決闘の結末
――エリアス達を囲む兵士や騎士が刃の応酬に沸騰する中、その戦況は観客がわからないレベルで変化しつつあった。
当事者達はそれを克明に理解しつつも、エリアスは剣を打ち合いながらどう動くか考察する。
(彼女は大技を放とうとするタイミングを窺っているな。俺としては待ち構えるか、それとも逆に攻めるかの二択だ)
考えていると、先んじてミシェナが動いた。鋭い剣閃が首元へと襲い掛かる。
だがエリアスはすぐさま剣を弾いた。直後、彼女はさらに剣へ魔力を集めた。今まで以上の魔力収束は大気を震わせ、大技が来ることを周囲にいる騎士や兵士も予感しただろう。
(来る――)
エリアスは一つ呟くと、同じように剣に魔力を集めた。それは一瞬の出来事かつ、ミシェナが剣を振り抜いた時には既に準備を終えていた。
双方の刃が、激突する。今まで以上の金属音と共に、戦いは鍔迫り合いの様相を呈す。
「……さすが、といったところか」
ギリギリと刃がかみ合いながら、ミシェナは呟く。
「ここまで剣が届かない相手は初めて。あなた、魔物専門じゃなかったの?」
「北部にいるかわからないが、人の形をした魔物だって東部にはいたし、対人戦の想定はちゃんとやっているさ……それに」
「それに?」
聞き返したミシェナに対し、エリアスは言葉を止めた。東部での戦い――とある光景を思い出した後、
「ま、訓練の相手はいつだって同僚の騎士だったし、剣術を学ぶために人を招いたりもしたからな」
エリアスはここで押し返す。ミシェナは抵抗せず後退し、間合いから逃れた。
「……さて」
剣を構え直しながら、エリアスは思考する。ここまで互角だが、これではいつまでも勝負がつかない。
(リスクを恐れて戦っていても、勝負は決まらないな。長期戦でも構わないが……ここは、賭けに出てみるか)
まるで楽しむように――エリアスは魔力を高める。それを見たミシェナは、
「決めに掛かるつもり?」
「そっちは大技を出しただろ? そのお返しさ」
もし、失敗したら不利な状況に立たされる――が、エリアス自身は賭け自体嫌いではなかった。
(果たして、目の前の勇者に通用するかどうか――)
その興味から、エリアスは足を前に出した。剣や腕に魔力を収束させるのではなく、全身――魔力を体全体にまとわせ、身体能力を大きく向上させ、剣を振るう。
今までは体の部位を強化していたが、今度は全身。当然魔力の消費量は多く、攻撃に失敗すれば魔力を浪費した状況だけが残る。
しかし、エリアスは仕掛けた。即座にミシェナは斬撃を受け止め、
「っ――!!」
小さな呻き声。エリアスは彼女が剣を受けつつも、その衝撃までは完全に殺しきれなかったのだと確信する。
いける、と内心で断定しエリアスは猛攻を開始した。火を噴くような連撃にミシェナは剣を盾にして防ぐ。
再び剣の応酬が始まった。しかし攻防が逆転することはない。エリアスの圧倒的な攻勢にミシェナは次第に追い込まれていく。一撃、一撃と衝撃を受け続け、いずれ体勢が大きく崩れることは明白だった。
それを見越してか、ミシェナは逆に反撃すべく無理矢理前に出た。間合いを詰め、逆転するべく渾身の剣を見舞おうと動く。
だが、それもエリアスは反応した。即座にその動きを捉え、ミシェナの動きを抑え込むべく剣を振る。それに彼女は応戦したが、無理な攻撃が祟りとうとう姿勢を崩した。
彼女の剣が弾き飛ぶ。それで勝負は決し、エリアス達は互いに視線を交わし、
「……私の負けね」
あっさりと敗北を認め、周囲の騎士達は沸き立った。
「さすが、聖騎士様といったところかしら。思った以上に防御が固くて崩せなかった」
と、ミシェナは自身の敗因を分析する。決闘が終わり騎士や兵士の姿がほとんどなくなった中庭で、エリアスに対し考察を行う。
「けどまあ、魔法を絡めれば話はどうなるかわからなかったけど」
「使えるのか?」
「少しは、ね。でもギャラリーがいる中で派手な魔法を使うのはさすがに危ないし……そもそも、魔法を使う暇もほとんどなかったか」
と、どこかさっぱりとした口調で彼女は語る。
「技量もそうだけど、聖騎士として認められるだけあるわね……これが聖騎士のレベル、ということ?」
「俺自身、他の聖騎士がどれだけの実力を持っているかわかっていないんだよな……だから、これが聖騎士だ、と断定するのは難しい」
「そう。ま、私は私なりにこれからも精進し続けるわ……というわけで、付き合ってくれてありがとう」
ミシェナは中庭から去る。あの様子ならば再試合をしたい、と要求してくることはなさそうだった。
そして、彼女を見送る間に審判を務めていたフレンが一言。
「勝つまでやるとか言いそうでしたが、ありませんでしたね」
「討伐隊に加わるし、なおかつノーク殿に迷惑かもしれないと考えたのかも。ちゃんと分別があるってことさ」
「……戦ってみてどうでしたか?」
「強かったけど、彼女の全力には比較的楽に応じることはできた」
「ミシェナさんは全力……で、間違いありませんでした?」
「少なくとも剣術においては、だな。彼女が言ったように魔法とか、他の要素を絡めればいくらでも戦える余地はあったけど、彼女が求めるのは聖騎士としての技量がどうなのか、という点だったんだろ。それで白黒ついて満足したというわけだ」
フレンへ語った後、エリアスは建物へ体を向ける。
「それじゃあ俺は部屋に戻るぞ」
「はい……討伐隊の動向についても、情報集めをした方がいいですよね?」
「そうだな。でも、そこまで気合いを入れなくてもいいぞ」
「なぜですか――」
と、問おうとしてフレンは口が止まった。
「もしかして、仕込みをしました?」
「ああ、調査で渓谷手前まで行った時点で、その周辺の魔力がわかるように仕掛けをした」
「いつの間に……」
「戦闘中でそのくらいはできるさ。ただ、東部でやっていた仕掛けとは違い、維持できる限界がある。日数的には十日もてばいいくらいだから、それまでに討伐隊が終わらせてくれればいいかな」
「……討伐、果たせると思いますか?」
フレンの質問にエリアスは少し間を置いた。
「正直、わからない。たぶん、討伐隊の面々は政治的な要素もあるだろう……お抱えの聖騎士を使い、功績を上げて自分の地位を向上させようとする王都の貴族とかの」
「面倒ですね……」
「人が集まり、武功によって成り上がる可能性があるのなら、そんな事例はいくらでもある。仕方がないさ……俺達は、ひとまず情報収集を優先する。討伐隊についてはできる限り観察する。ま、俺は心配してない。危険度三相当の魔物でも、聖騎士や勇者がいれば問題はないさ――」