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愛しい我が子


寒い


何でワタシが


何で!こんな…!!



「おいアンタ、こんなところで…」



掛けられた声にそちらを見れば、そいつは誰もがするように顔の下を手で覆って目を逸らした。


けれどそんなもので、眼の前に装飾をぶら下げ現れた金蔓を掴まない奴は居ない。



「旦那じゃないか!!良いところに…!」


「し、知らない!お前なんて!」


「水臭いねえ!この前はあんなにワタシに奥さんのどこが気に入らないか言ってたくせに!」


「人違いだ!!」



暴れる金蔓はワタシを振り払おうとする。


けれどこっちだって生きるために必死なんだ。



「お願いだよ!ワタシと旦那の仲じゃないか!もう店にも置いてもらえなくなって頼れるのは旦那だけなんだ!」


「それはお前が客を選り好みするからじゃないのか!前に縁切りしたのを忘れたのか!?それもアンタからだ!!」


「忘れたねぇ!!」



寒くて暗い道の脇で逃げる掴むを繰り返しているワタシ達に、横を通ろうとする奴らは冷えた視線すら向けずに道を変える。


ここでこの金蔓の手を離したら、もうワタシに道は残されていない。



「このままじゃワタシ、追い出された店の前で適当な客捕まえて、旦那が言ってたことを全部話しちまうよ!?」


「お、脅すのか!?」


「脅すなんて、人聞きの悪い。こんな寒い場所じゃ口も上手く回らない。下手なこと言っちまいそうだって言ってるだけさ!」



金蔓の丸い顔が歪んだ睨みなんて、ちっとも怖くない。愛想よく見えるように口を上げて見返せば、金蔓はさっきまで振り払おうとしてたワタシの腕をそのままに、自分の懐へ手を入れた。


その動きにワタシは金蔓が懐に入れたものを取り出しやすいように腕を離してやる。


その間に逃げられようと、その時は金蔓に言ったことを本当にすれば良いだけさ。


金蔓は逃げることはせず、だけど早く逃げたそうに懐から袋を取り出すと、中から銀貨を取り出して地面に叩きつけた。



「…これっぽっちじゃ、口は塞げないねえ?」


「クソ…!!!」



次に落とされたのは銀貨が三枚。


店に居た時に買われていた値の半分ほどでしか無いそれに、腕を組んで金蔓を見る。


ちゃんと理解したらしい金蔓は、袋を一度握りしめた後に豪快に銅貨や銀貨をばら撒いた。


金貨こそ出てこなかったけど、これだけあればこの金を使って増やすことくらい出来るはずだ。


地面に撒かれた金を拾い始めると、金蔓はゆっくり後退り始めた。



「これっきりだ!これで終いだ!!」


「ああ!旦那のおかげで、暫く口が硬くなるだろうよ!!」



太い足を動かして去っていく金蔓の背に「暫くは、ね。」と声をかけてから、金を拾い続ける。


早く拾ってしまわないと、他の誰に取られるか分かったもんじゃない。


数えてみたら、やっぱり金貨には届かなかったけどそれなりの宿を取れそうな程には落としてくれていた。



「上手いこと使わないと。どうしたらこれを増やせる?どうしたらあの店の奴らを見返せる?」



臭いかすらわからない肩掛けを首近くまで巻き直して、取り敢えず人の行き交う通りに出る。


こっちに向く目は冷たいが、道を変えて金が増えるわけでもないんだから、知ったこっちゃない。


それにそもそもこの辺りは女が体を売る店が並ぶような場所だ。金や女を取り合う揉め事は多いが、それ以外は誰もが馴れ合いを避ける。さっきの金蔓は安く女を買いたくて、道で弱っているアタシに声をかけたんだろう。


店に居たときも、金払いが良いから優しくしてやっていたのに、ある日突然渋りだした。他の店に気に入った女が出来たのは誰もが気付いていたことで、おかげで私は笑い者。だからさっさと捨ててやったってのに、あの金蔓ときたら…



「ああ、やなこと思い出した。それより、この金の使い道だ。」



娼館、娼館、賭博場、娼館、娼館、呑み屋、金貸し、薬屋、と金を巻き上げられるような店ばかりが並ぶ道で何を買おうか悩んでいると、数名の歳の行った女たちが一つの店から出てきた。



「まったく、最近の若い奴らは自分たちが店から出られないからって年上を使い走りにさせるなんて!」


「男に媚びるための道具なんて、このまま破り捨ててやろうか。」


「やめないか、金と時間の無駄だよ。」



女たちが出てきた店は、小綺麗な見た目で他の店より小さい。看板には店に居た時に聞いた名前が書かれていた。



「ああ、書き物の店か。」



羊皮紙や高い紙も扱っている店だと聞いた。私の働いていた店は適当な雑紙を使っていたから用は無かったが、今出てきた女たちが話していたように男に媚を売るために手紙で誘うことが流行っている店もあるらしい。自分の使う香水をかけて、恋しい会いたいと思ってもいない言葉を書く。



「あ。」



そうだ。店を出されてから手紙を一度も書いていなかった。


こっちから送っても返事を寄越さない我が子は取り敢えずいいとして、噂に聞いた夫人に送った手紙の返事がまだだ。


あれだけ我が子のことを書いたんだから、いいとこのお嬢さんなら少しは情ってものを感じてくれるだろう。領地に誘って、少しは金をくれるかもしれない。そこで我が子と“一緒に過ごしたい”と言えば、一晩くらい泊めてくれるだろう。



「いやいや、相手はワタシやこの通りで体を売る奴らと同じ女。前に送った手紙の返事がすぐ来なかった事も考えると、こちらが下手に出るよりは女という立場から揺すった方が良いかもねえ?」



子供は産んだ女の天使であり、産めない女の悪魔となる。身が綺麗なお嬢様ほど、自分の血の混ざっていない子供の扱いは荒いというのは聞いた話だ。


産めない体である夫人が旦那が跡取りのために囲った母子を追い出した話や、後妻が前妻の子を虐げるなんてよくある話じゃないか。



「子を連れ帰る代わりに、金を貰うのも手かもしれないね。」



何にしても、一度夫人をこの目で見ないことには、手紙の返事を受け取らねば話にならない。


郵便屋を受け取り場所にすれば手紙のやり取りは問題無いのだし、催促ついでに一枚手紙を書いておこう。


喧しい女たちが出た店の扉を、ワタシは静かに引き開けた。



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