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強面の料理人


「作るのはいい…ですが、手伝えることは無ぇ…ありません、よ。」



私よりも年上のこの屋敷の実質主である青年の、なんとも可愛らしい弱点に一頻り笑った私はゴーランにクエンストやテイタルにもした説明を繰り返した。今のぎこちない返答がその結果なのだが、ゴーランは帽子を取った頭を片手で掻いて視線を彷徨わせている。



「基本はキルス…私の使用人に任せようと思うので、ゴーランさんには屋敷で勝手をすることを承知してもらった上で、後々に出来た作物を料理に使ってもらう約束をと思いまして。」


「あー…まあ、それは構いませんがねえ…あっ、いや、畑に手を付けては貴方様の世話をする人が居なくなるということです…から?」


「そちらはご心配なく。元より私は使用人の手を借りねばならない生活をしていませんから。」



実家である男爵領での倹約節約の日々を思い出し、あれは貴族の生活からは常識的にかなり離れていたと改めて思う。それでも家族との生活は掛け替えのないもので、メーラとペーラのドレスを繕ったときにも母と家の布製品を長持ちさせるために洗濯や繕い物をした日々が、楽しい記憶として思い出されたのだ。


男爵家でも庭で野菜を作っていた。領民たちに教わりながら適さない土地で出来上がり、量が足りないだろうと領民たちからも少しずつ分けてもらった野菜たちは、きっと買ったもののほうが美味しかったのだろうけれど、それでも夕食は腹も心も満たされるものであった。


同じにとまでは行かないだろうけれど、男爵家での生活はこの屋敷に活かせるだろう。実家ほど土地の質は歩くないはずなので、野菜も上手くできるかも知れない。



「ゴーランさんのお手を煩わせることの無いよう気をつけます。ですので、少しでもお金をやり繰りする手助けをさせてくれませんか。」



成功しない可能性もあるので、出来た野菜で料理をととまで願うことはしなかった。今ゴーランから得るべきは勝手に動くことへの了承なのだから。


ゴーランは腕を組んで、強面な印象を受ける顔を更に厳しくさせ唸る。昨日挨拶をしたときにも思ったが、ゴーランは初対面の子供を泣かせるような顔をしている。本人の性格は真面目で、ノクトールたちをしっかりと育て支えようとしていることが言動から伝わってくるけれど、それにしても見た目が恐い。


なんてことを考えていると、ゴーランは私を睨むよう…いえ、考えている体制からそのまま私を見たことで睨むようになってしまったのだろう視線を向けた。



「あのお…その…」



一度口を開いたゴーランは私から視線を外すと口元を手で覆って「夫人、になるんだよな…?嬢ちゃんのような見た目でも、夫人なんだよな?」と丸聞こえな独り言を呟いてから、息を吸ってこちらに向き直った。



「あのですね、夫人。その喋り方…いやその口調なんですがね、どうにかなりませんか?」


「え、口調ですか?」



畑は?と顔に出ていたのだろう。ゴーランは片手を振って「ああ、畑は上手いことできればこちらも有り難いことですんで。夫人が良いんなら…いや宜しければ、俺が言うことは無…ありません。」とあっさり了承の言葉を告げる。


それよりも、と彼は少し居心地悪そうにしながらも私の後ろへ一度目を向けてから、豪快に頭を掻いて言った。



「平民上がりの料理人に、そんな言葉使わんでください。こちとらこの喋りしかできそうに無えんで。」



先程から言い直したり詰まって淀んだりしていたのは、言葉遣いを気にしてのものだと分かってはいた。実際にゴーランが肩の力を抜くように喋りだした今は、貴族のような格式張ったものとは違う彼本来の口調であろう流暢なものだった。


礼儀や目上の者に対してというわけでなく、私の喋りに合わせるようにしてのものだったらしいゴーランの言葉に、私は一も二もなく頷いた。アマレナには、既に砕けた口調で話していることだし。



「分かったわ。ゴーランも、私には丁寧に話そうとか考えなくていいから。」


「おお、そりゃ助かります。どうも慣れなくて。」



侯爵が屋敷に来なくなってから、居るのは子供たちやアマレなだけで肩肘張る必要がなかったのだろう。安堵の息を吐いたゴーランに気を遣わせてしまったと軽く謝罪すれば、手を振って「ホントは気にせんといかんのでしょうけど。こちらこそ申し訳ない!」と苦笑いの謝罪が返ってきた。


笑うと、彼の強面な印象は柔らかく溶けていく。下がった目尻と上がる口角は、私に対して彼がどれほど緊張していたのかを教えてくれて。相変わらず子供を泣かせるような顔ではあるけれど、恐さは感じなかった。



「お許しついでに聞きますが、夫人は今お幾つで?」


「十六よ。」


「はあぁぁ…俺は旦那様にお会いした事も無ぇけど、政略結婚?って、そんなものなんですかい?」



私を不躾に上から下まで眺めたゴーランは、大きく息を吐いて私の後ろへ視線を向ける。


私の後ろにはテイタルが居るのだけれど、ゴーランの視線に合わせて私も後ろを見れば、額に手を当てて頭が痛そうにしながらもゆっくりと首を横に振った。



「前例がないとは言いませんが、年の差があったとしても通常は二十前後まででしょう。そもそも、初婚で若い令嬢であれば真っ当に十五までの年の差の令息の元へ嫁げるでしょうから。三十以上の年の差、それも十六の夫人でとなると珍しいことは世間の目が証明しています。」



ゴーランは世間の目など分からないだろうけれど、テイタルの“通常”についての説明に何度が頷いてから私へ憐憫の目を向けてきた。



「苦労なさったんですねえ…」


「あら、その言葉を私に向けるには早いわ。政略結婚がどちらから提案されたもので、両者の契約がどのようなものかを知らなければ、加害被害の区別は付かないものよ。」


「苦労、なさったんですねえぇぇぇ…」



ゴーランは何故か、何も聞くまいといったように私へ労りの言葉を押し付けてくる。


気安い口調を許されたゴーランの言動は、丁寧を心がけていた先程よりも遠慮というものがなくなっているのは気の所為ではないだろう。


無理をしていると分かりきった丁寧な対応よりも、今のゴーランのほうがずっと良いだろう、と私は未だに「夫人は苦労なさってるんですねぇ…」と自分に言い聞かせているゴーランの印象を“気のいいオジサンみたい”だと改めた。



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