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  作者: ラララルルル
7/8

三の③

 中村に会いに行く。ほとんど無考えで、とにかくミステリーマークとやらを七つ集め切らなくてはと言う義務感に切迫されて、会いに行く。行ってあれが欲しいと言うと、彼女はまた徒競走に付き合えと言う。今一度制服で走らなくてはならないらしい。

 今度はグラウンドにもまばらに人がある。陸上部員だろうか、肩を大きく回しながらとぼとぼと歩いている。加えて、石畳みにも数個の集団が会話に花を咲かせている。そう言った目に構わず、彼女は腕を伸ばし、伸脚し、準備を整えている。今度も盛大にスカートをなびかせるつもりらしい。

 僕も負けたくないから、今回は学ランを脱ぎ捨てる。いくら無気力を装っていたって、勝負事となるとどうしても勝とうと、いくらか努力しようとするのが生き物の性である。何事かに熱心なのは苦手だし、努力云々や根性論ともできれば無縁でいたい。けれども、おめおめと敗北の泥に甘んじる潔さが、僕には無い。だから、できれば人の誇りと尊厳をかけた試合など断ってしまうのだが、彼女はどうせ聞かない。大体、彼女は勝負事を大いに好む質であり、白黒つけて清々しく生きるのを良しとする人柄である。僕とは明確に異なっているわけだ。——時にはあやふやにしておいた方が良いことがある、と思い知らせてやることにしよう。

 またしても彼女がよーい、どんと勝手に号令をし、まず僕の方が追いかける形となる。以前よりは良い走りをしている自覚がある。証拠に、彼女の背中をちょっと先にまで捉えた。だが、トラックの線は無情にも左へ緩やかに切れていき——ゴールがどこと明確にされているわけではないが、ずっと直進して、ここかと言う地点に来ると、走り抜いた感に見舞われる。だから、この時も彼女は左方へ逃げて行く曲線を見送ると、速度を緩めた。その時一気に僕が追い抜いた。

 振り返ると彼女はもうその動きを止めようかと言う態勢である。

「俺の勝ち?」と聞く。息が荒い。

 彼女は脱力してへたり、腕を垂らすような姿勢となる。

「はあ?」と間の抜けた応答をした。

「どう考えても私の勝ちでしょ?」

「何で、俺抜かしたじゃん」

「ゴールした後じゃん?」

「ゴールってどこだよ」

「どこって、分かるじゃん」

 冗談を言うみたいに語尾を上げてくるものだから、僕もその気になって、「ミステリーマークちょうだい」などとほざいた。後から考えてみれば、こんな滑稽なことは無い。ミステリーマークなど要らぬ。そもそも、何だ、それは? 大層な景品のようだが、実質は布を継ぎ合わせた手芸品である。きっと少し激しく動いて、一時的に上気していたから、こんなおかしなことを言ったのだ。

「あげてもいいよ? でも勝ったのは私だから」

 当時の僕は、これまた不思議な事に、勝敗どうこうよりもとにかくこのハートのフェルトを手にしたかった。人の欲は分からぬ。以前に要るものが今要らなくなり、今要らぬものが明日欲しくなる。僕は到底これらの手作りに興味が無いが、あの時ばかりは欲しがったのである。

 彼女は僕にそれを渡すと『女子』の役を終える。しかし、僕はまだ意思のない主人公を演じなくてはならない。だが、もはや演じるどころかただ自然と暮らしているだけで物語の筋を追うようになった。これは恐ろしいことだ。個性で生きていると思っていた僕は、ふと気がつくと本の中の人と化している。空想に登場する人物と大差無い。もはや僕と言う人間は、劇中と現実の区別がつかず、ただ七つ揃ったからには彼の元へ向かうと言うことだけ思いついた。

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