24話
斬山刀が魏続の背中を斬り付けた。
「ぐわぁぁぁぁ!」
叫び声を上げながらその場にうずくまる。
(何故だ!何故、黄忠殿ではなく私を攻撃した!?)
そんな疑問の答えを持っているはずの呂布に視線を向けると、そこには無表情のまま立っている呂布がいた。
(どういう事だ……私の事は無視していたというのか……くっ!)
魏続はその場で斬られた傷を見るために上着を脱いで中の様子を覗いて見る。すると上着の中には血で染まった呉蘭の愛刀があった。
(ま、まさか!私を黄忠殿だと錯覚して斬ったのか!?)
呉蘭も斬られた痛みに耐えながら呂布に視線を向けていた。
魏続はそんな傷の状態ではこれ以上の戦闘は不可能であると判断して叫んだ。
「勝負あり!呂布殿の勝利!」
そんな叫び声が幕舎の中を駆け巡ると魏続は自分の傷の手当てをしてから言う。
「はあ参った参った」
すると呂布は槍を拾い上げると魏続に近づき斬山刀と交換する。
「これで呉蘭に斬り付けてもらって下さい」
差し出された斬山刀に魏続は自分の手を置いてみるが、特に意味のない事なので普通に受け取ると幕舎へと出て行った。
そんな姿を見送っていた呂布の元に黄忠がやってくる。
「呂布殿、見事な勝利でしたね!」
そう言う黄忠の事を睨み付ける様に呂布は言った。
「黄忠こっちへ」
呂布に呼ばれたので行くと彼からのキスだった。
「んちゅ……ちゅぷ」
口を離すと銀色の糸が出る。
「ん……前にしたいって言ってたろ?」
呂布は笑顔で言うと再び黄忠を抱きしめて唇を重ねる。
「それにお前が俺を挑発する様な事をするから、つい興奮してしまった」
照れながら言う呂布の姿を見て黄忠も嬉しくなってしまう。
「(あー、この人めちゃくちゃにしたいけど怒るよな)」
と、黄忠は思った。
そして呂布が斬山刀と交換した槍を持つと幕舎に向けて歩き出すので、そのまま付き添う事にした。
戦に出る事が多い武将であれば戦場で敵兵に扮する事も可能である。その為に服や武器も一緒に用意をする事になるのだが、実際にその戦いで敵から奪った武器や防具を上手く活用する武将達が多い。
なぜなら、それは作戦なのだからだ。
しかし、もちろんだが呂布のこの作戦は違う! これは本当に衝動的な行動であり、その場にいた呉蘭も魏続も驚いていた。
(そうですよね?呂布様)
「魯粛は意外と辛抱強いのか?」
急にそんな質問をされた孫策は考え込む様に小さく唸ると、そのまま小声で答える。
「そう言う部分は私にではなく本人に聞いて下さい」
少し困ったような笑みを浮かべる孫策に今度は呂布が質問する。
「どう言う意味ですか?」
そう言うと孫策は視線をチラッと曹操の陣営にいる魯粛へと移すとまた呂布に視線を戻す。
「先程から孫策殿の事をずっと見ているではありませんか」
そう言われて見てみると、確かにこちらに視線を向けている様だった。
(あんな奴よりも董卓の方がよっぽどマシだな)
そんな事を考えた呂布はこの戦いについて全てを思いだした様に言う。
「そう言えば、董卓を討ったのは私でしたな?」
呂布の言葉に孫策は言葉を失ってしまったのであった。
ようやく戦いが終わり幕舎へ戻る呂布と呉蘭だったが、中へ入ると意外な人物から声が掛けられる。
「呂布様!」
そんな声の方に振り返るとそこには孫静がいたのだ。
(そう言えば今回の戦は孫静が出ると言っていたな?)
そんな事を考えている呂布に孫静が近付いて来ると話を始めた。
「董卓とはどの様な関係だったのですか?」
そう質問すると孫静の隣に立っていた黄蓋がキッと睨んだのだが、それを無視して孫静は呂布の返事を待った。
「ああ、奴との関係ですか……いや本当に腐れ縁ですね!」
そんな答えを聞いて孫静は何となく予想が付く様な顔をしていたが黄蓋は怒りを露わにしていた。
「呂布殿!お二人に一体何が?」
「呂布と董卓の関係は何であんなに悪いんだ!?」
魯粛や黄蓋の言葉が重なった。
そんな二人に少し困ってしまっていた呉蘭だったが、そんな呉蘭に孫静が耳打ちする。
(呂布は私達には語らないでしょう、なのでお二人から聞いて下さいませんか?)
そんな言葉に呉蘭は頷くと質問してみたのだ。
「何故、お二人はそんなに仲が悪いのですか?」
その言葉に呉蘭だけではなく黄蓋や呂布までもが孫静と呂布の方に視線を向ける。
その視線に気まずくなってしまった孫静であったが、意を決したように口を開くと呂布が話を始める。
「別に仲は悪くはありませんよ。ただ気に食わないと言う事です」
すると黄蓋が言葉を挟んだ。
「その様な事であのような事になるわけなかろう!」
怒りの矛先を今度は孫静に向けてきた呂布に黄蓋が言うと続けて言う。
「大体、呂布様は董卓様や賈駆と手を組んで曹操様の討伐を目論んでいたのではなかったのか?」
その言葉に呂布は黄蓋を睨み返すと口を開く。
「賈駆殿は曹操の討伐軍に参加されていましたが?それに今は別にあの方達と協力をしようと考えてはいません」
すると今度は逆に黄蓋を呉蘭が冷たい目をしながら問い詰める。
「呂布殿が曹操に討伐の打診を受けた時、それを止めようとした私や董卓を強引に説得して行ったのは誰ですか?」
そんな呉蘭の言葉に黄蓋は何も言えず目を背けてしまう。
孫静と呂布の話よりもこちらの方が気になった呉蘭は少し考えてから答え始めた。
「やはりお互いが不信感を抱いていると言う事ですね?それならば仕方がないのでは?」
それに対して黄蓋が少し安心した様な顔をしていると、今度は呂布が孫静に説明をしたのだ。
「まあ、あんな事があったからな」
そして呂布は続けて言う。
「董卓にも言ったのですが、私も華雄も董卓に唆されていたから一緒に曹操を倒そうとしただけです」
そんな呂布の言葉に孫静や黄蓋、そして呉蘭が言葉を失う。
そして黙ってしまった三人の代わりに口を開いたのは呉蘭だった。
「華雄殿はここにはいないではありませんか?それに今の話から華雄殿は董卓に唆された事がない。と言う事になりますよね?(そもそも華雄殿の武勇は誰にも負けてないのに)」
呉蘭の言葉に黄蓋も頷いたのだが、そんな二人を孫静は黙って見ていた。
そうしている間に呉蘭は呂布からの話が終わっていたので幕舎から出ると黄蓋に言った。
「華雄殿は本当に董卓と仲が良かったと思いますけどね」
そう言う呉蘭の言葉に黄蓋は半分呆れる様に言う。
「確かに董卓を憎んだり、嫌ったりしていたようには見えない。ただ董卓や呂布を妄信している様に見えたのは確かだが」
そんな黄蓋に対して呉蘭が微笑みながら言う。
「妄信ですか……それはそれで悪い事ではないと思いますよ、互いに信頼しあっていると言う事は幸せな事ですからね」
納得のいかない様な顔をしていた黄蓋だったが、あまり考えすぎるのも良くないと思い頭を切り替える事にした。
呂布は呉蘭が出て行ったのを確認すると自分の椅子に腰かける。
「何か言いたそうな顔をしているな」
そんな呂布の言葉に孫静は首を振りながら言った。
「いえ、特に言いたい事はありません」
そこまで言うと孫静も黄蓋も幕舎を後にしたので呂布と二人きりになってしまう。そんな状態に呂布は少し気まずさを感じていたのだが、おもむろに口を開いたのは呉蘭であった。
「呂布様……本当に華雄殿を殺されたのですか?」
その言葉に呂布は驚いてしまったがすぐに表情を戻して言った。
「当たり前だ、俺を仇だと思い込んでいたからな」
そんな呂布の言葉に対して呉蘭が質問をする。
「本当にそうでしょうか?」
そんな質問に今度は呂布が驚く番だった。
(孫静から何か聞いたのか?いやそんな素振りはなかったような?)
そんな事を考えていると再び呉蘭が問いかけてきた。
「華雄殿の事だから何か理由があったはず」
その質問に呂布は思い出した様に呟いた。
「そういえば華雄と初めてあった時に思った事があったな?」
「思ってみられたのですか?」
そんな呉蘭の言葉に大きく頷く呂布。
「ああ、俺はそう思ったな」
そう言うと孫静から聞いた話と今の呉蘭の言葉を照らし合わせて考えてみたのである。
「そう言われてみれば、あれはそういう事だったのかもしれないな……」
「まさかとは思いますが……華雄殿も女だったとか?冗談で言っているのですが」
その言葉に呂布は怒るでもなく大きな笑い声を上げる。
「ハハハハハ!呉蘭お前面白い事を言うではないか、さすが董卓の頭脳と言われただけの事はあるな?」
そんな風に褒められるとは思わなかった呉蘭だったが、そんな事より気になったことがあったので呂布に聞いてみることにした。
「華雄殿が女だったら一体何が変わるというのですか?」
その質問に呂布は優しい笑みを浮かべて答えたのだ。
「華雄を好きな男にとっては、そうゆう小さな事でも大きな問題なのかもしれないな」
「はぁ……そうですか」
呂布の言葉の意味が何となく分かるような気がした呉蘭はこれ以上深く追求する事なく話を終わらせたのである。
そんな二人の話を聞いていた人物がいる事は呂布と呉蘭も孫静や黄蓋同様に気付かなかった。
時は少し遡り、呉蘭が呂布の幕舎を出た直後の話である。
幕舎の中ではまだ話し合いが続いていた。
「結局、華雄が女だったら何が変わると言うのだ?」
そう言う黄蓋に孫静は少し考えた様にした後、答える。
「女の幸せとか……ではないですか?」
孫静の答えを聞いて呂布は手で口元を隠しながら笑っていた。
(そんなにおかしかったのかな?)
そんな孫静に気付いた呂布は笑いを止めてから話し出す。
「そんな事を思っている事には気付かなかったが、まあ予想通りだったな」