林檎と梨と桜桃
草が茂り、土の乾いた場所は、レンガで囲われた形跡があって初めて花壇“だった”と分かる。
持ち去られたレンガは何処へ行ったのか俺の知るところではないが、荒れ果てた屋敷の現状を考慮すれば、建物か備品の修復に使用されたのだろう。
「お兄さん、ここはー?」
「メーラ、そこは石がいっぱい落ちてるよ。」
お嬢様が繕った揃いのドレスを身に纏って、軽やかに前を行くメーラ様とペーラ様は畑作りの手伝いのつもりか、俺に手を振って様々な場所を示してくる。
そんなに走っては汚れたりドレスが傷んだりして、再びお嬢様の手が必要になるだろうが、それもあの行動力のありすぎる令嬢らしさの薄い人を部屋に留め置くには丁度いいかもしれない。
「メーラ様、ペーラ様。そちらはこの庭の道ですので、別の場所にいたしましょう。」
「ここ、道だったの?」
「じゃあこっちー!!」
下を見つめて首を傾げる少女も、気を取り直して前へ走る少女も、自分にはどちらがメーラ様でどちらがペーラ様か分からない。
ならばノクトール様や他のご子息は呼び分けておられるのかといえば、ノクトール様曰く出来ていないらしい。『どちらか片方を呼ぶこと自体があまり無いからね。困らないよ。』と、ご本人たちを前に笑っておられた。
それでいいのだろうか。
「お兄さーん!ここー!!」
手を振るメーラ様かペーラ様か判断の付かない少女を前に、どうして自分がここまで彼女たちの呼び分けについて考えているのかというと、先程から頻りに使用人である自分に対して手を振る片方の少女が“お兄さん”と呼んでいるからだ。
「…えっと、ペーラ様。」
「なあに?」
意を決して呼んだ名に返してくださったのは、手を振る少女よりも近くにいた少女。
頭を傾けて愛らしい仕草でこちらを見る少女に“違った”とは言えるわけもなく、俺は膝をついて「メーラ様が示してくださった、あちらの場所をどう思われますか?」と取り繕ってみる。
暫し沈黙したペーラ様は、一つ頷くと「メーラ!」と片割れの名を呼んだ。
「なにー?」
「お兄さんが、メーラに用があるって。」
メーラ様がこちらに駆け寄ったことで向けられる二対の瞳に、俺は自らの間違いがペーラ様にお見通しだったことにたじろいだ。
「えっ…いえ…」
言い訳やら謝罪やら何か言葉を紡ごうとするが、静かに向けられる視線に喉元から出かけた言葉は引っ込む。今何を言っても、恥の上塗りにしかならない気がした。
俺は片膝をついて少女たちと目を合わせる。メーラ様だけだと思っていたが、今しがたペーラ様からも聞こえたので。
「お二人共、申し遅れましたが私はキルスと申します。ですので、私のことはどうかキルスと。」
「キルス?」
「はい。」
首を傾げるペーラ様に頷けば、ペーラ様よりも首を傾けたメーラ様が口を開いた。
「キルシエじゃないの?」
「私はキルスです。」
服が違うのだから侍女のキルシエと間違われることはないと思ったが、メーラ様とペーラ様は顔で判断しているのだろうか。俺は首を横に振って訂正する。
しかしお二人は顔を見合わせて不満げな顔を見せた。
「ええー?キルシエだよねえ、ペーラ。」
「うん。キルシエだよ、メーラ。」
「キルシエは侍女です。私は従僕のキルスですよ。」
どうしてこうも頑ななのだろうか。
これで認められなければいっそ諦めよう、と苦笑いでもう一度訂正すると、お二人はついに頬を膨らませて首を横に振った。
「だってお兄さんキルシエでしょ!?」
「それとも、あのお姉さんがキルス?」
俺はキルシエだとメーラ様が言う。
そしてペーラ様は、俺がキルスであればキルシエはキルスなのかと問う。
その2つの言葉は、けして物分りの悪い幼子の言葉と捨て置けるものではなかった。見分けられないだとか、服で見分けるだとかという問題ではない。
彼女たちは、正しく“キルス”と“キルシエ”を理解していた。
「俺は、キルスですよ。お兄さんではありませんから、呼び捨ててくださいませ。そして侍女のキルシエの“時は”、どうかキルシエとお呼びください。」
お二人の言葉を訂正することを辞め、俺は彼女たちに正しく言い聞かせた。
賢い二人は俺の言いたいことが分かったらしく、不満げな顔を花開くような笑顔に変えて頷いた。
「さて、メーラ様が見つけてくださった場所で畑を作ることと致しましょう。何を植えましょうか?」
「リンゴ!」
「ナシ!」
「「サクランボ!!」」
「ははは、木の果物ばかりですね。」
畑では作ることが難しい果樹を願うメーラ様とペーラ様は、まだ植えてもいないのに実ったら何を作ってもらうか相談し始めた。
果樹を植えるかどうかは別として、お嬢様の望みを叶えるならば植えるべきは芋や玉ねぎ辺りだろうか。人参や豆類も良いかもしれない。
あとは何か植えたらいいものは…と考えているうちに、俺もメーラ様やペーラ様のように食べたい食材を植えようとしていることに気がついた。
男爵家であれば叶っただろうが、ここはお嬢様が身を寄せる場に選んだ侯爵家の屋敷であって、自分が勝手をしていい場ではない、と俺は首を振って願望を掻き消す。
「キルスは何がいい?」
「私ですか?そうですねえ…」
何を植えるかよりも、まずは草取りからだなと思いつつ、俺はそっくりな二人の少女に手を取られながらくるくる可笑しな踊りに付き合った。
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