勇者との作戦
「ミシェナ、討伐隊のトップはどこにいる?」
エリアスの問いにミシェナは剣を振るいながら、
「何か策でも思いついた?」
「俺がここに来てやれることを考えたが、実行する場合は確認を取らないとまずいからな」
「……あそこにいるわ」
ミシェナが指を差した先にいたのは、騎士に囲まれた中年の男性。エリアスは即座にそちらへ走って行く。
「……ん? 君は――」
エリアスと同年代の中年騎士が一人。聖騎士を示す首飾りを下げており、周囲にいる騎士も装備がかなり良いため、間違いなく指揮官であることは明瞭だ。
「どうも、調査の折、討伐隊が動いているということで様子を見に来ました……エリアス=ディーリアと申します」
「ああ、平民上がりの聖騎士か。武功を求めて飢えた獣のようにやってきたか?」
嫌味っぽく言及する指揮官に対し、エリアスはさてどうしたものかと考える。
(普段なら下手に出てどうにか交渉するんだが、そんなことをしている時間がない――)
胸中で呟いた時、エリアスは指揮官達の背後の茂み、そこに赤い狼がいることに気付いた。
「指揮官殿! 後方に!」
叫んだ直後、周囲の騎士が反応した。指揮官は焦ったような顔を見せ、同時に赤い狼が数体彼へ迫る。
それに応じたのは彼の周囲にいる騎士達。護衛の彼らは的確な連携によって迫り来る魔物を迎撃してみせた。
「……あまり悠長に話している暇はなさそうですね」
エリアスは言いながら魔物の親玉を見やる。なおも断続的に配下を生み出しており、それに応じる騎士や勇者の動きが少しずつ鈍くなっている。
「状況が状況なので、こちらも参戦します。よろしいですか?」
「……何か手があるのか?」
「戦況を決するような手段はありませんが、勇者と協力すればなんとか」
指揮官はエリアスを見据える。この男に任せて自分の武功を奪い取られないか、という懸念をしているのがわかる。
(面倒だなー、まったく)
エリアスはそんな風に考えつつ、さらに一言加える。
「私は調査の過程でここに辿り着きました。今回の討伐において名前は記されていませんよね? なら、報告書にも書かなくて大丈夫ですよ。私も赴任した砦から離れてここにいるわけですし、名前が上がったら面倒なので」
「……いいだろう」
指揮官はなおも厳しい目をしていたが、黒子になるつもりなのだと理解して承諾した。エリアスはそれで勇者ミシェナの下へ戻る。
「おまたせ。作戦、いいか?」
「……私でいいの?」
「聖騎士とはいえ、飛び入りで入り込んだ人間と連携してくれる人間は、君以外にいないだろ」
「ふむ、確かにそうね」
「それに、一度剣を合わせているから実力もわかっているし」
「そうね……で、作戦は何?」
「まず、確認だ。君はあの魔物を仕留めることができるか?」
魔物を生み続ける親玉を指差しエリアスが問うとミシェナは、
「できると思う。ただ他の個体と比べて大きいから、一撃で仕留められるかはわからないけど」
「わかった。なら、俺が周囲の魔物を引きつける。君は仲間と共に横手から回り込んで魔物を仕留めてくれ」
「引きつける……って、できるの?」
「まあな。でも、結構危険だから、作戦を開始したら数分くらいで倒してくれると助かる」
その言葉にミシェナは疑わしい視線を向ける――が、周囲の情勢は刻一刻と悪くなっている。時間が無いと考えた彼女は、
「わかった、乗ってあげる。でも、失敗して死んでも恨まないでね」
「善処する」
ミシェナは仲間へ指示を出して動き出す。そこで複数の狼は彼女に狙いを定めたが、
「はっ」
小さな声と共にミシェナへ向かおうとした魔物をエリアスが倒す。
「さて、少し気合いを入れないと……あ、フレン」
そして後方に佇むフレンへ声を掛けた。
「わかっていると思うが、俺から離れてくれよ」
「はい……エリアスさんなら無傷で成し遂げると思いますが、油断なきよう」
「もちろんだ」
フレンが走り去る。それを確かめた後、エリアスは全身に力を入れた。
「さて、魔物……心底面倒な能力を持ったな。だが、快進撃もここで終わりだ……泥試合に付き合ってもらうぞ」
刹那、エリアスは剣を振った。それは魔物を狙ったものではなく、自身の足下。地面を――薙いだ。
轟音が鳴り響く。魔力を込めた一閃は地面を抉り、魔力が拡散し爆発したかのように破砕した。それによって生まれた石のつぶてが周囲にいた魔物を打ち、直撃した個体は動かなくなる。
それと同時だった――戦場にいた魔物、その全ての視線がエリアスへと注がれる。
「作戦は成功、と。何年も使っていない技法だから、上手くいくか不安だったが……」
呟いた直後、魔物が一斉にエリアスへ突撃を開始した。あまりの状況に周囲にいた騎士や勇者達は驚愕したが――好機と判断したか、誰かの攻撃魔法が魔物へと突き刺さった。
魔物が倒れ伏す。それを見た騎士や勇者達は、エリアスへ向かう魔物へと攻撃を仕掛ける。その一方でエリアスも、魔物の攻撃を回避しつつ剣で駆逐していく。
「さて、気を引いた……ミシェナ、頼んだぞ」
魔物の親玉が吠えた。それと共に生み出された配下は、全てがエリアスへ向かって突撃を行う。その異様な光景に騎士や勇者の視線から驚愕が抜けなかったが、それでも剣や魔法によって、魔物の数を減らしていく。
そして――エリアスが迫る魔物に対処する間に、とうとう魔物のボスへ斬撃を叩き込む人物が。ミシェナが渾身の一撃を見舞い、魔物の親玉が悲鳴に近しい雄叫びを上げた。