魔法陣を使用した効果により、洞窟の中をより鮮明に理解することができた――洞窟そのものは少し深いが、やはり地底などで繋がっているわけではないため、閉鎖的な空間であることは確定。
ただ、問題は――エリアスはそこで一度意識を洞窟から外した。
「……これは」
「何かわかりましたか?」
フレンが問い掛ける。エリアスはそれに即答はせず、しばし沈黙を置いた後、
「……魔物の巣について詳細はわかった。ただ、予想以上に大きいな」
「大きい、ですか?」
「魔物の魔力量から判断して、危険度一の魔物ばかりだが……問題は数だ。確実に三十以上はいるな」
エリアスの言葉にルークやレイナは深刻な表情を見せる。そうした中、フレンは一度ナナン山を見据えた後、
「……数が多いのであれば討伐隊を編成するレベルでしょうか」
「ただ、魔物の見た目については不明であるのと、今まで人的被害が出ていないことを踏まえると、どうなるか……数が多いため国としては対応に迫られるとは思うんだが……」
「ねえ、この調査内容によって討伐隊は来るのかしら?」
ジェミーが疑問を投げかける。それに対しエリアスは、
「被害もないから来ないと?」
「そういう可能性もあるし、あるいはこうして索敵により調査を行った結果を深刻に受け止めないなんて可能性もある」
「さすがに魔物の数が数だから、何かしら対策はすると思うんだが……と、待て」
エリアスは意識を山へ戻す。魔物数体が、洞窟から出た。
「魔物の一部が外に出た」
報告にエリアス達の間に緊張した空気が流れる。もし魔物が山を下りてきたのであれば、戦闘になるかもしれない。
ルークは剣に手を掛け臨戦態勢に入る。その間にも魔物は動き――数分経過した後、エリアスは声を発した。