第三話: 禁断の扉
護は、日に日に強まる地下室への興味を抑えきれずにいた。家の中で感じる微かな違和感、ジョンやエリザベスの曖昧な態度、そしてサラの妙に重たい言葉。それら全てが、地下室に何か重大な秘密が隠されていることを示唆していた。
ジョンとエリザベスは何度も護に「地下室には絶対に入るな」と念を押してきた。その厳しい警告に、護は最初こそ従っていたが、日が経つにつれ、その言葉は護の好奇心を煽るだけだった。
ある夜、護はベッドの中で眠れずにいた。心の中で何かがざわめいている。彼は考えた末に、決意を固めた。今夜、地下室に行ってみよう。護は、もう我慢できなかった。
家の中は静まり返っていた。ジョンとエリザベスは既に寝室に引きこもり、家は深い静寂に包まれている。護はゆっくりとベッドから抜け出し、足音を立てないように注意しながら台所へ向かった。そこには、彼が以前に見つけた地下室の鍵が隠されていた。
手に触れる冷たい金属の感触が、護の緊張を一層高める。彼は鍵を持ち、地下室の扉へと向かった。扉の前に立つと、護は一瞬だけ躊躇した。ジョンの厳しい顔が頭に浮かび、地下室に入ることへの恐怖がよぎった。しかし、彼の中に芽生えた疑念と好奇心は、その恐怖を凌駕していた。
「ここに何があるんだろう…」護は自問自答しながら、鍵を差し込み、ゆっくりと回した。
鈍い音を立てて、錠が外れる音が響く。護は深呼吸をし、扉を少しずつ開けていった。開いた扉の隙間から冷たい風が吹き込み、護は寒気を感じた。地下室は暗く、何も見えなかったが、その奥からかすかに何かの呻き声が聞こえたような気がした。
護は手探りで懐中電灯を取り出し、慎重に階段を降りていった。暗闇に光が差し込むと、護の心臓は早鐘のように鳴り始めた。彼の足音が階段に響き、緊張感が一層高まる。
地下室の奥に進むにつれて、呻き声が次第に明確になってきた。それは、人の声のように聞こえた。護は一瞬、後戻りしようかと思ったが、ここまで来たら後には引けない。彼はさらに奥へと進んだ。
そして、護の目の前に現れたのは、鎖に繋がれた一人の若い男性だった。彼は痩せ細り、身体中に無数の傷があった。髪はぼさぼさで、目は虚ろだったが、その中にはまだ何かを訴えようとする力が残っていた。
「助けて…」その声はかすかで弱々しかったが、確かに護の耳に届いた。
「君は…誰なんだ?」護は恐る恐る尋ねた。
「ダニエル…」彼はそう答えると、再び力を失ったように頭を垂れた。
護はその名前を聞いた瞬間、ゾッとした。ダニエル、この家の長男として生まれた彼の存在は、家族の中で全く語られていなかった。まるで、彼の存在自体が消し去られたかのように。
「なぜ…こんなことに…?」護は震える声で問いかけたが、ダニエルは答えられる状態ではなかった。彼の身体は、あまりにも酷い虐待の痕跡を物語っていた。
護はダニエルを助けようとし、手錠を外そうと試みたその瞬間、地下室の扉が突然開かれ、護は驚きで立ちすくんだ。
「お前には見せたくなかったんだ!」ジョンの怒りに満ちた声が地下室に響き渡る。彼の目は狂気に燃え、護に向かって襲いかかってきた。エリザベスもその後に続き、護を必死に抑え込もうとする。
護は必死に逃げ出そうとするが、ジョンの力は圧倒的だった。エリザベスに体当たりし、一瞬の隙をついて階段を駆け上がる。だが、ジョンの手がすぐに護の背中に触れた。
護は必死で抵抗したが、ジョンは簡単に彼を押さえ込み、再び地下室へと引きずり戻す。絶望感が護を襲う中、彼は唯一の希望として、保安官マイクの顔を思い浮かべた。彼なら、助けてくれるかもしれない。
しかし、その希望は、すぐに打ち砕かれることになる。マイクが冷たい表情で地下室に現れたとき、護は信じられない思いで彼を見つめた。
「ごめん、護。俺も家族の一員なんだ。」その言葉と共に、マイクは護をジョンに引き渡した。
護は最後の力を振り絞って抵抗したが、地下室の扉は容赦なく閉ざされ、彼は再び深い闇の中に閉じ込められた。
護とダニエルの運命は、これからどうなってしまうのか――その答えは、誰にも分からなかった。護の心には、ただ絶望が渦巻いていた。




