二の①
二
おかしな劇場に迷い込んだ僕の身には、次々事件が降りかかることになる。これは、有り難いことではない。僕は、穏やかに生きていたいたちである。だから、事件が息つく暇無いようだと、知らぬふりをして、その内応答してやらない措置をとることになろう。脚本家は、主人公に僕を選んだことを、後悔しなくてはならなくなる。
なかなか、家に辿り着かせてすらもらえない。女子に絡まれて、つんけんされた後で、今度は井出と言う奴に図書館へ呼ばれた。その井出は、まくっていた袖を直し、荷物を担ぎ上げたトラック上の僕に真っ直ぐ向かってきて、さあ、図書館へ来いと筋書き通りに告げたのである。
ひとまず従順に行ってやる事にはするが、その内役に徹するのを怠けて、脚本を放棄するかもしれぬ。その時は、作家に謝ろう。何の為だか知らないが、こんな演劇を始めて、あまつさえ僕に次々何かさせるのは横暴だと、開き直って罵ってやっても良い。だが、そこは優しい僕のことだから、きちんと謝った上で役をおりるつもりである。
図書館に井出がいる。手招きして、僕を呼ぶ。呼ばれなくとも、側へ寄るに決まっている。僕が平時、自分の意思でこの場所を訪れることなどあり得ないのだ。掃除とか授業とかで、強制されない限りは、本を借りる気も自習する気もさらさら無い僕にとって、無縁の教室である。
井出は、ご丁寧に隣の椅子を引いて、僕に着席するよう促した。彼の思い通り、僕はそこに座る。
「やあ、呼び出したのは他でも無い」
他でもなくっちゃ困る。
「お前、ミステリーマーク集めてるらしいな」
ほら来た、と僕は心中に呟いた。
「まあ、そう言うことになっている」
「そこでだ。実は、俺が一つ持ってるんだ」
もう突っ込むのはやめておく。
「お前にやっても良いが、その前に一つ質問に答えてくれ」
「質問だって?」
「ああ。一つだけだ。あのな、その質問ってのは……」
井出は何故だかもったいぶる。
「何?」
「いや、な……」
ぐずくずする。一思いに吐き出してしまえば良かったものを、こう間を置くと余計喋りづらくなるのに違いない。だから、僕はいちいち急かしてやらなくてはいけない。
「何?」ともう一度聞いてやる。
「お前、テスト勉強してるか?」
「は?」
「してるのか?」
「あんまり……」
確かに、今日部活が休みなのは、学年末テストが一週間後に控えているせいである。だが、どうして井出が僕の勉学の具合をわざわざ気にする? おかしな話だ。
「どうしたの?」
「どうしたも何も無いよ。勉強はしなくちゃいけない。勉強するって、約束するなら、紋章を渡してやっても良い」
「……はあ」
親や先生みたいなことを言う。
「もっと、ちゃんと返事しろ」
「分かった、勉強する」
「良し」
何が、良しなんだか知れない。分からないけれど、とにかく井出は約束通り、僕に『四角』のミステリーマークを差し出してきた。やはりこれも、僕の既に所有している星型と同じように、綿が中に込められているらしい。ふんわり中心に小山が盛り上がっている。僕は受け取って、「ありがとう」と言う。言っておいて、何が有難いんだか判然としない。井出は満足げに、うむと小刻みに二、三度頷いた。ともかく、これで井出との用は済んだはずである。だから、意気揚々とこの図書室を退き、さっさと帰り路につくのが良い。それなのに、また井出に呼び止められる。
「何」
「いやな、今度は、門を出て道路を挟んだ目の前にある公園に行ってくれ」
ああ、なるほど。
「分かった」と快い返事をしておく。いい加減帰らせてもほしいものだが、どうも脚本家の気質が強情である。強情であるのと、加えてご都合主義である。予定調和かどうかはやり通してみないと分からないが——別に、予定調和だからと言って悪いと言う気も無いし——使役される駒の身にもなって欲しい。僕は給料をもらって名声を夢見、褒賞されようと試みる演技俳優では無い。この場合、演じる役は僕自身であるからちょっとややこしいのだが、まあ横暴である。乱暴な動かし方だ。