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自室の無い夫人

お読みいただきありがとうございます。

毎週日曜に投稿しておりますが、本日11/12は私事の都合によりお休みとさせていただきます。

この投稿話は11/3のものです。

大変申し訳ありません!!


届いた道具たちを全て確認し終え、私は独り言を呟きながら道具たちの置き場所について考えているキルスと共に一旦部屋へ戻った。



「想定外の道具の数でしたので、一部の工具については屋敷内の使用人部屋へ入れられないか相談するのが良いと思われます。」


「その辺りはゴーランやクエンスト様と相談したほうが良いと思うから、キルスに任せるわ。あの二人なら、私を介す必要もないでしょうし。」



私の丸投げのような指示にキルスは一度頷き、少しして顎に手を当てて考える素振りを見せた。



「そういえば、あの方にきちんとご挨拶していません。」


「あら、そうだったかしら?」



クエンストと数度言葉を交わしている私の横に、キルスやキルシエが居たと思うのだけれど…と思い返すが、私が別の者と居るときや少しキルスから離れた時に限って、クエンストは現れている気がする。


作為があるとは思いたくないけれど、イルエントと私達を繋ぐ者としてこれから関わるつもりなのだから、一度しっかりと顔合わせをすべきだろう。



「いい機会だと思って、使っていい部屋を聞いて来たらどうかしら?」


「その場に、お嬢様は…」


「…居た方が良いの?」



まるで人見知りする子のようなキルスの言葉だが、成人済みの彼に可愛さは欠片もなく、何を考えているのか疑わしく思えるだけ。


目を細めてキルスの返答を待てば、一度嘆息を混ぜてから口を開いた。



「私はお嬢様のお付きとしてこの屋敷にやってきたばかり。余所者が長子様の側仕えの方と上手くやり取りができるかどうか…」


「クエンスト様はその余所者の私にも好意的に接してくださったわ。」


「お嬢様は平気かもしれませんが、私はただの使用人ですので…」


「人の身分で態度を変える方には見えなかったけれど。」


「一度お嬢様の紹介を挟んで、ご挨拶させて頂ければ、私としても安心なのですが…」


「貴方らしくないわね。」



キルスの歯切れの悪い口調や態とらしい態度に苛立ちが湧き、目を細めて彼を見る。


言葉は自信無さ気なのに、メモを見ながら私に言葉を返しているキルスだ。“不安なので一緒に来てほしい”なんて言葉が出ることはないだろう。私が同行した先に、一体何を考えているのか。



「何が言いたいの?」


「言っても宜しいのですか?」



何が言いたいのかわからないのに、聞きたくないかどうかを判断することはできない。


キルスの問いかけに頷くと、彼は何度目かの嘆息の後にやけに凛々しい顔を作って一言。



「長子様や次子様の周囲に単独で近づきたくありません。」



冗談で言うには今後の思いやられる言葉に、私は姿勢を正してキルスに向き直る。私の動きに合わせてか、キルスもメモをポケットへ仕舞って手を横へ揃えた。



「それは、明確な理由があっての言葉なのよね?」


「はい。お嬢様を拒絶して居られるご様子のお二人に、過分な刺激は与えるべきでないと判断いたしました。」



その簡潔な言葉に、私は暫し思考に耽る。


イルエントは私達が屋敷で過ごし始めてから一切の接触を断っているし、ロイも私に対して直接の接触はない。


クエンストがイルエントの意向を汲んで動いているようだけれど、数度の彼からの接触は様子見や必要事項の伝達ばかりで、イルエントの意見は含まれていない様子だった。



「最低限、筋を通してから物事を進めた方が良いと思われます。」


「なるほどね。私を通して紹介があってからクエンストと関わっていく方が、イルエント達の心象も伺えるかもしれないものね。」



放任の許容範囲がどれだけなのか、彼らとの距離はどれだけ離れているのか。物理的に同じ屋敷というある程度近い空間で暮らしているだけで、彼らとは半月程度顔を合わせてすらいないのだから。


こちらが礼儀や手順を過度に省けば、それだけ彼らには私達がどれだけの距離を彼らに感じているのかを測られる。たとえ彼らがそれらを知らずとも、備えておいて損はない、と。



「クエンスト様に、貴方をきちんと紹介するわ。それと後日キルシエの方でも。」


「畏まりました。」



私の決定に、キルスは深く頭を下げた。


その頭を上げられる前に、私はキルスへ「ありがとう。」と言葉を乗せる。



「私ではそこまで気が回らなかったわ。」


「男爵家では、家族と使用人を介して会話することはありませんでしたから。無理もないかと。」



キルスは再びメモを手にして、何でもない態度で私の考えの足らない部分を擁護する。


貴族としての振る舞いは一通り母に教わったけれど、貴族としての家族との接し方は、私は実家という手本しか知らない。


本来貴族の家族とは、このように距離があるものなのかもしれないし、この屋敷の距離も普通の貴族の家族とは違うのかもしれない。何にしても、この屋敷での自分の立ち位置はまだ“自室の決まらない夫人”なのだ。


より良い生活を目指していく中でも、私はそれを忘れてはいけないのだろう。



「…ちょっと面倒ね。」


「そうですね。」



漏らした本音を、キルスは否定しなかった。



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