騎士への辞令
魔物と人類――両者は遙か昔から敵対し、人は土地と魔物の領域を開拓することで、その支配領域を広げていった。
現在、世界の陸地のうち四割が人間の支配領域だが、魔物の領域と隣接する国家は、騎士や戦士を使い開拓を続けていた。魔物の領域を支配できれば、それだけ領土拡大に繋がる。故に、ルーンデル王国も多数の騎士を育成し、また様々な戦士を雇い、魔物の領域へと挑んでいる。
エリアスは、その中で王国東部――その端に位置する砦で、十五歳の時に兵士としてキャリアをスタートした。農村出身で平凡な能力だったが、生き残り経験を積み続けた。
ただひたすら魔物を狩り続ける日々。最前線で魔物と戦う以上、死の危険と隣り合わせであり、実際にエリアスの同僚も犠牲になったことがある。
エリアスはそうした仲間を弔い意志を受け継ぎながら少しずつ強くなり、魔物を倒し続け――そうした功績が認められ十年前に農村出身者としては異例の、騎士の称号を得た。そこからさらに凶悪な魔物とも戦い続け、二十年以上戦い続け、四十という年齢でとうとう聖騎士にまで上り詰めた――
「……その功績により、聖騎士の称号を授与する」
王都の宮廷、そこにある謁見の間でエリアスは頭を垂れ、王様の言葉を聞いていた。周囲には重臣や騎士として重鎮が立ち並び、エリアスに視線を送りながら無言に徹している。
「これからもその戦歴に恥じぬ振る舞いと、戦いを期待する」
「はっ、これからも精進いたします」
エリアスは儀礼的に応じ、謁見は終了。その首にはルーンデル王国において聖騎士を示す正十字を象ったペンダントがあった。
謁見の間から出ると、ひたすら広い廊下の端に従者のフランが立っていた。エリアスはそちらへ歩み寄り、
「終わったが、これからどうする? 帰るのか?」
「それに関する話ですが、宮廷内の客室を借りました。そこで話をしましょう」
エリアスはフランの案内に従い、宮廷内でも端の方にある一室へ。小さな部屋で、中央にテーブルと椅子がいくつかしつらえてあった。
「で、話だが……フランの表情からはあまり面白くない話に思えるな」
「わかりますか」
「凄まじく面倒な魔物が現れた時と同じ顔してるぞ」
エリアスの指摘にフランはため息を吐く。
「結論から言いましょう。エリアスさんには辞令が出ています」
「異動ってことか?」
「はい、聖騎士となった以上は、開拓最前線の北部に行ってもらいたいと」
「……東部はこういう所で評価低いからな」
「開拓の価値があまりないと見なされていますからね」
――現在、ルーンデル王国にとってもっとも開拓を進めているのは北部。そこには広々とした森とその背後に山脈が連なっており、豊富な資源と広大な土地があるため、北に多くの人員を割き、開拓を進めている。
一方、エリアスがいた東部は隣国との国境があり、先日魔物を倒したものとは別の渓谷により両国を隔てている。開拓をするにしても断崖絶壁が多数存在するため難しく、東部の任務は国境付近に現れる魔物の駆除と警戒が主である。
「開拓をしている北側の方が出世も早いし、逆に言うと他は左遷、みたいな扱いになるらしいな」
「その中でエリアスさんは聖騎士という称号を得るに至りましたが」
「謁見した時、俺を見ていたお偉いさんの雰囲気から、評価はするがなぜこいつが聖騎士に、という敵意みたいな視線を向けてくる人もいた。東部で活動していたから本当に強いのか、と疑うような人もいたみたいだな」
「そこまで気付いたんですか?」
「魔物の感情読み取るよりは簡単だぞ」
エリアスの言葉にフレンはちょっと呆れたような表情をした後、
「……功績によって王様などは判断したようですが、面白くないと考えている方々もいるようですね」
「あー、やだやだ。本当なら称号なんていらないって突き返すところなんだが」
「そんなことを仰らず……それで、エリアスさんの異動先ですが」
「もう判明しているのか?」
「明日には正式に通達が来るでしょう。私の方に連絡が来たのは事前に準備しておけという思惑からですね。場所は北部であるのは間違いありませんが、位置的には最前線から距離を置いた場所です」
「……フレンはどう考える?」
エリアスは問い掛ける。常に前線で戦うエリアスに対し、フレンは裏方――参謀として作戦を立てたり、あるいは政治的な根回しをすることもあった。
「そうですね、エリアスさんの実力を勘案すれば当然最前線に配置するでしょう。しかしそれが成されていないということは、これ以上功を立てないよう飼い殺しにしようと貴族達が場所を選んだかもしれません」
「功を立てない……聖騎士になったことは目をつむるが、これ以上功を立てて武功を上げることは許さない、ってことか」
「おそらくは。功を立てて王都で一定の権力を得るのが嫌なのでしょう」
「そんなつもり一切ないんだけど……ま、実際どうするかは現地へ行ってから考えるとしようか」
「よろしいのですか? 今なら配置が不服だと異議を申し立てることも可能ですが」
「宮廷内で下手に発言したらさらに目を付けられるだろ。まずは従順にして、動き方を考えればいい……ま、今までずーっと戦ってきたからな。少しくらい羽を伸ばしたって構わないだろ」
「最前線から遠いとはいえ、魔物がゼロというわけではないのですが……まあいいです。それで、私達がいた東部の砦ですが」
「俺の後任は誰だ?」
「ジェイツ様です」
その名は長らく東部を守ってきた聖騎士の名。高齢で前線に立つことはできないが、騎士達からも支持が高い。
「あの人なら問題なさそうだな。異動先で落ち着いたら改めて挨拶に行こう」
「はい……砦にいる面々が混乱しないか心配ですが」
「俺が聖騎士になる、と知った時点で異動になるくらいの覚悟はしてるだろ。後任があの人なら憂いはないし、次の任地で頑張るだけだな」
「ずいぶんとポジティブですね」
「なんとかなるさ……別に死人が出るわけでもないし気も楽だ」
エリアスは告げると立ち上がる。
「それじゃあ、今日は休むか……ん、泊まる場所はどこだ?」
「宮廷内に用意されています。それと出発の準備についてはお任せください」
「おう、よろしく……と、待て。一応確認だがフレンもついてくるのか?」
「それはもちろん。東部に戻ってもやることありませんし、従者一人帯同するくらいなら許してもらえるでしょう」
「そうだな……よろしく、フレン」
「軽いですね……別に構いませんが」
応えると共にフレンもまた立ち上がる。
「あ、最後に一つ。エリアスさんは大丈夫だと思いますが、聖騎士になった以上は多くの人から注目されます。言動には注意してください」
「セクハラするわけじゃないから大丈夫だろ」
「そういうことをする人でないのは理解していますが、きちんと言っておかないと」
「過去に俺、何かやったことあったか?」
「主に魔物絡みで。危険度の高い魔物を見つけた途端、準備も待たず全力疾走したりなど……」
そんな会話をしつつ、エリアスは部屋を出たのだった。