騎士との調査
エリアスは今後の方針を決定したことで、ノークに許可を取り砦の周辺調査を行うことにした。
それには二つの目的がある。まずは魔物がいないかどうかという本来の目的。そしてもう一つは、ノークの砦にいる騎士達との交流。
――騎士、と一口に言っても北部を開拓する者で騎乗している人間は少ない。馬は人間の移動手段というよりは、荷物を運ぶために使われるし、いざ魔物との戦いとなったら斜面や森の中で戦うことが多いため、不便なケースも多い。
そのため、騎士といっても兵士との違いは所持している技術と、装備――エリアスが先頭になって山を下りる。周囲の気配を探りつつのためゆっくりであり、随伴する者達は問題なくついてくる。
今回、エリアスに帯同している人員は男女一名ずつ。人選についてはエリアスが行ったのだが、その理由は――
「周辺に魔物はいないようだ。二人はどうだ?」
問い掛けると騎士二人は首を左右に振り――先に口を開いたのは、男性。
「動物の気配は多少ありますが、魔物はいないようです」
冷静かつ、どこか几帳面そうな印象を与える人物。サラサラな茶髪を持つ男性騎士は表情を変えないまま、どこか淡々とした口調でエリアスへと応じる。
「その動物についても小さいものばかりですね。開拓が進んだことで、人間の気配を察知し大型の獣はいなくなったようです」
「そうか……砦に戻ったら魔物について、過去の目撃情報などを調べるか」
「最後の目撃情報は今から三ヶ月ほど前です」
「ん、調べたのか?」
「今回調査があるということで、資料を確認しました」
「ほう、そうか」
感心するようにエリアスは言うと、一つ質問を行う。
「その三ヶ月ほど前の魔物は、どういった姿形をしていた?」
「ウサギのような個体だったそうです。人間を襲うタイプではなかったので、危険度ゼロの判定です」
「わかった、ありがとう」
「――あの、魔物がいる可能性ってあるんですか?」
そう問い掛けたのは女性騎士。無造作に頭の後ろで束ねられた赤い髪が特徴。そしてエリアスに対して口調は丁寧だが態度としてはフランクに接してくる。
「赤い狼の魔物が現れたことで、変化があるかもしれない、と今回調査していますけど」
「……より正確に言うと、赤い狼から始まった一連の騒動で魔物の動きに変化があったか、あるいは瘴気の流れに変化があるかの調査だな」
騎士二人がエリアスを見る。そこで、
「凶悪な魔物というのは瘴気を発し続けている。その瘴気は普通、魔物が滅びれば消えるんだが、時折残り続ける場合がある。例えば、元々瘴気が滞留しやすい場所に辿り着き、留まり続けるとか」
「そういう場所に残ってしまうと、悪さをする?」
「そうだ……開拓をする際に瘴気が溜まる場所というのは何かしら処置をするものだが、凶悪な魔物による瘴気が影響し、その処置が無効化する、なんてケースもある」
「詳しいですね」
「二十年以上戦い続けた結果だよ。俺が語っているのは東部の情報だけど、さすがに北部と東部で魔物の特性が激変することなんてないだろうし、この性質はそのまま適応できるだろう」
――そうして会話をする間にもエリアスは、周囲の気配を探る。今回騎士二人を帯同し調査を行っているが、いつもは同行しているフレンの姿はない。
エリアスがこの二人を指定したのは理由がある。今後、危険度の高い魔物と戦っていく中で、砦にいる騎士達に協力を仰ぐかもしれない――それには相応の強さが必要であり、エリアスとしては見込みのある者が多くいると考えていた。
その見込みのある者の中に、二人はいる――男性騎士の名はルーク、女性騎士の名はレイナ。可能であれば魔物を発見し、訓練とは違う実戦でどう立ち回るか一度確認しておきたかったが――
(まあさすがに、そう甘くはないか)
とはいえこれは想定内であり、エリアスは頭の中で調査の算段を立てる。
「疑う気持ちもわかるが今はひとまず付き合ってくれ。魔物がいる可能性もゼロではないからな」
ルークとレイナの二人は同時に頷く。口調や性格などは異なるが、職務に対して忠実であることは間違いなさそうだった。
(……とりあえず、雑談を交えつつ調査を進めよう)
「二人は、砦に着任してどのくらいになるんだ?」
エリアスは問う。これまでは調査として魔物の気配を探ってばかりだったので、どう反応するか。
「自分は二年目です」
と、先にルークが答えた。
「騎士に任命され、エミール砦に配属されました」
「二年、というのはあの砦で長い方なのか?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ五年以上在籍している人は少ないですね」
「それは他の場所に配属されるのか?」
「はい、年数が経過し北部のことがわかってくると、配置転換が行われるケースがあります」
「どういう人事をしているんだろうな……」
「自分にもそこはわかりませんね」
「レイナの方はどうだ?」
「私は三年目です」
「君の方が先輩になるのか」
「といっても、役割が違っていたのでルークとあんまり交流ないんですけどね」
「確かに、こういう任務を一緒にやるのは初めてくらいかもしれないですね」
交流がないためか、双方敬語で会話をする。そこでエリアスはルークへ、
「仕事の割り振りはノーク殿が?」
「おそらくは」
(剣の実力とかで仕事を決めているわけではなさそうだな)
そんな推測をしつつ、エリアスはさらに質問を重ねた。