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次男と四男と使用人


本来領地を持つ貴族というのは、領地を治め、民の生活を守り、その見返りや土地を貸しているという認識から税という形で収益を得る。そして税として得た収益の一部を領地へ還元し、民からの税収率の向上を図るのだと、いつか男爵がお嬢様へ話しているのを聞いたことがある。


民であれば尊敬し、同じ貴族であれば同調し頷く方々も居るであろうその言葉。お嬢様は聞いた当時、『我が家は得るべき収益の一部ですら、残せる状況にありませんよね?』と男爵の心に大釘を打ち込んでいた。


得られる収益が無く、食べるものにも困っていた男爵家での生活と、この侯爵領の屋敷での生活を、お嬢様は重ねつつこれまでの経験を活かして生活を良くしようと奮起しておられるが。


バスケットを持つ手を変え、階段を登りながら思うのは、現状が果たして男爵家での生活と本当に同じなのか否かということ。



「ここだけ、違う土地のような廃れぶりだったし…」



ご子息が“お化け屋敷のようだ”と言われていることを受け入れているほど、本当に手つかずの屋敷の管理。明らかに不足している人員、何もかも補うことなど出来ず実質使用人二人によって繋げられている最低限の生活。


原因は現状を放置した侯爵にあると、言わずともお嬢様は知っておられる。


けれど俺は思う。屋敷の現状が“こう”なのは、本当に侯爵から満足に支援を受けられていないからなのだろうか。



「見ようとしない、知ろうとしない、動こうとしない…」



支援を受けずとも、子息たちは成長し歳を重ねている。


双子のご息女や幼くあられる末のご子息はお嬢様の言う通り罪無き子供達であるのかもしれない。けれど百歩譲って真ん中のご子息二人もそうだとしても、流石に成人を超えているだろうご長子や続く次子が、下のご子息たちと同じとは言えないだろう。



「十六のお嬢様に洗濯や土いじりができて、それよりも年上の方々に出来ないわけがない。」



甘く優しく、お嬢様はここに居る子供達と共に生活しようと努力しておられる。その方向性が少し令嬢らしからぬものではあるが、それがまたお嬢様らしくて良いと思う。


同じとは行かずとも、これまでご長子が屋敷のために何かをしたことはあるのだろうか。



「…面倒。」



突き放すだけ突き放し、過去の経験からでしか人を見られない、世界の狭い可哀想な人。自分から見たご長子の印象はそんなものだ。


好意的に見ることは難しい。


階段を登り終えて間を置かずして、ゴーラン殿から聞いたご子息の部屋の前に辿り着く。


一度思考を止め、数度扉を叩けば、小さく中から「だ、誰ですか…?」と怯えた声が聞こえてきた。



「ハーラニエール様付きの使用人のキルスと申します。ご子息のお腹が空いているのではと、お嬢様から食事を預かって参りました。」



何も返って来ず、沈黙が辺りを占める。


どうやら出てくる気配も受け取る意思も感じられない。しかしお嬢様の指示には従っておきたいので、あと少し待っても何も反応がなければ、バスケットを床に置いてお嬢様のもとへ戻ろうと思っていれば、薄く扉が開いた。


出来た隙間から、暗い部屋の加減で色の深く見える金緑の瞳が片側だけ見える。



「怒って…ましたか?」



お嬢様が、で良いのだろう。話の流れからしてお嬢様の反応を伺っていると判断し、首を横に振る。



「いいえ。ご子息の心配をしておられるが故に、こうして食事をお持ちしているとお思いいただければ。」


「心配…?」



数度瞬かれる瞳に、この方は向けられる感情の名を満足に知らないらしいと哀れに感じた。


が、そう感じた、それだけだ。



「ええ。ですのでこれはどうぞお受け取りください。」



バスケットを差し出せば、扉がきちんと開かれてご子息は震えながらも自分の手にあるそれを受け取った。


渡せたのだから、用はない。



「それでは、失礼いたします。」


「あ、あ…あの!!」



踵を返した背に声をかけられ、すぐにそちらを向く。


両手でバスケットの持ち手を握り、一度唇を噛んだご子息は瞳を伏せ、それだけでは勇気が出なかったのか左右に視線を彷徨わせながら呟いた。



「あ、ありがとう、ございます。め、メーラたちとも、遊んで、くれて…」



仲良く食堂に集まったと予想できるお嬢様達を見て、妹達のことに対して礼を言う兄。


何度も言葉を詰まらせながら、彼なりに絞り出した言葉が拒絶ではないのなら。お嬢様にいい報告が出来そうだ。



「今度は、是非ともお嬢様に直接仰って頂けると、きっとお嬢様も喜びます。」



丁寧に礼を心掛け、ご子息の部屋から離れる。階段に向かうまで背に視線を感じていたが、振り返っても何を言えばわからなかったのでそのまま階段を降りた。



「着々と、懐柔してるってとこか?」



階段を降りきった真横から掛けられた声に、足が止まる。


そちらを見れば、壁に背を預け観察するような視線を向けてくるご子息が。ご次子であられるロイ様、だっただろうか。ご長子ほど拒絶的ではないにしろ、お嬢様と関わりを持つ気はないと思っていた彼がまさか使用人である自分に話しかけるとは思わなかった。



「ご子息におかれましては、私お嬢様付きの使用人を「キルス、だろ?面倒だから早く質問に答えろよ。」」



貴族家とは思えない言葉遣いは、どこか親近感が湧いてくる。お嬢様に彼のことを伝えれば『教えることが多そうね。』とでも言いそうだが、自分としてはこのくらい砕けてくれている方が馴染みがある。


ああ、質問の答え、だったか。特に嘘や誇張を混ぜなくてもいいだろう。



「ご質問が『懐柔しているか』という点についてと認識した上で申しますと、答えは“いいえ”となります。」


「双子も、ノクトールも、これからヨルもだろ?これだけ懐かせようとしてるってのに、違うってか。」



片口を上げた笑みは嘲りが見られ、ご次子の中でのお嬢様もご長子と大きく変わりはないことが伺えた。


それを踏まえて、俺はお嬢様から教わった“いい笑顔”を彼へ向ける。



「回答についてのご推察は想像にお任せいたしますが、お嬢様がご子息方を懐柔しようとしているわけではないことは確かです。お嬢様は他者に好かれようと思っても、結局は自分のために動く方ですので。」



簡単に言えば、お嬢様は自身の損得で動く性格なのだ。もっと言うと“誰かのため”も結局は自身に返ってくると思っているのだ。


ご子息方と仲良くなって、暮らしていきやすくしている、という点については言わなくていいだろう。



「まあ良い。イルに追い出されたくなかったら、これ以上派手に動くな。」


「…お伝えいたします。」



言いたいことを言ったからか、俺の横を通って階段を登っていくご次子の背を見る。


何を考えているのか、よくわからない人だ。



「言って止まる人じゃないんですよね…」



火に油を注ぐ結果にならないことを祈っておこう。



お読み頂きありがとうございます。


遅れて申し訳ありません!

言い訳をすると、私生活の忙しさにより執筆に向き合う時間がなかったからなのですが、投稿間際で今回はキルスがなんだかサクサク動いてくれたことに対して『もっと早く思いつけばよかった!!』と頭を抱えたい気分です。


次は時間通りになるよう頑張ります!


また、誤字脱字報告、ご感想、そしてレビューもお待ちしております。これからも『ハーラニエールの優雅な継母生活』をお楽しみいただければ嬉しいです!

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