進む準備
討伐隊の編成が進む中、国は魔獣オルダーの動向を魔法により観測し始めた。魔物の領域、奥地にいればさすがに捕捉することは困難だったが、魔獣はまるで人間を挑発するかのように動き回っていた。
魔物は狡猾で強大な力を得れば人間を狙うケースもあり、魔獣オルダーはその段階に至ったのだろうと国は判断。よって、討伐隊を展開しオルダーを差し込むような布陣を取るように動き出した。
フレンが収集した情報によると、この討伐には幾人もの聖騎士が関わっているらしく、規模も相当なもの。人数が多くなれば当然、自分達が討伐するべく動きを加速させる者も出ており、あちこちで出し抜くために聖騎士の部下が動き回っているらしい。
「なんというか、魔獣討伐を出世するための道具として扱っているな」
状況報告を聞いた時、エリアスはそんな感想を漏らした。
「魔獣オルダーを倒すのは前提として、その実績を自分達がとるために、色々と謀略を巡らせていると」
「場合によっては私達の動きに対し邪魔になる危険性がありますね」
「ああ、そうだな」
そう返答するエリアスだが、表情は決して悪くない。
「フレン、先ほど連絡があった。ミシェナがいる場所へ、明日の朝に向かえと」
「いよいよですね」
「ああ……その時点における魔獣オルダーの動向によって、立ち回りを変える」
「……基本的に、最前線の騎士や勇者達が戦うことになると思いますが、私達はどうしますか?」
「今回の作戦、魔獣オルダーの特性により討伐隊は広く展開している。魔獣の動きを捕捉し続け、どこから来てもいいように網を張っている……もし出現したらその周辺にいる騎士達が対応する、という流れだ」
「網を張る……ということは、騎士達は固まって行動するのではなく、ある程度散開するわけですね」
「そうだ。魔獣の動きに対応し、動きを変える……その中で俺達も、同様に動く」
エリアスは作戦を振り返る。既に協力者である勇者には罠について伝えてある。さらに直接討伐を行うのはエリアスとミシェナの二人。
「フレンは今回どうする?」
「……さすがに後方に控えているのが良いとは思いますが」
「ただ罠の管理なんかを考えると、状況を常に確認できる人員がいるべきなんだよな」
「それを私に?」
「そうだ。俺の後方にいれば魔獣の牙がフレンに届くことはない……と思うが、相手の能力的に万が一というのも考えられる。どうするかは、フレン自身で決めてくれ」
――彼女は戦闘能力が低い。だが、今回の魔獣よりも強力な敵と東部では相対し、様々な支援をした経験がある。
無論、魔獣との戦いであるため絶対に安全ではない。前線にいて危機的な状況になったことも何度かある。今回の敵も強敵であり――
「わかりました、私も同行します」
彼女の瞳は決意に満ちていた。それでエリアスもこれ以上言及することはなく、
「わかった、同行者が一人追加されたくらいなら報告も必要がないだろう」
段取りは決まり、エリアスは一度ノークの部屋へ赴く。彼は仕事をしており、一時作業を止めて話を聞く構えを取る。
「明日、討伐へ向かいます」
「わかった……ただ一つ訊いても?」
「はい」
「仮に君が討伐を果たした場合、王都から沙汰があるかもしれん。その場合、何をする?」
ノークの目には警戒が宿っていた。場合によってはこの砦の主の座を乗っ取る気なのではないか――
「私は北部では新参者ですが、今回の討伐に政治的な要素が多く含まれていることは理解しています」
エリアスは言葉を紡ぐ。
「私が出張れば、多くの混乱を招くことも承知しています。例えば、聖騎士としてどこかの砦に配置転換を要求するとか、そういったことをするつもりはありません」
「……ならば、どうする? ここにいること自体、君は不満ではないのか? 東部へ戻るか?」
「そこは王都の人間が決めることでしょう……仮に今回戦功を得て目標が叶ったとしても、それは地位や名声を得ることではありません。ノーク殿に迷惑が掛からないことだけはお約束します」
ノークはエリアスを見据える。今の言葉、どこまで信用できるのか――
勇者ミシェナの来訪を始め、様々な出来事がノークの砦で起こっている。それを踏まえると、警戒心を完全になくすことは難しい――が、エリアスとしては波風立てるべきではないと考えている。
(魔獣討伐を行いたい俺の思惑を考えると、穏当にというのは難しいかもしれないが……ノーク殿の背後にいる人物が政治的に俺の妨害してこようとも、目標のためには可能な限りおとなしくしたいところだ)
「……わかった、討伐を果たせることを期待している」
ノークはそれだけ言った。エリアスは一礼して部屋を出る。
「ひとまず、ノーク殿が何かやってくる可能性は低そうだな……ふう、こういうことに神経を使わなければいけないのはストレスが溜まるな」
一つ呟いた後、エリアスは思考を切り替える。
「今は目先の魔獣討伐に集中しよう」
最優先は犠牲を少なくすること――いざとなれば魔獣討伐は諦め、他の騎士達の支援をすることを念頭に置く。
(厄介な魔獣だ。気合いを入れろ、エリアス)
自分の名を心の中で告げながら、エリアスはしっかりとした足取りで部屋へ戻ることとなった。