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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

禍を転じて福と為す〜痴漢容疑者から転生して軍師へ〜

 痴漢をしたということで死刑になりました。厳密にはされたことになったというのが正しい。満員電車という責任の不在と私の悪人顔が根拠となって、涙ぐむ女の言葉を信じ、誰も私の釈明に耳を貸しませんでした。


 裁判所でのことが忘れられません。弁護士もなく自分の席に座らされ、向かいには検察官と共に被害者を装う女が座っていました。脚を組み、腕を組んだかと思うとそのままいびきをかいて寝てしまいました。私は体の震えが止まりませんでしたが、下手に暴言を吐いて自分が不利にならぬよう、裁判が始まるまで黙っていました。無罪を勝ち取る気でいました。

 裁判長が来ました。すると僕を一瞥し、

「君、死刑ね」

 と言い残してすぐさま出ていってしまいました。命を扱いの軽さに唖然としました。冤罪を議論する暇もありませんでした。残念ながら私の時代では、痴漢行為が死刑に直結するように法律が改正されていたのです。目の前の女は裁判長のその声と同時に目を覚まし、私を見下すようにして満面の笑みを浮かべて出ていきました。私は笑うしかありませんでした。


 あとはそのまま処刑されました。控訴する暇もありませんでした。

 あの女は生活に不満があっての私を陥れたのだろうか。ストレスの矛先がたまたま私に向いたのだろうかと勝手に想像していると最期の日を迎えていました。


***

 ………幸いにも転生しました。

 その世界では王国軍と魔族軍が領土をかけて争っていました。私は王国軍の一兵士になりました。自分には特別な力が宿り、大活躍して成り上がれると思っていました。

 しかし色々試しても他の兵士より優れた部分が見つかりません。あまりいい結果は出せないであろうと悲観しながらも、何度も戦場に赴いたのでした。


 王国軍の兵士、とりわけ私の所属している前衛部隊は悲惨そのものでした。まず、大半にやる気がありません。相手が攻めてきて危険だと思うと自分の役割をかなぐり捨てて逃げてるのなんて日常茶飯事です。それも大勢で逃げるものだから、一周回って集団行動をしているように見えます。


 逃げられなかったら逃げられなかったで死んだふりをしてやり過ごそうとします。これが案外上手くいき、生き残れることをみんな知っていて、勝てないときは勿論、戦いたくないときは敢えて負けたように自分から倒れるのでした。


 後方にいる本部は、

「これほど前衛が崩壊しているとなると、相当魔族が強いのだな」

 と明らかな勘違いをし、全く進軍しません。これでは勝てる戦いも勝てるはずがない。

 

***

 ある戦いの日のことでした。私は部隊ではリーダー的立場になっていました。本部からの命令は、『手当たり次第蹴散らせ』だの『気合いで押し切れ』だの碌なもんじゃありません。全く戦況は好転せず、日に日に押されていることだけは確かでした。そのため、比較的闘志のあるはずの私ですら保身に走ることを考えて行動していました。


 それなりに戦って、あとは戦地から逃げて農村でしばらく骨を休ませようと考えていた矢先、背後から斬られて倒れました。蹴られて地面を転がされ、見上げるとそれは味方の兵士のはずのボルボーだったのでした。

「ロップシ(私の呼び名です)、悪く思うな。手柄がいるんだよ。魔族軍への忠誠を示すにはな」

 どうやら魔族に寝返るようでした。傷が深く、動けなくなった私は、ここで殺されるのだと諦観し、薄ら笑いを浮かべたのでした。

「チェッ、見下した笑い方でキモい」


 ボルボーは私から鎧を始め、武器と所持品を悉く奪った上で、

「隠してある金目のものと、軍の情報を教えろ。さもなくば」

 と言って剣先で私の喉元を軽く二回つつきました。剣が氷のように冷たく感じられました。脅しに従って白状しようがしまいが刺し殺されるのだと悟り、その恐怖のあまり私は笑い続けました。

 するとボルボーは嘲笑を浮かべて、私の左脚を切断し、去っていきました。激痛で私は気絶しました。


 私は王国軍の医療班に治療され、一命を取り留めていました。しかし左脚はどうにもなりませんでした。松葉杖を特注してもらいましたが、私は戦線を離脱するしかありませんでした。



***

 長い休暇をもらいました。と言っても実質終わることはないと思われました。もう戦地を駆け巡ることはできる体ではありません。裏切りと兵士としての死に直面し、ありとあらゆる意志を喪失した私は抜け殻も同然でした。話しかけてくれる兵士からは、前衛部隊で寝返る人間が増えていることを教えてくれましたが、このときの私にはもはやどうでもいいことでした。ただ一切の月日が流れるばかりでした。


 奮闘した元兵士という偽りの評判を掲げることで、ある村の外れの家に匿ってくれることになりました。実際に戦場でした怠慢を思えば恥ずべきことでしたが、やはりこのときは気になりませんでした。

 その家は女性の一人暮らしで名前をウーと言い、抜け殻の私を丁重に介抱してくれました。退屈でもあった私にとって貴重な話し相手になってくれたのでした。会話の合間合間にウーは笑顔を見せました。それは私でもあの女でも到底及ばない優しい笑顔でした。私が楽に歩けるように、毎日松葉杖を手入れしてくれました。彼女と話しているときだけは人間に戻れた気がしました。


 しかしそんなのどかな日々にも翳りが訪れました。私が家に留守番していた雨の日です。ウーは傘を差して出かけたはずなのに、帰ってくるとびしょ濡れでした。目は充血していました。

「友達がね、魔族に殺されてた」

 

 それだけを淡々と言うと、ウーは私に背を向けら正座の姿勢で動かなくなりました。見られたくなかったのでしょう。私は何も追及するまいとそのままにしました。


 そのときのウーと言ったらなんと言えばいいのでしょう。悲しい背中というよりも、背中が悲しみそのものでした。

 それを見た私は事情を詳しく知らないのに、不思議と涙が溢れて止まりませんでした。


 どうして抜け殻の私すらも受け入れてくれるウーが傷つかないといけないのか。なぜウーが悲しまないといけないのか。私には泣くことしかできないのか。私がいくらウーをなだめても、悲しみの機会は減らせない。これからもウーは悲しまないといけない。……


 ウーのために、なんとしても戦争で勝たなければならない。


 この日、抜け殻に闘志が宿ったのでした。


***

 数日後、私は王国軍に合流しました。私を知る人は誰もが驚いていました。

 松葉杖の状態で、前線に立つことはできないことは分かっていました。そこで作戦を立案する役職に就かせてもらえることになりました。

 そこまでは良かったのですが、戦法を考えたことのなかった私は何をどうしたら良いのかなかなか掴めません。しばらくは歯痒い思いが続きました。


 転機が訪れたのは、前衛部隊の一人タルカから報告を受けたときでした。報告を終えて私と二人になると、先程の果敢な姿は消え、

「ロップシさん、辛いです。みんな足を引っ張り合って、これでは前衛部隊がまるまる魔族軍に寝返ったようなものです」

 と弱音を吐いたのでした。

「みんな、相変わらずか」

「はい、いい加減な奴らです。死ぬまで治りそうにありません」

「死ぬまでか、タチが悪いな」


 そこで閃きました。もし彼ら前衛部隊がこの姿勢を崩さないのなら、そのタチの悪さを逆手に取れないかと考えついたのでした。彼らの行動が低俗なのは相手にも知れ渡っていることです。私が前線にいたときにはすでに舐められていました。おそらく魔族側は油断している。真剣勝負なら勝てない戦いも、油断の隙をつければその限りではないだろうとタルカに言うと、彼は枯れていた目に潤いを取り戻し、

「ぜひ、作戦をご教授ください」

 と懇願してきたのでした。


 それは奇襲作戦でした。いつものように前衛部隊が各々離散するのを利用して、奇襲のための人員を集め、拠点の奪還を画策しました。

 もちろん、所詮は前衛部隊の何人かの寄せ集めですから、やる気のない者ばかりです。 


 私は作戦を説明したあと、彼らに向かって、

「この作戦が成功すれば、目ん玉が飛び出るほどの報酬が出る。しかも、君たちの日頃の行いのおかげもあって間違いなく成功する。真面目にやらない手はないだろ」


 この言葉でみんな意気投合し、誰と戦っても勝てそうな雰囲気が出来上がりました。とりわけタルカは自信に満ち溢れていました。そこで私はタルカに指揮させることにしました。彼の宝石のように輝く目を見れば、誰も作戦を疑うことはないだろうと考えたからです。疑心暗鬼が充満すれば、どんな作戦も支障をきたすに決まっています。


 口にも顔にも出しませんでしたが、私自身は不安でした。もしタルカがボルボーのように裏切れば、それこそ一巻の終わりです。私は信用を失い、軍での発言力がなくなるでしょう。やがて私は軍にいられなくなる。そんな一大事をタルカに任せて良いのだろうか。




 奇襲組の何人が帰って来ました。私は本部の付近のテントで待っていました。タルカが先頭でした。厳しい目をしていました。私は覚悟しました。裏切られた、私の見立てが甘かった、このまま自分は魔族側の手柄がとしえ殺されるのだと。


 タルカは私の正面で立ち止まり、私を睨みつけました。私は私で彼を睨みつけました。せめてもの抵抗でした。

「ロップシさん、作戦成功です。ありがとうございました!」

 タルカは目を綻ばせ、穏やかな笑顔を浮かべたのでした。私も緊張から解放され、笑顔を返しました。……気がつくと私は泣いていました。初めての真っ当な勝利でした。


***

 奇襲はその後も成功していましたが、流石に何度も繰り返していると、魔族側にも警戒されるようになりました。拠点の発見が難航するようになったのです。あちらから奇襲を仕掛けられるようにもなりました。テコ入れが必要だと感じていました。


 そこで私は魔族側に寝返る兵士がいたことを思い出し、魔族側に寝返ったふりをしてスパイ活動をさせることにしました。前衛部隊の兵士とのコミュニケーションを通して相応しい人材を選出し、テント内の私の個室に呼び出しました。

「私にスパイをしろと言うのですか。そんなこと今までしたことありません」

「だからこそさ。俺は君を信用している。他にもスパイには潜入させるつもりでいるが、君だけが頼りなんだ。いい結果を期待しているよ」

 と笑顔で送り出しました。こんな具合で数人をスパイに出し、相手の行動を逐一報告してもらうことで、魔族側の先回りができるようになりました。その甲斐もあって夢のまた夢だと思われた連戦連勝が現実のものとなったのでした。


 あるスパイの帰還時に来客がいました。

 隣の部屋から私とそのスパイは来客を覗きました。来客はボルボーです。ボルボーとタルカのやりとりを見ていました。スパイをしていた兵士は、

「あれは大変な悪党ですよ。生きるためなら面倒見のいい魔族すら陥れましたからね。今回だって身の危険を察知して逃げてきたのです」

 と悪口を言うように報告してくれました。このときの私はボルボーも仕方なくやったのだろう、多めに見ようかと揺れていました。復讐は今すぐにでも出来ますが、怒りが止められなくなり、残酷に殺してしまうのではないかと不安でした。軍の雰囲気が殺伐とすることは避けたかったというのが私の本心でした。


 よく見るとボルボーは誰かの左脚を持っていました。私がやられたように、その誰かも左脚を失ったのでしょう。脳裏にボルボーに裏切られたあの日が蘇ってきました。

 ……私の中に彼を助ける理由が消え去りました。


「見てくださいよ、この左脚。王国軍の仇討ちをしたのです」

「じゃあ、俺のときも仇討ちだったのかい?」

「これはこれはロップシじゃないか!久しぶりだなあ!元気そうで良かったよ。あの頃はお互い苦しかったからなあ。タルカさん、この人が俺の信頼を保証してくれる友人だ。そうだろ、ロップシ?」

「相手が悪かったね。俺は君を信用しない」

「アッハッハ!冗談のキツいのは相変わらずだなあ!ここはな、気を利かせてくれよ。どうだ、この脚をその欠けた部分に繋げて見ないか?もしかしたら歩けるようになるかもしれんよ」

「お断りだね。この付け根からもうじき何かが生えてきそうなんだよフフフ……」

「なんで笑ってるんだよ……気味悪いこと言うなよ……」

「フフフ……」

「おい、タルカさん!こいつまともじゃないぞ!つまみ出した方がいいんじゃないか?」

「僕の一番信頼している上司がまともじゃないだって?あんた遠路はるばる喧嘩をしに来たの?」

「何?ロップシが上司なのか!やめとけよこんな奴!適当に蹴落としてのし上がればいいのにさ。ロップシは簡単だぞ。隙だらけだしなあ!」

「喋りすぎだ!身の程を知れ!」

「痛たたた……ああ、俺が悪かったよ。なあ、ロップシいやロップシ様!」

「フフフ……」

「ロップシ様!頼むから笑うのやめくれよ……。怖いよオ」

「タルカも笑えよ。ボルボーにはこれが一番なんだよフフフ……」

「でしたら私も、フフフ……」

「フフフ……」

「フフフフフッ……」

「フフフフフフフ……」

「フフフフスフフフフ……」

「おい、やめ」

「ウッフフフフフフルフフフフ!」

「ンンーヌッフフフフフフフフフフフフルルルルウ!!」

「トゥルルルフルルルルウルルルトゥルルゥ!」

「おいやめろ!笑うな!誰か助けてくれ!ここには言葉の通じる人間はいないのか!笑うな!なんなんだよもう!なあ、誰かいなのか!誰かぁ、誰かア……」


 ボルボーは干し柿になりました。


***

 作戦が続けざまに成功するようになり、とうとう魔族軍を降伏させるまでに至りました。戦争が終わったのです。

 私は数々の戦果を認められ、表彰と昇進がなされました。私は軍師になりました。孫子のように兵法書も書きました。タルカもまたその勇姿を讃えられ、兵隊長になりました。


 穏やかで幸福な日々が始まり、久しぶりにウーの元へ行くことにしました。急に彼女が恋しくなったのが決め手でした。

 その日の朝、夢を見ました。

 それはそれは変な夢でした。ベッドで眠る私をつつくものがいたのですが、見ると前世に痴漢で私を陥れた女でした。女は私に笑いかけ、

「あたしの与えた能力のおかげよ。感謝なさい」

 と囁いて消えました。何があたしのおかげなのか分からないまま目が覚めました。朦朧としながら鏡で自分の姿を見ると、


裁判所で見せた女の笑顔が私の顔にこびりついていました。

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