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六日目の出会


旅は順調だった。


同乗するテイタルの気遣いは流石侯爵の側仕えと言えるほど完璧で、通常よりも多めに挟んだ休憩では湖や花畑など景色のいい場所の案内もしてくれた。


順調だったと言っても、全てが思い通りに行った訳では無い。昨日まで、キルシエが馬車内に入ろうとしなかったり、二日目の宿に入ろうとした間際にテイタルが集客に積極的な娼婦に絡まれたり。些細と言っていいのか怪しい出来事こそあったものの、それなりに自分たちで対処しながら旅の半分を超えようとしていた。


私の身には大きな事故は起きておらず、様々な出来事も私に関係のあるものはキルシエの同乗拒否くらいだった。



「もうアンキス侯爵領には入っているのよね?明日の夕方にはアンキス侯爵領の屋敷に着くし、このまま何事もなければいいけれど。」


「そうですね。馬車も馬も馭者がよく整えてくれていますし、あとの道のりはこの森を抜けたら領民の住む場所になりますから。」



動物が悪さをしなければ、特に危険はありませんよ。とテイタルは微笑んだ。


その動物も周辺の住民が狩りをして間引いているらしいのだから、心配することはなにもない。私はすっかり緑に覆われた馬車の外の景色を眺めながら、ゆったりとした気持ちで背を座席に預けた。



「侍女殿。宿まであと少しですが、お疲れでしたら何時でも肩を貸しますよ?」


「…お気遣い、有難う御座います。」



テイタルが自身の隣りに座っているキルシエへ笑顔を向け、キルシエはその笑顔から逃げるように馬車の外へ視線を外す。それに対してテイタルが困ったような寂しそうな表情になるのは、ここ数日見かける光景だ。


二日目の朝の時点で、自ら馭者の隣に座ると移動したキルシエを、テイタルは疲れが取れないだろうと心配して馬車内へ誘った。それをキルシエは断り、私もキルシエの好きにさせてその日は終わったけれど、三日目もテイタルはキルシエの身を心配して馬車へ誘ったのだ。


私とテイタル、二人だけの馬車内というのも本当は体裁が悪いからという理由もあるだろう。しかしキルシエは私をテイタルへ任せ、自身は頑として馭者の隣に座ることを譲らなかった。テイタルが私にキルシエの行動の理由を問うてくることもあったけれど、『放っといていいですよ』と言うに留めた私の対応も気になったのだろう。休憩の度に、テイタルはキルシエへ話しかけるようになった。


その粘りのかいあってか、キルシエは今疲れた表情で私の前にテイタルと並んで座っている。



「キルシエ、流石にテイタルが可哀想なのだけれど。」


「…」



そっけない態度について一言投げかけてみた。


対してキルシエは顔を馬車の外へ向けたまま視線をこちらへ寄越してくる。なにか訴え掛けるようなそれに、私はキルシエの機嫌がかなり悪いことを確認しつつご機嫌取りのために一つ言葉を向けた。向けた相手はキルシエではない。



「テイタル。私達が領地へ着いた後、追って使用人が一人出入りすることになると思います。」



キルシエの肩が僅かに揺れた。


テイタルは私の言葉に「夫人のお世話を担う者が侍女殿お一人になるのかと心配しておりました。」と笑顔で彼はキルスと名乗る使用人の出入りを許可した。



「名前から男性とお見受けしますが、執事殿ですか?」


「ええ。私の世話だけでなく、雑事もこなせると思いますから、旦那様にもキルシエとキルスの存在をお伝えいただければ。」



馬車の外へ目を向けるキルシエの横顔が、少しずつ緩んでくるのが見える。テイタルはそれに気がついていない様子で、私の簡単な説明に頷きつつ「それは良いですね」と笑みを深めた。



「人手不足はどのような屋敷にもありますし、夫人の信頼を得ている使用人は多いほうが暮しやすいでしょう。」


「他の使用人と馴染めるといいのですけれど。」


「その心配は、無用だと思います。」



あら。



「テイタル…」



彼の返しが引っかかり、彼の名を呼んだその時。


ゆっくりと馬車が速度を落としたことに気がついた。こちらから合図を出さない限り、馭者が勝手に止まることは殆ど無かったために私達はそれぞれ窓から外を確認する。



「えっ!」



最初に声を上げたのはテイタルだった。


扉側に座っていた私達に「申し訳ありません!!」と断りを入れながらも、馬車の外へ慌てて出ていった。



「何かしら?」


「危険がある雰囲気では無さそうですが…」



もしも事故や不審者などの危険があれば、テイタルは私の身の安全か状況の把握に努めるだろうから、急に出ていくことはないだろう。キルシエは私の隣に場所を移し、テイタルが見ていた側の窓を覗く。



「どう?」


「宿まで本当に目前だったようですね。看板と建物が見えます。その宿の前で、あの方が誰かと話していますね。馭者ではありません。」



結婚式後に逃げるように移動を始めた私とキルシエ、私達を追ってきたテイタル、テイタルの雇った馭者のという極々少人数で今まで移動してきた。馭者でなければ私達の知り合いとは考えづらく、テイタルの様子からして彼は相手と面識がある模様。


しかし、今私達が居るのは森を目前に控えて家も殆どない場所だ。宿がこの場所にあるのもアンキス侯爵領に行き来する者たちのためだろう。



「偶然知り合いに会ったのかしら?」


「それにしてはあの方、随分と慌てた様子でしたね。」



馬車内から分かるのは、テイタルが面識のある相手を見つけて飛び出した、ということだけ。その相手との関係やその相手が何者なのかさえ窺い知ることは難しかった。


危険がない様子だとしても、不用意に私達が出るべきではないだろうと判断し、私達はテイタルか馭者が呼ぶまで待機することにした。キルシエは警戒を怠ることなくテイタルの居るらしい方向から視線を外さず、私は何かあればすぐに反応できるよう周囲に目を向けながら。


少しして、キルシエが「あの方がこちらに来るようです」と教えてくれた。



「夫人…申し訳ありませんが、一人だけ屋敷までの同乗をお許し頂けないでしょうか。」



開けた扉から言葉の通り申し訳なさそうに眉を垂らして、テイタルが私へ伺いを立てた。


チラチラと私達とは別の方向へ視線を向ける様子から、その先にキルシエの見たテイタルと面識のあるらしい人物が居るのだろう。



「取り敢えず、話していたのは誰なのか教えてくださいませんか。」



警戒たっぷりにテイタルの言葉に返すと、テイタルは申し訳なさに気まずさを混ぜて視線を彷徨わせる。


言いにくい相手なのだろうか。ますます警戒が強まる雰囲気を察したらしい。テイタルは意を決したように私へ恭しく頭を下げると言った。



「事情があり、屋敷までの馬車を逃してしまったようなのです。全ては私の責任、何卒お願いできませんか。」



質問の答になっていない。


テイタルへの怪しさが募る中、彼の隣から一人の男性が顔をのぞかせた。



「テイタルは悪くないんだ。俺が王都から帰るまでの手持ちが無かっただけでさ。」



茶色の髪を後ろで結び、長いそれを肩から前に流しているその男性は、人好きする笑みで私へ言った。気安いその態度が鼻につくかと思えばそれが彼なのだろうと受け入れられる、不思議な印象の人だった。



「横から失礼いたします。ハーラニエール様の使用人のキルシエと申します。失礼ですが、貴方様は?」



身なりが良いことと気安い態度から目上と判断するキルシエの行動は早かった。狭い馬車の中で私と位置を交代し、私を庇うようにして男性と対峙する。


その動きに相手も「おお!流石の警戒!」と警戒されているのにも関わらず関心を見せてから、胸に手を当てて言った。



「俺はノクトール。ノクトール・クロリアント・アンキス。」



クロリアント・アンキス


その名を名乗れる者は、私の知る限り二人だと認識していた。


アンキス侯爵家が当主、そしてその妻となった私。



「嘘、でしょう…?」



驚きに声を漏らした私に、ノクトールと名乗った彼は目を細めて笑った。



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