成り上がりの一族
魔獣オルダーと遭遇してからエリアスは色々と動き――やがてミシェナが砦へ戻ってくる日が到来した。
その時点で魔獣オルダー討伐のために最前線では着々と準備が進めている――エリアスは遭遇し戦ったことを報告しようとしたが、たぶん聞き入れてもらえないだろうと判断して結局止めた。
(ホラ吹いていると思われるだろうからな)
まさかエリアスが狙われているなどと、想像することも難しいだろう――よって、淡々と準備を進めてきた。
そして昼頃になって兵士が呼びに来た。ミシェナが帰ってきたと。そこでフレンを伴って砦の入口に向かい出迎える。
そこにミシェナと――女性数人。騎士服の護衛が二人と、柔和な表情を浮かべたローブ姿の女性が一人。栗色の髪を持ち、貴族としての風格を兼ね備えた、二十代半ばくらいの女性であった。
「初めまして、聖騎士エリアス」
そして発した声は人の心を解きほぐすような暖かいものだった。
「……エリアスで構いませんよ。初めまして」
「私はマリー=レーヴェントと申します。気軽にマリーとお呼びください。ああそれと、堅苦しい言葉遣いも結構です」
その名を聞いて、エリアスは表情を少し変えた。
(……俺でも知っているような御仁だな。ミシェナ、相当な人間とコネクションがあったのか)
エリアスもレーヴェントという名は聞いたことがあった。商家として成り上がった一族であり、高い経済力によって王都でも有名になり始めている。
「マリーは二代目当主だよ」
と、ここでミシェナから補足が入る。
「先代が現役を引退して三年だったかな? マリーが当主になってからさらに名が売れることになった」
「レーヴェント家はそもそも有名でしたし、そこに女性当主が座ったことで拍車が掛かった形ですね。ともあれ、あくどい商売をしているわけではありませんからご安心を」
マリーがミシェナに続いて語る。そこで周囲を見れば、彼女の姿を見て砦の人間は大わらわという雰囲気。なおかつ砦の主であるノークも来るのがわかっていたのに微妙な顔つき。
(……ノーク殿の上にいる人間的に、この人の来訪はどう考えるんだろうな)
場合によっては政治的に面倒な事態に陥る危険性もあったが――
(ま、ミシェナがここまで連れてきたんだ。今更どうこう言っても仕方がないか)
「……とりあえず、場所を移すか?」
「ええ、まずは話し合いといきましょう」
――エリアス達は砦の中にある会議室へと入る。マリーの護衛二人は外で待機し、エリアスとフレンはマリー達と向かい合う形で着席し、話をする。
「それじゃあ最初に、根本的な話から。俺に興味があるということらしいが、どういう意図だ?」
「政治的な意味合いで聖騎士のお近づきになりたい、というわけではありませんよ」
マリーはまずそうエリアスへ答える。
「現時点で、王都にいる聖騎士と親交はありますからね」
「なら、どういう目的が?」
「単純な興味です。農村の出身者として東部から聖騎士に就任した……しかもミシェナが一目置くほどの実力。私としても顔を合わせ、その姿を見てみたかった」
「興味本位でここまで来たと?」
「ええ」
晴れやかな返事だった。エリアスとしては戸惑う内容だったが、なんとなく言わんとしていることは理解できた。
「……つまり、友人であるミシェナが興味を示したため、是非会ってみたくなったと」
「そんなところです」
「マリーはこういうことが多いのよ」
と、横からミシェナが割って入った。
「興味の対象は自分の目で確かめる……商人として目を養うなんて言っているけど、単に目で見ないと気が済まない性質なだけ」
「そういうことです……とはいえ、何か裏があるのかとお疑いになるのも仕方がないでしょう」
と、エリアスが警戒しているのをマリーは明瞭に悟っている様子。
「無論私としては多少、打算があります」
「……打算?」
「北部で開拓に従事する聖騎士とはそれほど交流がありません。その中でミシェナが興味を示した話題の御仁……とくれば、ここで縁を作っておいて損はないかと考えまして」
「俺は後方支援の砦に所属している身だから、あなたにとって価値があるのか微妙だけどな」
「ミシェナが認めたのであれば、いずれ相応の活躍をするだろうと考えてます……魔獣オルダーの討伐で予想以上の戦果を挙げる可能性だってあるでしょうし」
マリーはにこやかに語る――さすがに北部の情勢や、エリアスの実力を把握できているわけではない様子だが、商家として大成したことによる第六感的なもの――勘と呼ばれる何かによって、彼女はエリアスと親交を深めることを是としているのは間違いない。
(……友人であるミシェナが認めたことで、俺に対しては非常に友好的だな。まあ、俺の方は過去にやらかしていないか身体検査をしても何も出てこないだろうし、彼女としては警戒に値しない、というのもあるんだろう)
「ミシェナとはどういう風に知り合ったんだ?」
「彼女が魔物相手に剣を振るう姿を見て、直感しました。確実に大成すると。だから、交流を深め色々と装備も提供しました」
(……彼女なりの直感か。情勢を読むのに長けているのかもしれない)
こういう人間は敵に回せば厄介だが、味方であれば頼もしい――エリアスは魔獣討伐準備のために話を持ちかけるべきか考えつつ、さらにマリーと会話を重ねた。