魔獣の末路
エリアス以外で、オルダーの動きを捉えたものはいただろうか――その疑問はすぐに解決した。魔獣が来ても、騎士達は誰一人反応しなかった。
いや、それはできなかったと言うべき方が正しい。脅威的な移動能力を有する魔獣オルダーは、並の戦士では目で追うことも難しい。だからこそ、一番最初に動いたのは――エリアスだった。
エリアスが足を前に一歩出した。その瞬間、魔獣オルダーもまた動いた。その視線の先にいるのは紛れもなくエリアス。先日、狙ってきた姿勢そのままに、今回も目標を見つけ、仕掛けてきた。
(逃げるだけなら一度退けた俺を狙うはずはないはずだが――もしや、囲まれて逃げる間に何か目的でもあるのか?)
そう考えはしたが、それ以上考えることはできなかった。魔獣オルダーが迫る。周囲にいる騎士や勇者などは、その動きを捉え声を上げた――そのくらいしか、時間的にやれることがなかった。
そして、魔獣オルダーは――エリアスの協力者が設置した罠を、踏んだ。次の瞬間、魔法が起動し魔獣の体に雷撃が迸った。
それは攻撃するようなタイプのものではない。魔法の雷撃には種類があり、普通の攻撃魔法であれば雷が魔物の体を貫いて絶命させる。高位の魔法使いであれば、小規模な魔法でも魔物の体躯に雷撃を貫通させることができる。
一方で、雷撃として敵を痺れさせる効果を持たせることもできる。今回の罠はこの効力を持たせたものであり、魔獣オルダーの特性を分析し、通用するようにエリアスが改良したもの。
そして、罠の効果は――魔獣オルダーが硬直した。雷撃は魔獣の体表面を取り巻くように駆け抜け、その動きを止める。人間で言えば筋肉を硬直させるような効果に近い。
それにより、魔獣オルダーは完全に停止した。足下に魔力を溜め動くのを利用し、その魔力を経由して全身へ雷撃を拡散するような術式にしたため、効果は覿面だった。
しかし、効力はほんの一瞬。数秒でもあればすぐさま復帰するに違いないほどのもの。だが、エリアスには十分だった。罠が炸裂した瞬間、エリアスは全身の魔力を高め、魔獣に対し間合いを詰めた。
次いで、魔獣の頭部目がけて剣を振り下ろす。それは魔獣オルダーが再び動き出せるよりも遙かに早いタイミングであり、五十年という歳月を逃げ続けた存在が、剣戟をまともに受けた。
エリアスが剣を振り抜いた直後、悲鳴のような甲高い雄叫びが森の中に響いた。手には確かな手応えと、つんざくような声。だがオルダーは動かない。というより、罠に続き剣を食らったことで混乱し、移動ができない。
「攻めろ!」
そこで、周囲にいた騎士の一人が声を上げた。オルダーが立ち止まっていることから好機と悟り、声を発した。それと同時に、周囲にいた騎士や勇者が一斉に魔獣へと接近する。
そして魔獣は――やはり、動かない。エリアスの攻撃で仕留めたかもしれないと予想した人間もいたはずだが、それでも騎士達は止まらなかった。
エリアスが追撃の剣を決めるより先に、騎士や勇者の刃が魔獣オルダーの体に相次いで突き刺さった。それと共にオルダーはか細い声を上げる。断末魔と呼べるほどの大きさではなかったが、それこそ北部で脅威としてあり続けた魔獣の、最後の行動だった。
多数の剣が抜かれた時、魔獣オルダーの体が地面へと倒れる。その瞬間、周囲の人間は沸騰し、興奮により声を張り上げたのだった。
「――お疲れ」
魔獣討伐を果たし、最前線にいた騎士達が事故処理を進める中で、それを見物するエリアスはミシェナに声を掛けられた。
「なんというか、無茶苦茶ねえ。まさか一撃だとは思わなかった」
「いや、一撃ではないさ。魔獣は動けなかったが、俺の剣を決めた後も確実に生きていた」
斬った手応えを思い出しながら、エリアスは答える。
「駄目押しの騎士達の剣がトドメを刺したんだよ……俺の追撃でも倒せたとは思うが、こっちが動くよりも他が早かったから、トドメは任せた」
「そう……ちなみにこれ、エリアスが倒したことになるの?」
「罠が炸裂し致命的な傷を負わせた事実はあるけど、トドメは騎士や勇者達だからな……報告書を作成するのは討伐を指揮する人だ。俺の評価を小さくするかもしれないな」
そう言うと、エリアスは肩をすくめた。
「本当に手柄を独り占めするなら、最初の一撃で頭を落とすくらいのことはしなければいけなかったが、残念ながらそうはならなかった」
「……全力で斬ってもそこまではいかなかった?」
「まあ、そうだな」
(実際は――全力というわけではなかったが)
エリアスは攻撃を加えたオルダーがどう動くか分からないことを考慮し、最初の一撃に全身全霊を注ぐのではなく、もしもの場合に備えて余力を残していた。もし剣を決めた後、罠を強引に突破し魔獣が逃げようとしても即座に追撃ができるように――とはいえ、その余力によって一撃で仕留められる力が足りなかった。
(長い時を生きていたことで、大気から魔力を吸収し皮膚がかなり硬化していたみたいだな。年数を考えると防御能力もしっかり見積もっておくべきだったか)
ただ、犠牲者を出さないためには仕方がない状況ではあるとエリアスは思った。よって、
(まだまだ修行が足らないな……もっと、鍛練を積まなければ)
そうエリアスは胸に刻んだのだった。