森の中の交戦
砦の外には戦闘の痕跡と思しき焦げた土の地面が見えた。火球魔法などを炸裂させて魔物を倒したのだろう、と予想することができた。
「魔獣オルダーの気配は……ありませんね」
フレンが言う。エリアスは同意しつつも、少し違う見解を示す。
「移動能力が高ければ、人間が構築する索敵魔法の範囲へ入ることも出ることも容易いだろう。肉眼で見えないから、と考えて油断するのはまずい」
「……魔獣オルダーは、何の目的でここへ来たのでしょう」
「威力偵察、というのが筋だろうけど、わざわざ人間の領域に踏み込んで攻撃を仕掛ける意図がわからない……だが」
と、エリアスはじっと山側へ視線を向けながら言う。
「魔獣オルダーが何者かに命令を受けて動いているのなら、話は別だ」
「そうなるとやはり『ロージス』のような存在が裏にいる可能性が……」
「ないと思いたいけどな……さて、脅威は去ったみたいだし、帰るとしよう」
フレンは頷き、エリアス達は自分達の砦へ移動を開始する。森へ入ったが、移動速度は行きよりも遅い。山を下るような形で帰るため、速度を出すと危険であることが要因だ。
よって、エリアス達は森の中を少しゆっくりと進んでいた――のだが、ふいにエリアスは立ち止まった。
「……エリアスさん?」
後方にいたフレンが反応。だがエリアスは何も言わないまま、進行方向に対し横手を見た。
そこはただ木々だけが目に映る。フレンが訝しげに再度尋ねようとした時――彼女もまたエリアスと同じ方角を見据えた。
「エリアスさん、これは――」
「……先ほど砦から出たのは、俺達だけだ」
フレンへ返答しつつ、エリアスは剣を抜く。
「もしかすると、威力偵察という推測は正解だったのかもしれない。もっとも、なぜ今になってこんなことをするのか、疑問に思うが――」
そこから先は言えなかった。森の中を凄まじい速度で駆け抜け、エリアス達の所へ向かってくる魔物が一体。
エリアスはその動きを捉え、なおかつその存在が魔獣オルダーであることを確認する。
(――仕留められるか?)
心の中で呟くと共に、エリアスは剣を振った。魔獣オルダーは情け容赦なく突撃を行い、放った刃と魔獣のが激突する。
途端、凄まじい衝撃がエリアスの両腕を襲った。体当たりに対しエリアスは動きを止める。脅威的な速度による突撃であったため、さすがに反撃する隙はなかった。
一方で魔獣オルダーもまた、動きを止めた。その皮膚に傷はついていないが、斬撃の衝撃を食らって多少なりとも効き目があったらしい――直後、魔獣オルダーは後方へ退く。脚を動かした瞬間にエリアス達から大きく離れ、警戒の気配を放つ。
「……突撃で俺達を吹き飛ばせると思っていたか?」
「そうだと思います。裏で手を引く存在が実力を試している可能性がありますね」
フレンが言う。彼女は極めて冷静で、魔獣を前にして慌てる様子もない。
なぜなら彼女は知っているためだ。ここで右往左往していては、エリアスの大きな負担になることを。それと共に、このようなケースを彼女は幾度となく経験していた――よって、極めて冷静に言葉を紡ぐ。
「エリアスさんを狙ったのは、赤き狼を倒した実績から警戒して、ということなのかもしれません」
「ふむ、何者かがいるとしたら、俺のやり方で警戒し、魔獣オルダーをけしかけた……あるいは、ここで始末しようとしたということか」
魔獣オルダーは動かない。もしここで本格的に戦えばどうなるのか、と思案しているようにも見受けられる。
「……犠牲者を少なくするには、ここで決着をつけた方がいいだろうな」
「ですが、私達に討伐できる手札があるのかどうか――」
フレンが言いかけた時、魔獣オルダーが再び仕掛けた。瞬きをする程度の時間でエリアスへと間合いを詰める。
だがエリアスは反応した。角を利用しての刺突に対し的確に剣で防ぐ。そこでオルダーは再度下がった。追撃が不可能なほどの速度で離脱する様を見て、エリアスはため息をつく。
「倒すのは大変だな。確実な手段を選ぶとしたら、やはり――」
そこで、魔獣オルダーの姿が消えた。一瞬で大きく後退すると、そこからあっという間にエリアス達の視界から消え失せた。
「……エリアスさんを警戒したのは間違いなさそうですね」
「目を付けられたわけだ」
エリアスは嘆息しつつ、
「ただ、戦ってみた感触としては悪くない。今回の動きがオルダーの本気だったかはわからないが、速度が上がっても対処はできる」
「真正面から相対して勝てそうですか?」
「まあな……ただ、絶対確実に討伐できるかと言われると微妙だ。速度特化な特性だけあって、逃げ足は相当なものだからな」
「確実に仕留めるためにはやはり罠……ですか」
「ああ、この交戦でどう動くべきなのかもおおよそ見当がついた。相手としては俺達の実力を見極めるための行動だったかもしれないが、俺達の方も情報を手に入れた」
「相手は墓穴を掘ったということですね」
「そうだな……とはいえ、しっかりと準備をしないといけないのは事実。やはり人手が欲しいところだな」
会話をしつつ、エリアスは先ほどまで魔獣オルダーが立っていた場所へ目を向ける。
「四本の脚を使っての移動で間違いない。その特性を利用すれば、討伐できる」
「……もしエリアスさんを狙ってくるなら、上手くやりたいですね」
「そこは敵の動き方次第だな。さて、帰ったら改めて仕込む罠について検討することにしよう――」