固有能力
勇者ミシェナは砦の主であるノークと挨拶へ向かい、砦の滞在許可が下りた。ただし、さすがに滞在期間がわからないとなればただ飯というわけにもいかず、兵士や騎士の訓練に付き合ったり、指導をお願いされた。
「指導とかできるのか?」
「基本的な強化魔法とかなら教えられるし、いけるいける」
エリアスの言及に楽観的に言うミシェナ。
「ま、とりあえず問題なく滞在できそうで何より。それで、魔獣討伐について何か案とかあるの?」
「ひとまず作戦会議をしよう……そもそも、魔獣討伐が行われるかもわからない段階だし、話し合いが何の意味もないという可能性もあるが」
「やるよ、討伐は」
「……根拠があるのか?」
「私、とある貴族と親交があるのだけど、その人が言うには魔獣オルダーの討伐をやろうという機運が王都内で高まっているって。それは日ごとに増していて、そう遠くない内に討伐命令が出るだろうと」
「……信憑性のある情報なのか?」
「お城の情報を得られる人だからね」
(……情報源として誰なのか、と聞きたいところだけど)
「気になる?」
ミシェナはエリアスの心を読んだかのように尋ねる。
「別に教えてもいいけど」
「……いや、やめとく。なんだかやぶ蛇になりそうだし」
「ずいぶん用心深いなあ……」
「色々あるからな、慎重にもなるさ」
応じた時、エリアス達は目的地へ到達。そこは小さな会議室であり、中に入ると既にフレンが待っていた。
「お待ちしていました」
フレンは応じつつエリアス達へ席を着くよう促す。三人はテーブルを囲みながら話をすることに。
「では、まず何からお話ししますか?」
「その前にフレン、ミシェナについてだが」
仲間が離脱したことと、討伐隊が編成された場合、彼女は同行者としてエリアスを選ぶ旨を伝える。
「そうですか、エリアスさんとしてはそれでよろしいのですか?」
「構わないと思っている」
「ならば私から言及することはありません」
「あなたは討伐隊に同行するの?」
と、ミシェナが確認の問い掛けを行う。
「エリアスと手を組むとしたら、あなたも同行できるとは思うけど」
「私としては迷惑になるかどうかですね。今回は難敵である以上、下手に戦闘能力がない人間が出張れば、それだけで危険なことになりかねない」
「……情報収集に集中してもらった方が良いかもしれないな」
エリアスはそう呟きつつ、
「ここは後々考えていけばいい。討伐隊の規模次第では後方支援の部隊だって用意されるかもしれないし、その場合はフレンが支援部隊にいた方がいい」
「わかりました……では、魔獣オルダーについてお話ししても?」
エリアスとミシェナは同時に頷くと、フレンは話を始めた。
「見た目などの特徴については直接目撃しているので、説明は不要でしょう。一番気になる点は戦闘能力について……魔獣オルダーを観測して五十年ほど経過していますが、その戦い方は観測当初から変わっていません」
そこでフレンは一拍置いた。彼女はエリアスとミシェナを一瞥しつつ、
「際だった能力は、俊敏性です。軽やかな足取りで動いたかと思うと、目の前に来ていた――瞬間移動と見まごうほどの移動速度を誇り、攻撃がロクに当たらない。それが今日まで生存できた大きな理由です」
「しかも、音だってほとんどしないって話よ」
補足するようにミシェナは述べる。どうやら彼女なりに色々と調べたらしい。
「つまり、倒すためにはその速度に対応できないといけない、というわけか」
「はい、魔獣の速度に対応できず、体当たりを受けるだけで死亡するケースもあったようです」
「……仮に魔獣オルダーの討伐命令が出た場合も、精鋭クラスの人員じゃないと危ないって話だな」
エリアスはミシェナの仲間がリタイアするのも納得がいった。
「単純に怪力で無茶苦茶にするとかよりも面倒な手合いだな」
「エリアス、何か案はある?」
「瞬間移動に匹敵するほどの速度……ただ、音がしないってことは力で無理矢理移動しているというわけではない。魔法に近しい何かを使っているというのは間違いなさそうだ」
「魔法……」
ミシェナの呟きに、エリアスは肩をすくめつつ、
「あくまで魔法に似た何か、だ。実際に俺達が使うようなものではない……魔物の中には固有の能力を持つ個体もいる。魔獣オルダーの場合は移動能力に特化しているという話だろ」
「戦う場合はかなり面倒そうだね……」
ミシェナとフレンは黙り込む。情報を聞いただけでどう倒すか頭を悩ませている様子。
その一方、エリアスの考えは違っていた。
「……フレン、他に能力はあるのか?」
「数度の討伐により判明している能力はこれだけです。ちなみにですが、二度目の討伐ではかなり追い込んだのですが、寸前で取り逃がした……その際も同様の能力を行使して、逃走したと」
「そうか。であれば、固有能力は一つ……あるいは、状況を逆転できるような能力は一つだけ、と解釈できそうだな」
「あと気になるのは知性だが」
「そこは獣と同様……と推測されていますが、五十年生存している個体です。相応に狡猾となっているでしょう」
(……しかし、さすがに人間を出し抜くほどの知性はないだろう)
エリアスはそう心の内で呟きつつ、どう戦うか思案し始めた。