商売の話
「メーラ、ペーラ、どっちが良いと思う?」
私の使用している部屋で、ノクトールは二種のレース編みのリボンを手にしていた。どちらも私の手で編んだもので、慣れた作業は必要な長さがあっても短時間で済ますことが出来る。
今回は全く同じ糸で制作したけれど、糸の材質によって完成したモノの印象が変わり、色や太さ、硬さで多種多様。私の素材による完成品の違いについての説明にノクトールは『好きなものを選んでもらえるってことだよね!!』と前向きな言葉を返した。
双子の前に出した二種は安価な糸で制作したもので、私の考える価格はリボンとして使用する程度の長さでパン一つ分。意匠によって使用する糸の長さが変わってくるけれど、それによる価格の変動は微々たるものなので、高めの利益の設定であれば価格を揃えることも出来るだろう。
「メーラはこっち!」
「ペーラもこっち。」
「そうだね、こっちは二人の好きな花の模様だもんね。」
選んだレースを適度な長さで切り、ノクトールは二人の髪に飾る。そんな和やかな様子の横で、結び終えたリボンの処理をキルシエがしている姿は、とても出来る使用人のそれ。
白のレースは動きのある二人の頭で軽やかに映える。そのまま遊びに行くメーラとペーラを、その後ろを追うキルシエを見送って、私とノクトールは机に向き直った。
「簡単にお洒落を楽しめる!って…売れないかな?」
「そう仰るということは、ノクトール様は領民を相手に売ることをお考えですか?」
「え、そうじゃないの?」
首を傾げたノクトールに対して私も首を傾けて問い返し、更に彼は首を傾けて返す。
取り敢えず出来ることを実行してみようということで制作してみたのだけれど、誰が購入することを目的として動くかはとても重要なのではないだろうか。
「私が思いつく限りですと、売る相手はノクトール様の仰る“領民“と、領民は領民でも衣服を手掛ける”職人”という二手に別れるかと。」
領民が日々の彩りや贅沢として買うのか、職人が商売道具の一つとして利用するために買うのか。
これはどちらを目的とするかで、売り方は大きく異なる。私の言葉を聞いただけで理解したらしいノクトールは、目を伏せて「確かに…」と考え始めた。
「領民なら少し買って使えば満足かも。職人たちなら、ドレスや小物が売れれば売れるだけ多く必要とすることもあると思う。けど、そうなると安価なものってわけにもいかなくなるのかな…それに街で見たお姉さん達のドレス、レース編みが目新しいものってわけでもなさそうな感じだったし…」
独り言を呟きながら、手元の雑紙へ文字を次々に連ねていく。頭の中を書き起こしているようなその姿を、私は暫く静かに見守っていた。
「…うん。先ずは職人の方がいいかも。」
手を止めたノクトールは雑紙を見てから私へ告げた。
初めの彼の計画からは違った答えのようだが、どのように変化していったのだろうか。
「理由をお聞きしても?」
「ハルさんのレース編みが、どれくらい凄いものなのか職人の目線で見てもらおうかなって思うのもそうなんだけど、レースを使う場所が多そうっていうのが一番の理由かな。ドレス、鞄、帽子、お姉さん達は靴にもレースが付いた綺麗なものを履いていたし。職人達が使っているレースを見て皆が真似するようになれば、レースだけを売っても買う人が出てきそうでしょ?」
漠然としたものでなく、しっかりと考えられた答えに私は思わず安堵の息を吐いて頷いた。
「良いと思います。領内に服を作る職人がどれだけ居るのかを調べる必要があるかと思われますが、靴職人や鞄職人等のようにレース単体で製作を手掛ける職人がいても可笑しくはありませんもの。レース編みを施す時間を短縮できることに対して魅力を感じる職人が居るかもしれません。」
「…そっか…時間の短縮…。」
何やら力の抜けたような表情をしているけれど、ノクトールの考えを主軸に進めることは決まった。売り込む相手が決まれば、あとは商品と価格の提案をするために領内に出るのみ。
「どのくらいの値段で売りましょうか?」
「ドレスの一部で、ハルさんはすぐ作れちゃうし、糸さえあれば出来るから、銀貨、このくらい?」
立てられた四本の指に、私はピシリと固まった。
ノクトールの提示した値段は私の考えていたものの約十倍だった。
「…ノクトール様。一つお伺いしますが、このレースはお幾らで作れると思いますか?」
「え?んー、パン一つ分?」
私の見立てと大きく違わない返答に、彼が知らないのは物価か、と頭を悩ませる。
彼の食べているパンは随分と高価なものらしい。
「パンは、よく食べる白くて丸いもので銅貨四枚です。銀貨四枚は食事付きの宿で五日滞在できます。因みに、ノクトール様と泊まった侯爵家御用達の宿は金貨一枚です。」
「高っっ!!」
お分かりいただけて、良うございました。
やはりノクトールは頭が良く、教えれば計算も直ぐにできるようだ。知らないだけで。
「これから、知らなければならないことが多くありますね。」
領内のことや国のこと、貴族の一般常識に加えて侯爵家について。彼が苦手としているらしい文字の読み書きも。
笑みで言葉を述べた私に反するように、ノクトールは頬を引き攣らせた。
「ま、先ずは商売でしょう?この商品はハルさんの手に掛かってるんだから!」
「あら、ノクトール様がご提案してくださった案ですもの。勿論、お手伝いくださいますよね?」
私に丸投げなんて、許しませんよ?




