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帰宅は早めに


「へえ!あのお屋敷に?」



暖かな印象を受ける店内に、綺麗に並べられたこんがりと艶のある焼き色と芳ばしい匂いのパン。


選んだパンを袋に詰めてくれている恰幅のいい女性は、私達が領主の屋敷に住んでいることを伝えると目を見開いて関心を寄せた。



「領主様の居ない屋敷に、一体何の用があって?」


「用…屋敷の管理…みたいなものでしょうか?」



首を傾げる私に、眼の前の女性は呆れたように息を吐き「私が知るわけ無いじゃない。」と詰め終えた袋を私へ差し出す。それを代わりにキルシエが受け取り、代金を払うのを眺めていた。



「そんなんで屋敷で働けるのかい?」


「まあ何とかなりますよ。」


「頼りないねえ…」



女性から心配の色が見て取れて、ふと兄と義姉を思い出した。


手紙が家族の元へ届くのはまだ少し先だろうし、返事が届くのも早くて2週間程度かかるだろう。男爵家に居る間中心配してくれていた家族からどのような返事があるか、今から楽しみなような不安なような。



「ほら、これおまけしてあげるから、あんたはこれ持ちな。」


「まあ!ありがとうございます。」



思考に意識を取られていた私の前に、なんとも良い香りを放つパンが差し出された。細く長い硬そうなパンが二本細い袋に入っており、私が受け取ると女性は満足そうに数度頷く。



「タルカラのジャムが挟んであるから美味しいよ!」


「ああ、お隣の。」



おじ様に聞いた美味しいお店『タルカラ』は、残念ながら開いていなかった。隣のこちらは開いていたので、取り敢えず入って美味しそうなパンを買ったというわけだ。


『夏の木』という店の名前の通り、店内には夏に実を付ける果樹の大きな絵があり、果樹の周りに家族が描かれていることから何か夏の木に思い出があると推測される。



「屋敷に近い農場のおじ様に教えてもらったんです。こちらのお店とお隣の『タルカラ』が美味しいって。」


「それは申し訳なかったね。今日はタルカラの体の具合が良くなくてね。あの子じゃないと店の菓子は作れないから。」



どうやら『タルカラ』とは人の名前らしい。



「また来ます。次はお店が開いているときに。お大事になさってくださいとお伝え下さい。」



長く住むのだ。店を閉める考えがタルカラさんにない限りは、また機会もあるだろう。顔も見たこともない人に対して不思議だろうが、進められた菓子がどのような味なのか気になるので、労りの言葉も添えておく。


私の言葉に数度頷いた女性は、近くの棚へ手を伸ばして小ぶりな瓶を数個取った。



「そう言ってもらえると嬉しいね。タルカラは私の娘なんだけど、別に重い病気とかじゃないから心配いらないよ。お腹に子供がいるってんで、タルカラの旦那が過保護に休ませただけだから。」


「まあまあお子様が!おめでとうございます。」



話しながら女性から差し出されるままに受け取った瓶の中身はジャムのようだ。流石にそのままでは落としてしまいそうだったので、パンの入った袋へ落とし入れておく。



「初めての子供だからってタルカラが平気だって言ってんのに小煩くてね。ウチの旦那だってあんなに心配したこと無いってのに!」



言葉の端々から、女性やその娘であるタルカラの旦那たちが心配性なのが伺える。対して女性たちは動きたいようだ。


仲の良さげな話の内容に口角を上げて聞いていると、女性はハッとしたように口元へ手を当てて話を終えた。



「私ったら初めてのお客さんに家のことをべらべらと、付き合わせてすまないね。」


「いいえ、とても素敵なお話を聞くことができました。」


「あっははは!!そんなお上品なもんじゃないさ!!」



女性の笑い声と「また来てね!」という言葉に送られ、私達は店を出た。


長く話し込んでいたようで屋敷を出発した時よりもかなり日が高くなっている。せっかく屋敷から出てきたのだから他にも色々見て回りたいが、パンを持った状態で歩き回ると何が起こるかわからない。


転んだり、落としたり、せっかくの美味しそうなパンを食べられないとなる前に、大人しく帰宅するほうがいいだろう。



「帰りましょうか。」


「宜しいのですか?」


「また来れば良いもの。植える野菜は買えたし、少しだけれど領民の方々が屋敷についてどれだけ知っているのかも分かったから、目的は達せられたわ。」



屋敷に出入りしているおじ様は、事情を全てではなくともある程度把握していたのに対し、先程の『夏の木』の女性は子供たちが住んでいることすら知らない様子だった。


両者領主について興味が殆ど無いようなのも印象的で、これから私達が領内を歩き回ったとしても大きな問題はなさそうだ。



「今度はメーラ様やペーラ様を連れてこられると良いわね。」


「そうですね。」



来た道を戻り、屋敷へ帰る。


荷馬車に揺られているだけだった行きとは異なり、帰りは歩きな上に私達の腕の中にはパンがある。



「馬車…馬…移動の手段が欲しいところね。」


「何かしら有るのではないですか?ご子息が王都へ来ることが出来たのですから。」


「それはそうだけど、私が好きに使っていいか分からないじゃない。」



手探りで行動範囲を確認している最中だ。あまり長男を刺激したくはないので、お伺いを立てる回数も減らしたいと考えていたのだけれど、移動手段は今後必要になる機会が増えるだろうし、聞くことにする。


キルシエと馬車について話しながら歩いていると、前方から人影がこちらに手を振っているようだった。



「キルシエ、見える?」


「“おじ様”ですね。」



農場のおじ様らしい。私達の後ろに人は居らず、私達へ向けて手を振っているようだったので片手でパンを持って手を振る。


するとおじ様は傍らにある荷馬車に見えるものに乗り込んだようだった。



「もしかしなくても?」


「帰りの心配が無くなりましたね。」


「図々しくはないかしら…?」


「お相手が快く提案してくださるようなので、甘えられれば宜しいかと。」



これ見よがしにパンを抱え直して、態とらしく疲れたように腕を振るキルシエに背を押される形で、私はおじ様へ近づく足を早めた。



「やっぱり歩いて帰る気だったな!?気になるから乗っていけ!!」



距離など気にしないとばかりに大きな声が聞こえ、思わず笑う。


初めての領内散策は、優しい人達の生活がほんの僅かに見えたものになった。



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