手紙を書きに
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毎週日曜日の10時に更新しておりますが、私事の理由により8/6は更新をお休みいたします。
この投稿は7/30に投稿したものです。
申し訳ありません!!
テイタルが使用している一階の部屋を訪問すると、キルスが扉を叩いて間もなく彼は顔を見せた。
開かれた扉から然りげ無く室内を覗けば、閑散とした部屋は以前見たままで、今日は荷物すら見当たらない。それについて私が言おうとする前に、テイタルは部屋の扉を閉める。
覗き見など貴族の令嬢がすべき振る舞いではない。暗にそう行動で示された気がして、私は慌てて言い訳を口にする。
「はしたない振る舞いだとは私も思っているのですよ?けれど、つい人の身辺や行動を見ることが癖になっていて。」
「夫人がお気になさる必要は…いえ、一時でも私室として使っている場所ですので、あまり見ないで頂きたくはあります。」
「それは、ごめんなさい。」
苦笑いで恥じらいを誤魔化すように頬を掻いたテイタルは、私を責める様子など見せること無く、しかし自身の意見を控えめに伝えてきた。
誰だって、許可なく私的な場所を見られることは躊躇うものだ。私は不躾に部屋を覗くような真似をしたことに対して、謝罪の言葉をテイタルヘ返した。
しかし、私のこの癖は男爵家で生活してきた中で必要に迫られて身についたもの。この癖は結構役に立つのだ。
「…覗いたついでに聞きたいのですけれど、いつ屋敷を発つ予定なのかしら?」
「お嬢様、反省くらいして下さい。」
「してるわよ!?した上で、気になったのだから仕方がないじゃない!」
キルスが溜息混じりにこちらへ呆れたような視線を向けてくる。
覗いたことについては申し訳ないと思った。だから謝罪したけれど、それと見たものに対して疑問を抱くかどうかは別だろう。
それが、私がここへ来た理由に関してならば尚の事。
「荷物が見当たらなかったし、前に部屋を見た時にはこの部屋を必要以上に使う様子なんて見られなかったから、もしかして既に出発の準備を整えているのかしらと思っただけなのよ!だってキルス、それを聞きに私達ここへ来たわけでしょう?」
「夫人、貴女様がそういう御人だということは分かっておりますから、落ち着いて下さい。」
テイタルは私を獣かなにかを宥めさせるように両手を前に出して上下に振った。“そういう”とはどういうことなのか詳しく聞きたいところだったけれど、これ以上テイタルの部屋の前で彼に迷惑をかけるのもどうかと思ったので、深呼吸して気を落ち着かせる。
少ししてから、私は改めてテイタルヘ質問を投げかけた。
「もう大丈夫だと思います。…それで、既に予定はお決まりなのでしょうか。近日中に発たれるのではと思い、手紙を預けたくて予定を伺いに来たのですが。」
「ああ、そうでしたか。ご報告が遅れまして申し訳ございません。明日の朝、ここを出発しようと思っておりました。」
思ったよりも早い彼の予定に、どうして言わなかったのかという疑問が胸に湧いたけれど、彼の存在が意識から抜けかけていた私が言えることでもない。
「急ぎ書きますので、侯爵と、実家に手紙を届けてくださいませんか。」
「勿論です。」
「それと、私と旦那様の婚姻の証書の写しを送って頂きたいのです。」
「畏まりました。手配いたします。」
手紙や頼みごとの他にも幾つかテイタルと話をしてから、私は来たときと同じようにキルスを伴い二階へ戻った。
早速手紙を書こうと部屋へ戻ると、まだ双子は寝ておりその姿勢は寄り添い座っていたものから片方へ雪崩れるような姿勢に変わっていた。アマレナが静かに目礼で迎えてくれ、それに私も視線で返してから、声を抑えて彼女へ話しかける。
「メーラ様とペーラ様は、途中で起きたの?」
「いいえ、自然とあのような寝姿勢に。坊っちゃんが先程少しお泣きになりましたが、お嬢様方はぐっすりお眠りでしたので起きられることもなく。」
オーレライのぐずりか泣き声で双子が目覚めていることも予想していたけれど、私の予想に反して二人はかなり熟睡しているようだ。
キルスが窓を開けたことにより心地よい風が私達の頬を撫で、双子を更に深い眠りへ誘う。彼女たちの膝にかかるよう掛布を横向きにかけ、私はキルスへ手紙を書く準備を指示した。
「お二人を起こしても可哀想だし、別の部屋で手紙を書いてくるわ。」
「分かりました。」
インクや便箋を乗せたトレイを持ったキルスと、再び部屋を出る。
書き物をする時には大抵自室か書斎を使用するものだけれど、自室は使わず自分の書斎など無い今、向かう場所は限られる。
「どこか使える部屋はあるかしら。」
「簡単にですが、一階と二階の掃除は済ませております。談話室には少量ですが書物もありましたし、机もありました。」
「まあ、ありがとう!着いてきてくれた使用人がとても優秀で、鼻が高いわ。」
予想以上の返答に、私はキルスへ心からの労りの言葉をかけた。それに対して「職務を忠実に熟したまでですので。」と返されれば、普通は素っ気ない態度に感じるかもしれないが、僅かに口角を上げて自慢げな表情を隠しきれていない姿を見れば、素直じゃない使用人に思わず笑ってしまう。
真っ直ぐ廊下を進んで、キルスの案内で談話室の前に着いても、私の笑いは収まらなかった。緩む口角のまま、トレイを片手に扉を開けようとするキルスを制して私が扉を開ければ、屋敷に来た数日前に部屋で感じた埃っぽさなどは全く無く、閉め切られた部屋特有の押し開く扉の重さだけが感じられる。
明るい色の木材そのままを使用したらしい家具で揃えられた談話室は暖かな印象で、使用された際には穏やかな時を過ごせそうな空間となっていた。
「お、思ったよりも本が多いのね…」
深い色合いの背表紙が棚に並べられている様は、キルスにどこが少量なのか問い質したくなった。本とはとても高価なもので、いつかの日に『一冊売れば一財産、一冊持てば永遠の財産』という謎の言葉を遠い目をした父が呟くほどには、男爵家で売る売らないの葛藤があった存在だ。
結果的に、諳んじる事ができる程読み込み、安価な紙に書き写してから手放したのだけれど、売れたお金で一年、私達は民からの税を必要とせずに暮らすことが出来たほどだった。
「これだけあればどれほどの価値が…ちょっと待って、ノクトール様が何方かのお土産に本を数冊買っておられたような………これ以上、考えるのは止めましょう。」
泣きたく事実をこれ以上考えても、他者が購入した代物をどうこうできるわけもないしと無理やり理由をつけ、首を振って思考を中断する。
今は手紙を書くことに集中しなければ。
この談話室にはコーナーソファが真ん中に置かれ、その向こうには今は火も何もない暖炉があり、本棚に近い部屋の隅には壁に向かって机が置かれている。私はやはり手紙を書くには机が良いだろう、とそちらへ向かってソファの傍を通った。
ソファが囲う真ん中にはガラス張りのローテーブルがあり、質の良さそうなそれに震える思いが湧きつつ、視界に入った革張りのソファへも目を向ける。
黄色味のある白のソファは座面が長めに作られているようで、人が寝ても余裕な大きさだと確かに感じた。クッションが数個置かれ、それに頭を置けば簡易ベッドとして十分寝られるだろうとも思った。本を広げて寝転ぶなんて贅沢だな、とも思った。
実際に寝転んだ人が目の前にいるというのに、私の頭はやけに冷静だ。いや、戸惑いを通り越しただけかもしれない。
「え、あ、ぁ……」
「ご、ご機嫌いかがですか、ヨルテン様。」
彼とは、このように突然の出会いしか出来ない呪いでも掛けられているのかしら。




