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屋敷の案内


ノクトール達の先導で進む屋敷の中は、少し空気が淀んでいるように感じた。


窓は透明さの強い硝子を使用されたものでありながら、その向こうには蔦が生え、一切開けられた形跡が感じられない。外観を見たときにもこの蔦が、屋敷を“お化け屋敷”のようだと感じさせていた。


二階へ登る階段もどこか埃っぽく、キルシエが後ろで「ここでの最初の仕事は、掃除になりそうです…」と小声で言ったほどだ。



「夫人は、アンキス侯爵家の指輪についてご存知だったのですね。」



階段を登りきったところで、少々疲れの滲んでいるテイタルの声が背から聞こえた。それに振り向こうとすれば、それよりも先に彼が私の荷物を手に横へ並ぶ。屋敷へ入る前にキルシエがテイタルから荷物を受け取ろうとはしていたが、彼は渡すつもりが無いようで笑みを浮かべるだけだった。私の荷物をキルシエへ渡さない意思は、今もしっかりとトランクの取っ手が握られていることでよく分かる。



「あら、王都で知らない令嬢は居ないのですよね?」



以前、そう“聞いた”のだ。私の返しにテイタルは苦笑いを浮かべ、情報の出処を察したようだった。


婚姻の儀で私が侯爵のものも受け取った指輪。あれはアンキス侯爵家当主とその夫人にのみ、身につけることを許されている意匠なのだとか。侯爵家に設計図が置かれ、アンキス侯爵当主の婚姻の際にお抱えの職人に依頼して造らせる。内側に互いの名を彫らせることで唯一無二の指輪が出来上がるのだ。


どこから聞きつけたのか、アンキス侯爵と“良い関係”の女性に待ち伏せされてまで聞かされた情報がこんなところで役立つとは思わなかったけれど、何でも記憶に残して見るものね。



「イルエント様、でしたっけ。彼がそれについて知っていなければ通用しませんでした。」



この屋敷に置かれ、出ることを許されていない彼らが指輪について知らない可能性のほうが高かったけれど。メーラやペーラの言葉遣いと比べるとよく分かるが、彼には多少の教養が伺えた。侯爵という人物についても“アイツ”と呼ぶ程度には私やキルシエと近い認識をしているように感じられたので、知っているかもしれないと思い指輪を見せたのだ。


侯爵が認知しただけで何も手をかけることなく、屋敷に置かれているだけの彼ら。そんな彼らに誰かが知識を与えたのか、はたまた必要性を感じて自身で調べたものか、男爵家の中でも貧困している我が家で私が受けたものと比較しても、不十分と感じるそれはなんとも中途半端で。



「ここなら、イルも何も言わないと思うよ。」


「こっちがメーラとペーラの部屋ー!」


「あっちは、ノクトール兄様の部屋。」



自分たちの部屋らしい扉を指したり、開いた私の使って良い部屋の中へ入っていったり。


ノクトールはテイタルへ私の荷物を部屋に置くよう指示しつつ、私やキルシエに「他の場所も案内するよ。」と先を進み始めた。私に充てがわれた部屋の中には咳き込むほどの埃が溜まっているようだったけれど、今は見なかったことにしてメーラとペーラを急いで部屋から出させる。テイタルは自身のハンカチで備え付けてあったテーブルを拭いてから、トランクを置いてくれるようだった。



「この二階は俺たちの部屋の他には応接室と談話室、客室が何個かあるくらいかな。自分達の部屋以外は使ってないけど。三階はイルとロイの部屋の他には侯爵の部屋が一応あるけど、その他の部屋も二人が適当に使ってるみたいだから、行かない方が良いと思うよ。」



あれだけ強い拒絶を受けた直後に、私室へ訪問だなんて大胆で非常識な行いをするつもりはない。従って侯爵の部屋だという場所の付近にあるであろう夫人のための部屋も行くことは諦めるのが良いだろう。


素直に頷いた私を、先程上がった階段とは別の階段へ促し、それを下りながらノクトールは屋敷の説明を続けた。



「一階は使用人が動く場所が多いかな。食事は食堂に用意されるからそこで食べてもいいし、部屋に持って入ってもいい。入浴は部屋でも出来るけど、湯の調達に人を割くのは難しいと思うから気をつけてね。あとは…」



三階の青年たちの部屋以外には出入り自由…というより、出入りしても気が付かないだろうとのことだった。屋敷で働く少人数の内の一人である料理人と顔を合わせたけれど、彼は挨拶よりも先に顔を顰めてノクトールへ調理場へ貴人を連れてくるという非常識さを説いた。



「坊っちゃん…私に挨拶など不要だと言っているではありませんか。ましてやご令嬢はここへ来ることもないでしょうに。」


「来ることになるでしょ。ここには料理を運んでくれる人が、…居たね。」


「キルシエと申します。」


「え、あ…ゴーランです。」



向けられた視線を受けてキルシエは料理人へ挨拶をし、その流れでか料理人ゴーランも被っていた帽子を取って名を告げる。眼の前で繰り広げられる常識から外れた光景が可笑しかったが、荷物を置いて追い付いたらしいテイタルが渋い表情をしていたので、緩む頬を引き締める。



「これがアンキス侯爵領の現状なのでしょう。」


「…はい。」



テイタルが最後にこの屋敷を訪れた際にはもっと使用人が居て、料理人と侯爵の子達が気安く会話をすることなど無かったのだろう。


それがどうして今のような現状になったのか、テイタルや侯爵には知る責務があると私は思う。


テイタルは私やノクトールへ一度礼を向けると、その場から静かに去った。階段を上ったところを見るに、現状を知っている者に話を聞きに行くつもりなのだろう。上手く聞き出せればいいけれど。



「…あ、泣いてる。」



そう言葉を零したのはテイタルの去った方向へ目を向けるペーラだった。ノクトールやメーラ、ゴーランが静かになると、確かに微かに高い音が聞こえる気がする。



「ああ、本当だ。」



ノクトールはペーラの言葉に頷いてから、次いで私へ視線を向けるとゴーランに一言二言何かを告げてから階段へ歩みを進めた。


着いて来いなどとノクトールは言わなかったけれど、私は自然と彼の背を追ってもと来た廊下を歩いて戻る。微かだった音は段々と大きくなり、それに従ってその音が何であるかを私に分からせた。


ノクトールが二階の一室の扉を三度叩いた頃には、その音が“声”であり、少ししてから扉を開いたことで大きくなった声が幼子のものだと知れた。


私は今、どんな顔をしているだろう。手招くノクトールの後ろから部屋の中を覗き込み、日当たりのいいその室内の窓辺で立つ一人の女性とその両腕に抱えられている存在を視界に入れる。


先程から聞こえる声の主に、私は頭を抱えたくなるのを堪え挙げた手を額に置くに留めた。



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