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不躾と金策


反省の言葉を聞くことができたので、私は概ね満足した。そもそも私の勝手でノクトールを連れてきたのだから、アマレナは始めからノクトールを責めるつもりなどなかっただろうし、この部屋に私達がいる必要はなくなった。静かになった空気に耐えられなかったのか、ノクトールが一番に逃げるように部屋を出て、アマレナと私はその後に続くようにしてオーレライとキルスの居る部屋へ戻る。



「あ、お帰りなさいま…」



キルスが声を掛けている最中、足早にその横を抜けノクトールは部屋から出ていった。それを目で追ったキルスは私へ向き直る。



「お嬢様…ご子息を泣かせてはいけませんよ。」


「少し怒っただけ。そもそも、泣いていなんていなかったでしょ?」



オーレライを慣れた様子で抱いて、あやしながらも口の減らないキルス。更に腹立たしいのは、少し声を大きくした私にキルスが落ち着き払った様子で「お嬢様、お子様が起きてしまわれます。」と手振りで静かにするよう示したことだ。平然とアマレナにオーレライを渡しているように見えるけれど、その頬が可笑しそうに緩んでいるのは見えている。



「…後で覚えていなさい。」


「この後はキルシエにかわりますので。」


「それで私が逃がすなんて、思っていないくせに。」



睨む私に対して、キルスは肩を竦めて飄々としている。


どうにか目の前の使用人の意表がつけないかと画策していると、オーレライの身体を数度揺らしてから静かにベッドへ移したアマレナがこちらに向き直った。その視線はキルスで固定されており、唇が微かに「キルシエ、さん?」と戸惑いを口にしているのが見える。



「ああ、ノクトール様の件で紹介が遅れましたが、私の実家からこちらに移ることになったキルスです。キルシエと同様に扱ってくだされば良いので、顔だけ覚えておいてください。」


「キルスと申します。」



胸に手を当てて綺麗な所作で礼をしたキルスに対して、アマレナは「キルシエさんのお兄様でしょうか、私はアマレナといいます。」と言いながら穏やかな笑みでスカートの部分を摘んで礼を返した。


キルスの紹介が済んだところで、アマレナは私へ顔を向ける。話を促すその仕草に、私はノクトールを交えて話そうと思っていた事を先にアマレナへ話すことにした。



「ノクトール様の謝罪は聞けたことですし、王都へ向かうために使った金額の補填について、アマレナに少し相談したいの。」


「補填、ですか…」



そっくり持ち出したお金を戻すことは難しいが、何かしらお金を工面できなければ明日の食事も難しいだろうと私は思っている。


私の考えを確信に近づけるように、アマレナは補填について“しなくていい”だとか“無理だろう”といった言葉を返さなかった。案を出すべきだと彼女自身も思う程度には、今の状況は苦しいものだということだ。



「侯しゃ…旦那様にお願いするのも一つの手だけれど、これからを考える旦那様に頼り切りになるよりも、別の方法を取るのがいいと思うの。」


「そう…ですね…」



通常の家庭であれば、当主に事情を説明して金銭を工面してもらうのが一般的。


けれどアンキス侯爵領の屋敷に当主は寄り付かないし、認知いていても放置している状態は通常とは言い難い。今回を特例として侯爵からお金の補填が叶ったとしても、元々支給されている金額が少ないので現状の改善には至らないだろう。


ならば基本の支給額を増やしてもらうのが一番の近道ではある。けれど…



「旦那様にお手紙を書くのと並行で、別の金策を練るべきだと思うの。手は幾つかある方が安心でしょう?」


「はあ…」



生返事のアマレナに思わず苦笑いが溢れる。今まで子供たちの生活を最低限維持する事を最優先としてお金をやり繰りしていた弊害だろうか、アマレナによりよい生活を目指す考えがないようだ。


メーラとペーラのドレスの話をしたときの嬉しそうな表情を考えると、子供たちのことであれば積極的に動くことができるようだけれど。



「考えてみるだけでもいいの。例えば…」



部屋を見回せば、広い空間に、静かに佇むキルス、戸惑いの滲むアマレナに、明るい陽光が差し込む窓。この部屋の窓の外には蔦が見当たらず、アマレナが手入れしているように見受けられた。景色のきちんと見える窓からは、手入れのされていない閑散とした庭があった。



「少し、お庭に手を加えてもいいかしら。」


「荒れておりますので、手入れするには…」



人手が足りない、という言葉は唇を噛み恥じたようなアマレナの表情で聞かずとも知れた。



「大丈夫よ!キルスがするから!」


「はい、私とお嬢様がしますので。」



戸惑うアマレナに私は距離を詰めて考えを話した。


何も難しいことをしようというわけではない。庭は庭として、土いじりをしようというだけの話なのだから。アマレナは最後まで疑いと心配の色を無くすことはしなかったけれど、実現したらどれだけ生活が楽になるかという点は想像できたらしく、キルスが動くことに対して咎めることは無いようだった。



「早速だけど、キルスは道具を探して。」


「わかりました。お嬢様はご長男とテイタルさんとゴーランさんへ話を通しておいてくださいね。」


「分かってはいたけれど、容赦なく私を使うわね…分かってはいたけれど!!」



サラリと私へ仕事を割り当てるキルスを睨めば、何処吹く風と言わんばかりに笑顔で首を傾げられるだけだった。キルスに何を言っても響かないことは分かっているけれど、素直に動くことも癪に障る。長男イルエントにはテイタルから伝えてもらって、ゴーランに話を通したら私も土いじりに加わろうと決めた。



「お嬢様はメーラ様とペーラ様のドレスのお繕いをなさってください。」


「終わったら」


「ご自分のドレスを。」


「それも」


「終えられたら、先程泣いて出ていかれたご子息をお慰めに。」


「だから、泣かせていないから!!」



私の心を読むように、キルスは言葉を紡いでいく。ドレスを直している間にノクトールは立ち直っているのではないかとか、ドレスを繕うことに対しては何も言わないのかとか、言いたいことはあるけれど。


それよりもキルスは、どうしても私を庭へ出したくないようだった。



「別に今更、畑を耕すことに口出ししなくてもいいじゃない。」


「口出ししなければ、ただでさえ少ない衣装が汚れて使えなくなってしまいますからね。だから今は、駄目です。」



衣装について指摘されてしまったら何も言えない。


渋々だがキルスの言葉を受け入れた私は、オーレライの寝顔に癒やされてからアマレナに挨拶して部屋から出た。



「さて、じゃあキルス、私は行くからお願いね。」


「はい。」


「はーい!」


「はあい。」



キルスの隣で愛らしく手を上げている二人に手を振って、私はテイタルを探しに歩みを進めた。


キルスならば、何時の間にか部屋の外で話を聞いていたらしいメーラとペーラの相手も上手く熟すだろう。それが出来なかったとしても、主人に対して少々無作法な使用人が困る姿を想像しただけで私の口角は上がった。



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