表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/68

金庫と帳簿


私とノクトールの訪れに、オーレライの世話をしていたであろうアマレナは首を傾げながらも、穏やかな様子で私達を部屋へ入れてくれた。


部屋へ来た本来の目的の前に私は興味が勝って、日が直接当たらない場所に置かれている小さなベッドへゆっくりと歩み寄る。そのベッドを覗き込めば、昨日は近づくことすら難しかったオーレライが目を閉じて眠っていた。



「今であれば、少々お触れになっても大丈夫ですよ。」



本当だろうか。


アマレナの言葉に勧められるように、私はそっとオーレライの頬へ指先を向けた。すると気配か何か感じたのだろうか、表情も何もなく眠っていたオーレライの眉間に突如クッと皺が寄る。


このままでは、昨日の再演は避けられないだろう。



「…やめておきましょう。」



手を引っ込めた私にアマレナは弱く笑った。また機会があれば、とオーレライから視線を外してから私はアマレナに向き直る。



「丁度オーレライ様も寝ておられるし、聞きたいことがあるの。」


「何でしょう?」


「ノクトール様たちに使われる金銭は、この部屋でアマレナが預かっているとノクトール様から聞いたのだけれど…」



アマレナがノクトールへ視線を向け私の言葉の真偽を確かめる様子を見せると、ノクトールは素直に私の言葉に肯定するように頷いた。するとアマレナは私へ視線を戻し「はい。本当です。」と部屋の一角へ視線を向ける。


クローゼットかバスルームか別の部屋があるだろう扉がそこにあるので、恐らくはアマレナの視線の先にノクトールが言っていた金庫があるのだろう。



「なにかご入用でしょうか?」


「ええ…メーラ様とペーラ様にドレスを購入してはと思って相談に来たのもあるのだけれどね」


「まあ…!!お嬢様方がきっとお喜びになられます!!」



両手を合わせて目を細めたアマレナは、本当に喜んでいる様子で先程視線を向けた金庫があるらしい場所へ足を運ぶ。


ノクトールはさっさとアマレナへ着いて行き、後ろから着いてこない私に「どうしたの?」と手招きした。


警戒がないのか、二人とも私を信頼したのか、どちらにせよ無用心に感じるその動きに、取り敢えずは何も言わず私はキルスへオーレライを任せる。



「少しオーレライ様を見ていて。」


「私にご子息のお相手が務まるとお思いですか?」


「ぐっすり寝ているようだし、見ているだけでいいと思うから。」



私の言葉にキルスは眠るオーレライを見ながら「承知致し、ました。」と頷く。その姿に私は、キルスは子供が苦手だっただろうか?と男爵家での生活を思い出すが、そもそも子供と触れ合う機会がなかったことを思い出す。


いい経験だろう、と戻った際にどのような表情になるか楽しみに思いながら、私はノクトールの背を追った。


扉の先は四方に棚や引き出しのあるクローゼットが広がっていて、その最奥にアマレナが金庫を手にして待っていた。重厚だが小ぶりのそれは、中身がどれほどの重さが分からないがアマレナも手にしている通りそのまま持ち出すことが出来そうな大きさ。


解錠も鍵穴しか見当たらないので、金庫と言うより宝石箱に近いようだった。



「鍵はこちらで、解錠は」


「ま、待ってください。そう簡単に他者へ話して宜しいものではないでしょう?」



片手を上げてアマレナの言葉を止めれば、彼女は無用心さを自覚するどころか柔らかく微笑んで見せた。



「奥様なら、大丈夫です。」



お、奥様…


慣れない呼称には戸惑うけれど、今はそれよりも彼女の無用心さが心配だ。とは言え無用心さは私へ簡単に金庫の場所や金庫そのものを見せること以外にも多くある。今ばかりは彼女が私を信頼してくれているのを利用して、話を先に進めることにした。



「貴女が最後にこれを開けたのはいつかしら?」


「皆様の食事のお金を出した時ですので…一月ほど前になります。お確かめになられるなら、帳簿はこちらに。」


「帳簿…」



アマレナの言葉に反応を見せたのはノクトールだった。取り出された一冊の薄い本のようなそれを手渡されたので、私はそれを捲って確認する。


手渡して気がついたのだろう、アマレナは「支出の記帳については…」と説明してくれようとしたので、私はそれを視線で止め、書きかけの最後の項に目を滑らせる。



「綺麗に書かれているわ。年に一冊、一月ごとに支出をまとめていることもそうだし、品目に分けて書いているのね。」


「お分かりになられるのですか?」


「悲しいことに、金銭管理をきちんとしていないと実家がお金を持つことは危険だったのよね。」



貧困に喘ぐ男爵家で珍しく収入があった際には、喜ぶよりも先に周囲…他領の貴族を警戒しなければならなかった。


その収入は何処から出たものなのか、どのように使うのか、残った利益はどこへ行くのか、一つ間違えば周囲は指をさして『満足に領地を治められない』と嘲笑う。父はそんな周囲の悪意に対して身を縮めて言い返せない性分であったので、私や兄、兄嫁である義理の姉が父に代わって矢面に立っていた。



「知らないと、損をするのは自分だったもの。幸いにも私の義姉は商家の出で、帳簿や金銭管理に詳しかったから色々教えてもらったわ。」


「そうでしたか…」



貴族に不似合いだろう能力にアマレナは眉を垂らしこそしたが、何も言わなかった。必要に迫られて身につけるという行動は、アマレナに意外性よりも憐れみと共感を生んだらしかった。


アマレナと言葉を交わしつつも、私は支出を見比べながら彼女に金庫の中身を確認させる。金庫を開けて、中にある硬貨を取り出した彼女は私の予想の通りに首を傾げて呟いた。



「あら…?」


「帳簿の金額よりも少ないのではないかしら。王都まで行って返って来る途中までだから…だいたい…」



頭の中でざっと計算した金額を口にすれば、アマレナは首を縦に何度も振って肯定する。


ノクトールは自身が何故この場に連れてこられたのか分かったようで、頭を掻いて「そういうこと?」と私を一度見てからアマレナへ視線を向けた。



「アマレナがオーレライを見ているときに、王都へ行くために俺が金庫からお金を取ったんだよ。」


「まあ!そうだったのですね!ノクトール様だったのでしたら、安心致しました。」



ホッとした表情のアマレナには悪いけれど、私は帳簿に書くこともせずにお金を持ち出したノクトールを、弁明の一つで許すつもりはない。


帳簿を見る限り、アンキス家の子供たちへ支給されている金銭は一定の額だ。消耗品や食費、驚くことに建物の修繕も、最低限ではあるものの子供たちに割り振られている金額から出ていることが分かってしまった。


屋敷に使用人が居ない理由、そして屋敷が“お化け屋敷”と言われている最たる原因が見えてしまった。



「ノクトール様。王都へ行くために金庫からお金を持ち出した時に、残りがどれだけか確認なさいましたか?」


「残り…?いや、その…」


「因みに、ノクトール様が持ち出された王都への旅費は、皆様に与えられているらしい金銭の6割ほどになります。」



逃げるように視線をそらして宙を見るノクトールに、冷静に諭そうとは務めているけれど、普段は全額が正しく金庫に収まっていたとしてもギリギリの生活をしていることや、手つかずの屋敷、別で書かれていればいいのだが、帳簿のどの項にも記載されていないアマレナとゴーランに関わる支出などを考えると、ノクトールには知ってもらわなければと焦りが湧いてくるのだ。



「ノクトール様、貴方様が持ち出しになられた金銭は、アマレナやゴーランが切り詰めてくれている大切なお金です。本来ならばノクトール様達が自由に使えるはずのお金です、が。」



自由に使えるはずなのに、どうしてそれが叶わないのか。それは偏に、侯爵がこの屋敷についての全てを子供達や金銭を送る使用人に丸投げしているのが原因だ。


けれどそれを知らなかったとしても、アマレナが管理していると知っているものを、持ち出したことはいただけない。



「アマレナやゴーランがノクトール様方のために護っていた場所を、貴方様が危険に晒したことはご承知なさいませ。」



お読み頂きありがとうございます。

初めましての方、見つけてくださりありがとうございます。

毎週日曜の10:00に更新している本作ですが、本日(2023/4/22)盛大に遅刻をかましまして、大変申し訳ございません!!


投稿時刻が変更になったとかではありませんので、来週も10:00に投稿いたします。…頑張ります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ