ビックリ箱
ドレスたちを繕い、庭の一部を畑として手入れし、いくつかの種を撒いた。
そろそろ手紙の返事が来るだろうかと思い始めたこの頃。それよりも先に、送る日々の大半が楽しげな様子のメーラとペーラが、私の部屋へこれまた屋敷で過ごし始めてから少なくない回数繰り返されている恒例のように駆け込んできた。
「ハルちゃーーーーん!」
「ハルちゃん…!」
私の名前を呼びながらも、彼女たちが飛び込んだ勢いで駆け寄るのは私の傍らで控えていたキルシエのもと。
そのまま、ぱふり、とキルシエへ抱きついてから私へ顔を向けた。
「めがでた!!」
「ちっちゃい葉っぱがね、いっぱい。」
「まあ!無事に出たのですね!」
種を双子たちと共に種を蒔いてニ週間は経っている。何かを育てるという経験が無かったらしい二人は毎日キルシエやらキルスやら誰も居ないときにでも、畑の傍らで『まだ出ない?』『どんなのができるの?』『明日はでる?』などと種の成長を待っていたのだ。
私の手を引いて庭へ行こうとする二人に身を任せながら、通常よりも少し時間がかかってしまったが、きちんと発芽したことに安堵する。
こんなにも楽しみにしている二人をがっかりさせたくなかったということもあるが、出来た野菜たちが生活の一助となることを期待しているのも確かだ。
無事に収穫まで漕ぎ着けるかどうかはこれからにかかっているだろうけれど、男爵領では芽すら出ることなく種が土の中で腐ることも珍しくなかった。それを思えば少し力が抜けてしまうというもの。
「ゴーランがね!出来たお野菜でいっぱいお料理作ってくれるの!」
「スープと、サラダと、ケーキも作れるって言ってたよ。」
「楽しみですね。」
「「うん!!」」
本当に、無事に収穫できれば良い。
手を繋ぎ、時折前に駆けてくるくると踊り、そして楽しそうに再び私の手を引く双子の少女たちの笑顔が曇ることがなければ良い。
庭へ出れば、すっかり見慣れた小さな畑とそこに点々と緑の色が見えた。
そして、しゃがんで緑たちへ目を向けている少年の姿も。
「「ヨル兄様ー!」」
駆け出す双子の声を聞き、少年…ヨルテンはビクリと肩を揺らした。
それはきっと双子達の呼びかけに対してではないのだろう。私の考えのとおりにヨルテンは双子達へ一度緩く口角を上げた後、後ろに居る私達へぎこちない笑みを見せた。
「ご機嫌いかがですか、ヨルテン様。ヨルテン様も畑をご覧に?」
「え、あ、は…はぃ…」
緊張した様子で頷いたヨルテンと距離を詰めることはせず、遠くから畑を観察する。
小さな小さな芽はそこらの雑草より数段弱々しく、今にも土へ引っ込んでしまいそうなほど。失礼にも私は、それがヨルテンと似ていると思ってしまったが、すぐに瞬きをして思考から追い出した。
「兄様、兄様、これはなんのお野菜?」
「これは、豆の芽。僕たちが食べるスープにこんな丸いのが入ってるでしょ?それだよ。」
親指と人差指で丸を作ったヨルテンは、問いかけたペーラに優しく説明する。
メーラは私とヨルテンとの間を行ったり来たりして忙しそうだが、ヨルテンの話を聞いていたようで「あの豆好きー!」と飛び跳ねている。
「葉で野菜が分かるのですね。」
「ヨル兄様はなんでも知ってるんだよ!!」
「いや、メーラ、そんなこと無い、から…!!」
頭が落ちてしまいそうなほど勢いよく首を横に振り否定したヨルテンは、周囲で視線を向ける私達をそれぞれ見たあと蹲るように顔を隠してしまった。
そのように萎縮せずとも、博識だろうということは先日の談話室で知れている。あれから彼と会うのは今が初めてだが、ただでさえ細身な体を更に小さくしている彼を見ると、礼を口にしてくれたあの時の彼は、とても沢山の勇気を使ってくれたのだということが伺える姿だった。
「もしも気になることがお有りでしたら、野菜をつくることに慣れない私達に仰っていただけると嬉しいです。」
気候や質の違う土地で男爵領での経験は目安にもならないだろう。同じように手入れをするつもりではあるけれど、水やりの頻度やその他の作業は一度農家のおじ様の意見を聞くつもりでいた。
得られる知識は大いに越したことはない。
返事はなかったが、隠されてしまっていた顔が少し上げられたような気がして。その反応で満足することにした。
「メーラも教えてあげるね!」
「ペーラも。」
「ありがとうございます。ぜひどんなお料理に使えば良いのか教えてくださいませ。」
胸を張る二人の少女は畑の傍でしゃがんだらしく、裾が少し土で汚れている。
目線の高さを合わせつつドレスの裾を払えば、土汚れは乾いていたようで簡単に取れた。綺麗になった裾に双子たちの表情を見ようとすれば、どうしてか二人は勢いよくしゃがんで丸くなる。
「侯爵夫人、こちらにおられましたか。」
双子たちにどうかしたのか問いかけようと口を開いたところで、落ち着いた声が背から掛けられた。
立ち上がり振り向けば、イルエントの側付きであるクエンストがこちらへ向かって来ていて。未だメーラとペーラは私の背に隠れたままだ。
「おや、皆様お揃いでしたか。」
「許可を頂けた畑の様子を見ていたのです。」
様子のおかしい双子たちは一旦置いておいて、私はクエンストが見えるよう体を横へ向ける。慌てた双子たちは小声で「ハルちゃん!!!」「動かないで!!」と訴えつつも、私が反応を見せないのを見るやヨルテンのもとへ走っていった。
「芽が出たのですか!ああ、可愛らしいですね。」
「ええ…」
二人のクエンストに対する反応が気になり上の空で返してしまった。するとクエンストは畑から一度ヨルテン達の方へ目を向けると肩を竦める。
「…メーラ様とペーラ様については、私の失態が原因ですので、お気になさらないでください。」
「そう、ですか…」
気になる。気になるが、気にするなと相手が言っている手前、ここで追求しては貴族としても人としても少し不躾が過ぎる。
感情を表に出さぬよう努めていれば、クスリという笑い声の後に「それがですね…」と彼の方から言葉が続けられた。
「イルエント様への贈り物を御本人が拒否なさいましたので、お二人にお譲りしたのですが…お菓子かと思っていた贈り物の中身が、どうやら街で人気だったビックリ箱だったようで。」
「は?あ、いえ…ビックリ箱って、玩具のですか?」
イルエントが贈り物を拒否する姿も、クエンストが贈り物を少女たちへ与える姿も想像がつくが、それらとビックリ箱が結びつかない。
そもそも、一体誰がそんな贈り物を、と考えた時。馬車に多く積まれた荷物を背に緩く笑うノクトールが思い出された。
「まさか、ノクトール様がイルエント様にその箱を?」
「素晴らしいですね、正解です。メーラ様とペーラ様はノクトール様をお慕いしておられますので、あの方からの贈り物だとはとても言えず…」
中身を見なかった失態が、双子たちに避けられる結果を招いてしまった、とクエンストは淋しげな表情で笑った。
ノクトールがどのような思惑でイルエントへビックリ箱を送ったのかは検討もつかないが、不用意に手出しできない微妙な関係性の構図に、なんと言って良いのか言葉が思い浮かばず、私は視線を畑に逃がす。
クエンストも特に反応を待っていた訳ではなかったようで彼は「そうです、夫人にこちらをお届けに参りました。」と懐から四通の手紙を取り出した。
「イルエント様の手紙と共に届けられまして。直接のお受け取りとならなかったことについては、申し訳ありません。」
「いいえ、お気になさらず。これからも纏めてお受け取りいただいてからこちらへ渡してくださると私も助かりますので。」
盗み見られることへの警戒から、貴族ならば手紙の受け取りは慎重になるべきというが、開封された形跡もない手紙に対してあれこれ言うつもりはない。寧ろクエンストがまとめて受け取って、こうして届けてくれるのならば配達人を待つ必要もないしキルシエの手が空くので願ったり叶ったりだ。
これからも是非そうしてほしいと伝えれば、何処か肩の力を抜いた様子でクエンストは「それでは、そうさせて頂きます。」と柔らかく微笑んで場を後にした。
彼の背を見送ってから、私は手紙の封蝋へ目を向ける。侯爵家の象徴が一つと、見慣れた男爵家の象徴が三つ。
何が書いてあるのやら。
クエンストが去ったことに気がついたらしい双子たちが、私に抱き着くので倒れないよう耐えながら、私は封蝋を指で撫でた。
お読み頂きありがとうございます。
本日大遅刻をかましてしまい、読者の皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました。
この投稿話に登場したクエンストについて思い出せない方が居られるかもしれない。きっと居られるだろう、作者も記憶が薄れかけていたので。という自己満足のもと、クエンストについて少し紹介したいと思います。
クエンストはアンキス侯爵家の長男イルエントの側仕えです。身の回りのお世話をしている、人当たりの良い人物で、イルエントの人参嫌いをハーラニエールに話してしまうような、茶目っ気もある人物です。今回、双子に避けられているという内容が追加されました。
あまり濃い設定を出していませんが、作者自身が好きなキャラクターの一人です。
これからもクエンストと双子たちの関係性を見守っていただき、そして『ハーラニエールと優雅な継母生活』を宜しくお願い致します!




