怒りの手紙
【お前は何時からそんなに薄情な妹になってしまったんだ。
いや、本当に薄情なのかは侯爵の名で届いた大金の入った袋で分かりきったことだが。ハル、妹を犠牲にして得た金など何になる?使えば私は妹を見売りに出したような心地が消えないだろうし、使わなければそれこそお前の決断を無碍に扱うことになる。
妹よ、私は怒っているんだ。お前が嫁ぐ前私は何度も聞いたな、“お前は侯爵を好いているのか”と。その答えがこの大金か?式の後、母さん倒れそうだったんだぞ。それに父さんにどんな手紙を書いたのか知らないが、あの人はお前が侯爵に好かれているから我が家にも恩恵が与えられていると思っているぞ。王都に居る侯爵と王都から七日はかかる領地に居るお前が、どうやって交流していると思っているのか真剣に問いたいところだな。
まあ父さんの呑気さはもう母さんに任せることにするが、私は最愛の妻を止める気はないからな。
結婚式の時から身重の体でお前を追いかけようとするくらいだ。私の手紙にもだが、妻の手紙には特にきちんと返事を書くように。私の残りの怒りは妻へ託すことにするよ。こちらについては心配しなくていいから、次はもっと詳しく生活について書くように。
ハル、私達はお前の幸せを心から願っているんだ。それだけは、忘れないでくれ。】
先に読んだ父の【ハルが幸せそうで良かった。ハルが幸せなら父さんも嬉しいよ。】という手紙はとても心温まり穏やかな心地で読めるものだった。次に開いたこの兄の手紙は、開く時からどのようなことが書かれているか不安だったけれど、読み終えた今も不安は続いている。
所々滲んだり引っ掛かった跡のある、感情が筆跡に強く出ているその手紙を、私はゆっくりと最後まで目を通した。これは私が受け止めるべき怒り。そしてこの怒りはそのまま、兄が私を想う愛情の表れでもあるのだ。詳細を隠して結婚式からそのままこの地へ移ったのだから、怒りも当然だ。
…今の不安はきっと、後半の文章が一番の原因だろう。
私は届いた手紙の中で未だ開いていない一通を手にし、数回深く吸って吐いてを繰り返した。不安は残ったまま、兄の手紙よりは薄く、父の手紙よりは枚数の多そうなそれを開いた。
【旦那様から怒りを引き継ぎましたので、自分の怒りも含めて認めようと思います。
侯爵との縁談をハルさんがご自分で持ってきた時から、可怪しいことは分かりきっていました。けれど貴女が頑なに隠すから、結婚式の後に少し調べてしまいました。
テオ様にはイルエント様とロイ様のことは教えないつもりでしょうか?】
「嘘でしょう!?」
予想していなかった文章に思わず声を上げる。何度読んでも、そこには知られないだろうと思っていた情報が世間話のように綴られていて。しかも名前まで。
【侯爵の素行については有名なので、テオ様も御子様の存在は驚いて居られないようです。隠し事は良くないと思うけれど、年上の義息子のことを知れば彼からの手紙が本のように厚くなってしまいそうだから、私も暫く内緒にしておきますね。】
綺麗に弧を描く、義姉の口元と瞳が頭に浮かんだ。
書き出しに“怒り”について書かれているが、義姉はけして文章に怒りを見せていない。感情を隠し、笑顔で核心を突く義姉の恐ろしいこと。ふるりと背筋が凍るような心地になりながらも、私は義姉の怒りを受け止めるべく先を読み進める。
【ハルさん。私は次期男爵の妻としてテオ様の妻として男爵令嬢で義妹の貴女を敬愛しています。特に男性の気配のなかった貴女ともう暫く共に暮らせると思っていたし、産まれてくる子はきっと貴女の後ろをついて回るような子になるだろうと思っていたの。それが、こんな形で簡単に会えない場所へ嫁ぐことになるだなんて、侯爵の所へ乗り込んでしまいそうなテオを止めるべきか迷っています。】
「………ふう。」
手紙から顔を上げ、一旦息をつく。
穏やかな文章と書かれている内容の差に目眩がしてきた。兄は“妻を止める気はない”と書いていたが、義姉は義姉で兄が暴走しそうなことを綴っている。
「義姉様のお腹にいる子が元気に育っているようで安心したわ!」
「まだ読み終わっておられませんよね?現実から目を背けるのは如何なものかと。」
これ以上読むのは私の心の安寧に関わる。そう思い手紙を閉じようとした私の傍から、冷静で逃げを許さないキルシエの言葉が掛かった。
そちらを見れば、既に検めたことで大凡の内容を流し見て知っているキルシエの視線が先を促すように手紙へ向けられる。
兄の怒りの手紙よりも、義姉の手紙は心を抉ってくる。抉った場所をまた抉るような勢いだ。けれど、これも自分の行動の結果だと言い聞かせ、私はキルシエに見張…見守られながら手紙の先の文章へ目を向けた。
【今はテオを止める事ができているけれど、御子様方のことや領地での生活の実態を噂などでハルさん以外から知れば、きっと誰の静止も効かないでしょう。少しはこちらの怒りがどのようなものか伝わったでしょうか。上手く伝わっていたら、次の手紙は領地についてよりもハルさん自身についてもっと教えてくださいね。詳しく、隠し事なく、教えてくださいね。
ハルさんは私の謝罪も感謝も要らないと仰るでしょうから、謝りません、お礼も言いません。けれど私は、貴女のお陰で我が子を育めるのだと、ずっと思い続けるでしょう。だからきっと、敬愛する義妹の、優しい叔母の顔を見せに来てくださいね。】
義姉は私のことをよくわかっている。
繰り返し綴られた“教えて”の文章もそうだが、少し行間を空けて強調している最後の文も。生活の苦しい男爵領の一助となるべく、そしてその結果が自分のためになるように動いたのだ。義姉が気負う必要など全く無いし、感謝されるような慈善的な行動でもない。そう私が思っていることを、よくわかっている。
「お兄様と義姉様の子は、きっと優しくて芯のある子ね。」
「そして貴族らしくないお子様になられることでしょうね。」
「そうかしら?上手く行けば男爵領も金銭的に苦しくはなくなると思うけれど…」
キルシエから返ってきた言葉に首を傾げる。
するとキルシエは、先程からキルシエの周りで遊んでほしそうに謎のダンスをくるくると踊っているメーラとペーラへ視線を向けた。
「お嬢様は、すぐにお子様に良くない影響をお与えになられますから。」
「良くない影響だなんて。私はこの子達が自ら!進んで!やってみたいと言っている言葉を尊重しているに過ぎないわ!」
遠く離れたこの地から、一体どうやって姪か甥に影響を与えるというのだ。
更に反論を言うべく口を開いたが、私の言葉は音にならず、キルシエの足元から聞こえる「ハルちゃん遊ぼう?」という言葉と共に可愛らしく一緒に傾けられる小さな二つの頭に頬を緩めた。
「お待たせいたしました。何をして遊びましょうか?」
「めに水やるの!」
「お庭の草を取るの。」
「…それ、遊びですか?」
キルシエがなにか言いたげな目を私に向けている。何を言いたいかはわかっている。いつものように、“それ見たことか”と思っているに違いない。
手紙の返事は暫くしてから畑の様子や子供達の様子も交えて書くことにして、私は机の抽斗に三通の手紙を仕舞った。
「ハルちゃん早くー!」
「早く、水やり。」
「はい!今行きます。」
お読みいただきありがとうございます。
…今回の投稿は手紙という段落が少なく文字量の多い回でしたので、読み難さで離れてしまう読者様が居られるのではと少し緊張しております。
さて。そんな読者様の人数が数字として見ることのできるブックマーク件数が、10月22日の投稿時点で50を超えておりました!ジャンルは“異世界恋愛”だというのに、全く恋愛していない本作の主人公を見守ってくださっている方々が、これからも投稿していく中で増える可能性があるのだと思うと、文字を打つ指先にも力が入るというもの。…いつかジャンルについてなにか言われるのではないかと怯えているというのもありますが。
恋は今のところありませんが、愛に溢れる本作が、多くの読者様のお目に長く留まるよう、全力を尽くしていく所存です。
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長くなりましたが、これからも貴族らしくないハーラニエールを支えるキルスでありキルシエである使用人の苦労を見守ってください。
『ハーラニエールの優雅な継母生活』を、宜しくお願い致します!




