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名を持つ者

 勇者ミシェナの放った剣戟は、魔物のボスの体をしっかり捉えていたが、それでも勝負を決する結果にはならなかった。

 だが、魔物は体勢を崩し配下を生成する余力はない様子――そこへミシェナの仲間が追撃を仕掛ける。まずは戦士の斬撃、次に魔法使いの光弾が立て続けに魔物のボスへ当たった。


 そして、最後にミシェナの追撃――それが決定打となって、赤き狼の親玉はとうとう崩れ落ちた。

 次いでエリアスの周囲に集まっていた魔物も騎士や勇者で撃滅し――戦いは、人間側の勝利に終わった。






「――ねえ、あれはどういうものだったの?」


 戦いの後、エリアスは魔物の処理を行う騎士達を見ていると、ミシェナが近寄ってきて問い掛けてきた。


「魔法を使ったのはわかったんだけど……」

「……まず、地面を砕いてわざと音を立てた。これで魔物達は俺を注目する。そこで、駄目押しとばかりに魔法を使った……あれは、魔物を誘い出すための魔法だ」

「誘い出す……どういう意図があってそんな魔法を習得したの?」


 さらに問い掛けるミシェナにエリアスは少し思案しつつ答える。


「東部の地形が関係しているんだ。渓谷とか深い森が多い上、瘴気によって索敵魔法が効きにくいことが多いため、魔物の討伐をしようにも見つからないことが多かった。そこで、逆転の発想――自分達が魔力を発し目立つことによって、魔物を誘い出すという手法をとった」

「無茶苦茶ね」

「今は索敵魔法の精度も上がってきて、やる必要はなくなったけどな……この魔法を使っていたのも十年以上前の話だ。ちゃんと使えるか、不安だったが成功して良かった」


 肩をすくめながら離すエリアス――実際、作戦を思いついたのは戦場を見てからであったため、賭けであったのは確かだった。

 魔物の能力からエリアス自身、一斉に襲われても無傷で対処できるだろうと考えてはいた。しかし、押し寄せる魔物に対し騎士や勇者が動かなければ面倒なことになっていた。しかし彼らは状況を理解し、仕掛けた。


(ま、俺はあくまで敵を引きつけただけだ。指揮官の方も俺が敵を全て倒した、なんて報告書に書くこともないだろうし、注目される危険性は低いだろう)


 とはいえ何だ今の技法は、と興味を示すような目を向ける人間もいたが――ミシェナと会話をしたことでそうした視線も消えた。後で彼女に聞けばいい、ということかもしれない。


「さて、俺は帰るぞ」

「わかったわ……あ、そうそう。後であなたの砦へ行ってもいい?」

「俺は城主じゃないぞ。それに、基本的に後方支援の砦だから、あそこにいても武功は得られない」

「単純に、あなたに興味があるの」


 その言葉にエリアスはミシェナを見返した。


「……どういう意図だ?」

「聖騎士としての能力とか、色々興味があるの。ねえ、話が聞きたいから行ってもいい?」

「それ、俺に拒否権あるのか? 断られたけど来ました、という展開が見え見えなんだが」

「あ、バレた?」


 舌を小さく出すミシェナ。そこへフレンがやってきて、


「エリアスさん、お疲れ様でした」

「ああ、怪我とかしてないか?」

「魔物の攻撃範囲から逃れていたので……ひとまず、指揮官としては討伐できて安堵しているようです」

「俺は挨拶した方がいいか?」

「いえ、無闇に干渉するよりとっとと帰る方が良いかと」

「わかった。それじゃあ戻ろう――」


 指示を出した時だった。突如、エリアスは首を渓谷方向へやった。


「……どうしたの?」


 ミシェナが問う。周囲の騎士や勇者が撤収準備を進める中、エリアスだけは渓谷――すなわち、山奥へ視線を注ぎ、動かなくなる。


「……エリアスさん」


 やがてフレンが名を呼ぶ。


「何か、いますね」

「フレンもわかるか」

「感覚的なものですが……魔物が発している瘴気、とかでしょうか?」

「ああ、そうだ。問題は、なぜ魔物がわざわざ気配を発しているのか、ということだ」

「二人とも、何の話をしているの?」


 ミシェナが首を傾げた直後、多くの騎士や勇者が――ミシェナもまた、首を渓谷へ向けた。

 渓谷の奥に存在する森、そこに、いつの間にか一体の魔物がいた。見た目は鹿のような姿をしており、特徴としては角が漆黒であること、体毛が銀色であることの二つ。


 そして、視界に入った瞬間にわかる明瞭な殺気――魔物が発する瘴気。それが、姿が見えたことでエリアス達に突き刺さっていた。


「……あれは……」


 誰かが呟いた。そして、周囲がザワザワとし出す。

 エリアスはまだ距離があっても瘴気を発するほどの存在だから、と最初思ったが違う。勇者や騎士の中に、何かしら固有名詞みたいな単語を口にしているのがわかった。


 そして、ミシェナもまたその単語を口にする。


「あれはまさか……オルダー……」

「オルダー?」

「北部で開拓をしている人間なら知らない者はいないくらい有名な魔物よ……過去五十年にわたって、開拓を阻んできた脅威」

「……オルダーというのは、名前か?」

「ええ」

「なるほど……名を持つ魔物か」


 ――魔物は危険度によってその強さが数値化される。しかし時に、災厄をもたらすような魔物を危険度で評価せず固有の名前を与え、開拓の脅威とするケースがある。

 名を持つ魔物は、それだけ人間に被害をもたらしてきた存在――騎士や勇者達が警戒する中、エリアスはじっとオルダーと名付けられた魔物を見据え、動くことはなかった。


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