27話
董卓が驚きの表情を見せたのも当たり前であると孫堅自身も思っていた。
なぜなら自分の弱点となる部分を二人に見せなければ張遼が従わないという事になってしまうのを、孫堅自身が一番理解していたからだ。
しかしそれは一種の賭けでもあるのだが、自分が行けば信用してくれると考えていたのだ。
(賭けと言うよりは自分に言い聞かせているようなものかもしれないがな)
そんな孫堅を黙って見ていた関羽であったが、やがて重い口を開いたのだ。
「呂布将軍は止めないのですか?」
その関羽の言葉に董卓は意外な反応をすると呂布の方を向くのだが、その呂布は当たり前の様に答える。
「孫堅将軍が行かれるのでしたら問題は起きないでしょう。もし問題が起きるのであれは何かが起こった時に、この私や劉備殿とで解決するようにしましょう」
そんな呂布の言葉を聞いた董卓は最初は驚いた表情をしていたが、すぐに優しい笑顔に変わって頷く。
そしてそれを見ていた関羽と劉備も同じ様に頷いたのであった。
「しかし……こういった状況になると改めて思い出しますね」
劉備はそう呟くと懐かしそうな眼差しを天井に向けていた。
「昔を思い出しているのですか?」
その問い掛けに劉備は嬉しそうに頷くと董卓は優しい笑顔を浮かべると、関羽にも視線を向けながら言葉を続けたのである。
「初めて会った時もそうでしたが、正に生き写しですな」
その言葉に関羽は恥ずかしさもあったが、それ以上に嬉しさも込み上げてきたのであった。
そんな呂布が見つめる先で、関羽は恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべているが劉備が真剣な表情を浮かべると、突然呂布の方に向き直り口を開いたのだ。
「今一度、我らに機会を与えてはもらえませんか?董卓殿からも話は聞いていると思いますが」
その劉備の言葉に董卓は何も言わずに視線を関羽に向けるだけであった。
そんな呂布に対し劉備は話を続ける。
「張遼軍の陣の近くまで行っていたのだが、そこには誰もいなかったのです」
劉備は関羽との話を終えると董卓の下に戻って来ていたのだが、その際に見聞きした事を事細かに話していたのだ。
「張遼は私が生きていた頃にいた軍師の孫乾という者は、人とは思えぬ程の先読みで計略を使う男だったのですが、それに似ていました」
そんな劉備の話を聞き董卓と呂布は顔を見合わせるが、二人も同じように考えている事は同じだった。
孫乾と言う人物は劉備死後に曹操軍の軍師として袁紹の元に身を寄せていた人物であり、その後も袁紹の為に活躍したという話も聞いていた。
その孫乾がいると聞いて董卓も呂布も驚きを隠せなかったのである。
「今回の戦いは曹操殿には既に話を通してありますので、それほど心配はいらないと思います」
「それで?こちらから仕掛けるのか?」
劉備の話を聞いて関羽はそう呟くと少し考え口を開く。
「私の配下で信用出来る者五人を連れて行ってもらえないでしょうか?」
そんな関羽の頼みを聞いた呂布達三人は顔を合わせたが、呂布はすぐに了承した。
「俺の配下にも信用出来るヤツがいる。そいつらを六人付けるから安心してくれ」
関羽は頭を下げお礼を言った後、呂布の言葉に疑問を感じたのか聞き返した。
「私の配下の者では無く、関羽将軍の配下で信用出来る者ですか?」
その質問に呂布は頷くと少し頬を赤らめながら説明を始める。
「お前の配下の者にはそれぞれの意見を言ってくれているが、皆俺に対する忠誠心で繋がっているからな。その忠誠心は本物だが、強さに偏っているから不安が拭えないんだよ」
そんな呂布の話を聞いて関羽は楽しそうに笑うと。
「分かりました、お言葉に甘えさせて頂きます」
そんな関羽に劉備は頷きながら心の中で呟く。
(本当に正史とは違う人生を送って来たのですね)
その言葉を聞いていたのは董卓だけであったのだが、それを口に出して言う事はしなかったのであった。
翌朝になると張遼軍の陣の周りにいた武将達が孫堅軍の陣の中に入って来たのである。
「随分と早かったですね」
孫堅は警戒しながらも張遼軍にいた武将達を迎え入れたのだが、その時に驚きの人物が居たので驚いていた。
それは諸葛亮孔明だったのだ。
「失礼ながらどなたでしょう?」
自分の顔を不思議そうに見ていた魏続が尋ねて来たので諸葛亮は自分が何者であるかを説明する事にした。
「初めまして私は蜀の軍師をしております、諸葛孔明と申します」
その言葉に孫堅軍の武将達は驚きの表情を浮かべて諸葛亮を見つめる。
その武将達に丁寧な挨拶をすると今度は曹操の方に顔を向けるが、その様子を嬉しそうに見ていた曹操が口を開く。
「これだけの歴戦の猛者を手懐けるとは見事だな、流石は名高き鳳雛と呼ばれし者だな」
それを聞いた諸葛亮は少し考える様な素振りを見せると微笑みながら答えたのだ。
「昔の事ですから……今は隠居の身分ですし昔とは違いますよ」
その言葉に今度は孫堅が驚いていると、その表情に気付いた諸葛亮は少しだけ孫堅にも視線を送っていた。
(こやつ……)
その様子を無言で見ていた呂布であったが、特に声を掛ける事もせずに皆の様子を見ていたのである。
そしていよいよ張遼軍との決戦が行われようとしていたのである。
「関羽将軍は華雄討伐の際にこの軍師が使えなかった事に怒っておりますからな」
孫堅は目の前に控えている張遼軍の武将達の事など気に留めていないのか、関羽が連れて行かなかった武将を挑発する様にそう話すとそれを聞いた武将達は怒りの表情を見せていた。
「関羽将軍の部下だったとは言え、この戦いに参加する以上は私の部下だ。先程の言葉は私の部下に対する侮辱にも値するのだが」
張遼は表情を変えずに孫堅を見つめながら静かな口調で話す。
そんな態度も気に食わない様で孫堅は大きな声で言ったのだ。
「我が配下を見下し蔑む事は許さん!出陣だ!」
その合図に孫堅軍の武将達が叫ぶ。
そんな孫堅の行動を冷静に見ていた張遼は諸葛亮に顔を向けると一言だけ言葉を発した。
「行ってくる」
その言葉が何を意味しているのか分からなかった諸葛亮ではあったが、笑みを浮かべて頷くと張遼も小さく頷いて馬を動かしたのである。
(何をするおつもりでしょうか?)
そう思っていた諸葛亮だが、程なくしてその答えは判明した。
関羽の配下が動き出したのを見た張遼は、魏続ともう二人だけを従えてこの陣を後にしたのだ。
「どういうつもりだ?」
張遼の行動を見て孫堅がそう呟くと、武将の一人が怒りを露にして孫堅に詰め寄って来たのである。
「お前が行けと言ったから馬を動かしたのだ、作戦とかあるんだろな?」
その武将の剣幕に押された訳では無いのだが、呂布も意外と短気な性格をしているのか、それとも曹操軍の軍師の存在を認めていないだけなのか、さっさと魏続達の後を追ったのだ。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
その呂布の行動に焦った孫堅が声を上げると、諸葛亮も自分の目の前で剣を抜きそうな武将達を宥めるように声を上げた。
「敵の出方を見ましょう」
そんな諸葛亮の言葉で武将達も落ち着きを取り戻したのか一度冷静になると、孫堅は何かを思い出した様に張遼達が歩いて行った場所に視線を向ける。
それは張遼軍とは方向が違う場所なのである。
孫堅の視線の向かう先の物に気付いた諸葛亮ではあったが、ここで自分から声を掛ける訳にはいかないと思っていたので黙って様子を伺っていると、その事に気付いた魏続が声を掛けて来たのだ。
「何かお考えですか?」
その言葉に驚いた顔をしていたのは呂布だけではなかった様で、他の武将達も驚いて諸葛亮に目を向けると諸葛亮はすぐに答えたのである。
「何かお考えが御有りですか?」
同じ様に魏続も諸葛亮に問い掛けて来たのだが、そこで今度は関羽が驚きの声を上げたのである。
「何かあったのか?」
そう言って陣の中に入ると、目にした光景で更に驚きを見せていた。
そんな関羽に孫堅が説明を始めようとした時であった、張遼軍の劉備とその家臣である周倉と成廉の三人も合流し張遼軍の後を追いかける様に動き出したのだ。
「今回は関羽将軍の軍師である諸葛孔明殿がこの軍の指揮をとって頂けますか?」
周倉は劉備をそう紹介すると関羽は腕を組んで一度だけ頷いた。
「アイツに言われて来たんだろ?なら仕方ないか」
そんな関羽の言葉に皆が頷いたのだ。
「ご自由に行動して頂いて構わないのですが、少々厄介な状況になっているかもしれません」
諸葛亮のその一言で真っ先に反応したのは、関羽でも孫堅でも呂布でもなかった。
劉備が嬉しそうに口を開いたのである。
「どうされたのですか?何かお役に立てる事があるのですか?」
劉備の質問に諸葛亮は頷き答える。
「はい、まず一つの考えられる事はこの近くに他の軍がいる可能性があります」
その言葉を聞いて一番驚いていたのは関羽である。
(コイツそんな事に気付かなかったのか?)
そう思う関羽であったのだが、そんな関羽を見て劉備も思う事が有ったのかチラリと視線を向けてきたので苦笑いを浮かべていた。
「我々の存在を気付き、手を回している可能性があります」
そんな諸葛亮の言葉に皆が驚いていた。
「ど、どういう事ですか?」
劉備がそう質問すると諸葛亮は少しの間を空けてから答えた。
「もし張遼将軍の事を狙うのなら私達は邪魔な存在という事です」
それを聞いて孫堅が豪快に笑いながら言う。
「はっはっはっ!その通りだ。他に邪魔な存在などいないさ!」
そんな孫堅の言葉はある意味間違ってはいなかったが、諸葛亮は
「いえ……」
と一言呟いてから話を少し戻したのである。
「仮に張遼将軍の軍を狙っているのならば、その人物はこちらの動向を把握しているという事になります」
「何の為に?」
そんな劉備の言葉に諸葛亮は一度関羽に視線を向けるが、関羽も首を横に振って言った。
「知らない」
二人の会話を聞いて劉備は少し考えて再び諸葛亮に目を向けるとある可能性を口にしたのである。