対策と罠
(魔獣オルダーの能力は脅威だが、似た性質の魔物と交戦経験はある……打倒することは不可能じゃないが、逃げ足が速いとなったら、単独で討伐というのはやはり厳しいな)
「……フレン、現段階で討伐命令などは出ていないが、どういう作戦をとるかなど、わかっていることはあるか?」
「いえ、部隊の編成すらまだですからね」
「わかった……俺なりに色々考えることはあるが、策をやるにしてもさすがに人数が足らないな」
「人手がいるの?」
ミシェナが問い掛けると、エリアスは首肯しつつ、
「ああ、今回の敵に対する最大の懸念は、逃走の危険性だ……例えば、上手く罠を張って網なんかで魔獣を捕らえたとしよう。だがオルダーはそれを突破できる能力がある」
「移動能力を封じれば討伐できる可能性が上がるけど、逃げられてしまうと」
「五十年も生きながらえている以上、逃げ足だって速いだろうからな。ちなみにフレン、二度目の討伐ではどんな風に戦ったんだ?」
「罠を張った一定のエリアに誘い込み、魔法による障壁で逃げ道を塞ぎました」
「それでも失敗した、と」
「最初オルダーは騎士達と戦いましたが、窮地に陥った時点で強引に障壁を破壊して逃げたようです」
(危険だとわかれば即座に退却する……動きを止めるにしても、一工夫必要というわけだ)
「移動手段を封じる手段自体はたくさんあるわよね」
と、ここでミシェナが口を開く。
「二度目の討伐みたいに物理的に空間を隔離する、能力を封じ込めたり、移動速度を落とす。あるいは、能力を使われる前提で誘い出して待ち受けるとか……エリアス、どう思う?」
「たぶんだが、オルダーには二度同じ手は通用しないだろう……獣の知性であっても、五十年生きているのは危機察知能力が高いためだ。相当用心深い以上、同じ罠は効かないだろうし、俺が赤き狼で使用したみたいな魔物を誘い出す手法も、警戒感が高いオルダー相手には通用しないだろうな」
「なら、どうするの?」
「……フレン、移動能力がどういうメカニズムで発揮されているのかはわかっているのか?」
「移動の直前、魔力を発し脚を動かす特性があるらしく、予備動作などで能力を使用するタイミングを見極めることはできるらしいです。ただ、移動場所まではわからない」
「脚か……転移とは違うから、脚を動かさないと移動できない、と」
エリアスの呟きに対し、フレンとミシェナは視線を向ける。何か策があるのか――
「失敗した過去があるにしても、罠を張って戦うのが最適だろうな。移動能力を封じることで、倒す確率を上げる。ただし二度目の討伐で失敗していることから、一工夫が必要だ」
「では、どのように?」
問い返したフレンに対しエリアスは彼女へ要求する。
「フレン、魔獣オルダーに対し可能な限り情報を集めてくれ。より詳細な能力がわかれば討伐確率が上がる」
「わかりました……国は名付けられた魔物であるため討伐がなくとも観測はしていた様子。であれば、多角的な情報があってしかるべきでしょう」
「よし、それじゃあ頼む」
「あのさ、一ついい?」
ここでミシェナが小さく手を上げた。
「事前に色々と調べるのはいいんだけど、詳細まで把握するの?」
「ああ、もちろんだ。それで罠をどんな風にするかが決まるからな」
「結構慎重なんだね」
「というより、準備こそ一番重要だぞ……東部では魔物を討伐する際、可能な限り準備をしていた」
エリアスが語るとミシェナは押し黙る。
「北部では開拓をしていると言っても、さすがに索敵とかするだろ? 可能な限り情報を集め、来たる魔物に対処する……それと同じ事をやっているだけだ」
「ふうん、なるほどね……それで、魔物の詳細を知ってどういう罠を張るの?」
「重要なのは、有効な罠を見つけることだ。情報はあるみたいだから可能な限り調べて、罠を選ぶ」
「問題は仕掛ける場所じゃない?」
「そこについては、戦闘が始まって仕込むしかないな」
「事前にやっておくというわけじゃないの?」
「ああ、魔獣がどうやって動くかわからない以上、事前にというのは無茶だ。ひとまず、どんな形になっても対応できるように動く……ただそれも入念な準備が必要だ」
「……私も何か手伝う?」
「うーん、まずは情報収集から、だな。ミシェナは何か心当たりあるか?」
問うとミシェナは一考し、
「……知り合いに尋ねてみようかな」
「それは、以前言っていた情報をくれる人のことか?」
「うん。あ、そういえばその人があなたに会いたいと言ってきているんだけど」
「また唐突だな……俺は別に構わないけど、ノーク殿に断りは入れてくれよ」
「面倒だなあ……いっそのこと、この砦を乗っ取って新たな城主になったりしない?」
「しない」
即答したミシェナは小さく笑う。それを見てエリアスは嘆息し、
「俺の立場は聖騎士ではあるが、色々な人からにらまれている状態だからな……とはいえ、魔獣オルダー討伐についてはやる気がある。こっちもやらなければいけないことができたからな」
「ふうん、そう。戦う気があるのなら頼もしいかな。それじゃあ、私は一度砦を離れて知り合いと話をしてくるね」
「ああ」
ミシェナは部屋を出て行く。それを見送った後、フレンが一つ言及した。
「ミシェナさんの知り合いがどんな人物か……それ次第では、厄介な事態になるかもしれませんが」
「だからといって彼女が止まるような様子はなかったからな。ま、その時はその時だ。俺達はできることをやろう」
そう言って、ミシェナから少し遅れてエリアス達もまた部屋を出た。