東部と北部
勇者ミシェナが砦を去って数日後、いよいよ討伐隊が赤い狼の魔物と戦闘を始めた。エリアスは事前に行った仕込みでその状況を把握する。
それはリアルタイムで状況がわかるといったものではなく、仕掛けを施した周辺の魔力を観測することによっておおよその動きを捉えるというものであるため、大雑把にしかわからない。しかし砦へ報告が行われる情報よりも速報性は当然ながら高く、エリアスは砦にいながら討伐隊の戦いぶりを理解することができた。
戦闘が始まった日の夕刻、エリアスの部屋に提示報告としてフレンがやってくる。
「討伐隊はどうですか?」
「順調ではあるみたいだ。人的な被害……犠牲者も怪我人もゼロだ。ただ、討伐隊は魔物の多さに進めてはいない」
「討伐隊ですら手を焼くほどの数なのですか?」
「魔物の親玉が配下をどれだけ生成できるにしても、限度というものがあると思うんだが……山脈の奥地でよっぽど魔物を作っていた、ということなんだろうな」
そう言いつつエリアスは軽く伸びをする。
「けど、いくらなんでも無限というわけじゃない。数が減り続けている以上、いずれ終わりが来る」
「魔物は、どういう行動に出ると思いますか?」
「普通に考えるなら、魔物の数が減らされたのだから奥地へ引っ込む。ただ、今回は少し事情が違うかもしれない」
「というと?」
「……調査の際にミシェナと話した時、俺は魔物が現れた可能性として三つあると言ったはずだ」
「そういえば、三つ目がなんなのか話していませんでしたね」
「うやむやになったからな。その三つ目である場合、おそらく魔物は奥地へ逃げずそのまま討伐隊と交戦する可能性が高い」
「それは、何故?」
聞き返したフレン。ただ、エリアスが答える前に何なのか推測できたようで、
「……森の奥地、あの魔物が縄張りにしていた場所に、別の魔物が出現した?」
「そうだ。群れを成す魔物が脅威に感じ、新たな縄張りを求めて魔物の領域から人がいる場所までやってきた」
「なるほど……この可能性であれば当然、逃げることはできませんね。しかも下手をすれば、赤い狼が逃げる原因を生み出した魔物だって遭遇する危険性がある」
「今回の討伐隊は俺達が到達した渓谷に足を踏み入れて攻撃を仕掛けるだろう。その場合、出会う危険性はある」
エリアスは沈黙。そこでフレンは目を細めながら、
「その魔物は……当然ながら今回の魔物よりも強い」
「赤い狼、そのボスの能力によってボスを追いやった魔物の強さがわかるな。危険度三は確実にある……が、それ以上となったら」
エリアス達は沈黙する――東部において危険度三よりも上、危険度四相当の魔物も討伐経験がある。ただし、相応の準備がなければ騎士に犠牲が出る可能性がある。
「……フレン、情報収集は進んでいるか?」
「危険度についてですか? まだ完璧とは言えませんが……ただ、情報を集める限り、最前線においても危険度三相当の魔物が出るケースはそう多くないらしいです」
その言葉にエリアスは腕を組む。ならばなぜ、東部は――
「……北部の最前線は人間が多い。危険度の高い魔物は知性も高く狡猾であるケースが多いため、そうした人間から距離を置くケースも高い」
「逃げる先は人が足を踏み入れたことのない領域、あるいは人が少ない東部ということでしょうか?」
「その可能性はありそうだな……問題は東部の実情が北部で共有されていないことか」
「ただ、これまで危険度四相当の魔物があまり出ていないのであれば、今後も同じように出ないのでは?」
「そうであってくれればありがたいけどな」
「何か起こると?」
エリアスはフレンの問いに肩をすくめた。わからない、という意思表示であった。
「ま、ひとまず様子を見る……フレンは引き続き情報集めを頼む」
「わかりました」
部屋を去るフレン。彼女を見送った後、エリアスは息をついて窓の外から砦の中庭を見た。
兵士や騎士が訓練する風景が見受けられる。勇者ミシェナが来訪したためか、それとも魔物が出現したためか、訓練を行う彼らも気合いが入っている様子。
(……さて)
エリアスは考える。着任した直後に魔物が現れたことは偶然の産物にしても、その経緯までは決して偶然ではない。
(確実に、魔物の縄張り争いに負けた、ということなんだろう……ただ、今回の敵は思った以上に強いのは間違いない)
討伐隊は勝てるのかどうか。現在時点でエリアスが観測できる範囲で問題は起こっていない。
「さすがに勇者や精鋭の騎士だから、大丈夫そうか」
呟き、エリアスはひとまず訓練でもしようと部屋を出る。体が鈍らないよう剣を振っているが、騎士などに戦い方などを教えることもある。
(討伐開始初日は順調……明日、また確認するか)
そう心の内で結論を出しつつ、エリアスは中庭へ。そこで騎士や兵士が気付き、教えを請うためか近づいてきた。