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対抗の名乗


流石の私も、二人の小さなレディがいくら可愛くても安易に思考を手放して愛でるわけには行かないことくらいは分かっている。



「こっちがメーラで、こっちがペーラ。双子なだけあって、そっくりでしょ?」



気持ちを整え落ち着こうとする前で、ノクトールは二人の妹の頭を撫でて彼女たちを私に紹介してくれた。確かにそっくりな顔立ちの二人で、髪を二つに結って両肩から前に流している子がメーラ、一つに結って片側から前に流して居る子がペーラと示してくれるけれど、両者がその髪を解き、柔らかそうな明るい茶の色のそれを後ろに流したなら、何方が何方かきっと私には分からないだろう。



「本当にそっくりです。お揃いのドレスもよくお似合いで、こんなに可愛らしいレディは見たことがありません。」



瞳の色に合わせてあるのか、黄緑を基調としたドレスはレースを多くあしらっており二人の愛らしさを引き立てているように思える。


お世辞でなく本心から二人を褒めれば、顔を見合わせた二人は照れた様子でくるりとその場で回ってドレスを見せてくれた。


その時。回る二人の内、メーラのドレスから何やらヒラヒラと彼女の動きを追うように何かが出ているのが見えた。



「メーラ様、メーラ様。少々宜しいでしょうか?」


「なあに?…あ!!」



動きを止めたメーラの腰辺りに垂れるそれを摘み上げると、彼女はドレスに繋がった私の指先あるそれを見て頬を膨らませた。



「ペーラ!隠してもまた出てきちゃう!」


「今日はメーラがそっちのドレスだったんだ。気づかなかった。」



メーラが腕を振って動きを大きくすると、私が摘んでいるそれはどんどん長くなる。繋がっている箇所を見るとドレスのレースの部分がスルスルと解けているではないか。



「お二人共、これは何時から…あらあら、そんなに動いてはもっと解けてしまいます。」



幼い子を静止させることは難しいので糸から指を離せば、レースの解けた糸は再びメーラの動きに合わせて揺れていた。



「この前お庭で遊んだときにひっかけちゃったの!」


「メーラがお転婆なんだもん。」


「ペーラも一緒に遊んでたもん!なのにこのドレスだけ解けちゃったから…」


「やっぱり、メーラはお転婆。」


「もう!ペーラ!!」



なんだか楽しげに言い合っているけれど、直しはしないのか。


そういえばずっと気になっていたが、彼女たちがノクトールへ突撃してから暫く経つのに使用人の姿がない。出迎えない方針だとしても、貴族の…それも侯爵家の幼い子女が二人揃って門前に出ているというのに、お付きが居ないとはどういうことだ。


加えて今の会話。衣装の管理は使用人の仕事だが、着ている本人たちが数日前に引っ掛けて出来たと話しているドレスの解れを、二人にドレスを着せているであろう使用人が見逃していたとは考えられない。二人に直すという発想がないのなら、進言の一つでもするのでは。それとも…



「テイタル、ではなくて。ノクトール様、一つお伺いしたいことがあるのですが。」



テイタルに聞くことはもう止めよう。


顔を青くしている彼は、何も知らないだろうから。それよりも有益な情報が聞けそうなのは、この屋敷で暮らしているノクトールだ。


屋敷の住人を出迎えるのも、ドレスの解れを直すよう手配するのも、もっと言えば屋敷の手入れも住人の外出を把握するのも使用人の仕事だ。それら全てが、困窮を極めようとしていた男爵家で暮らしていた私の知る常識すら満たしていない。



「この屋敷で、一番立場のある方は?」



使用人が十分に居たとしたら仕事をしていないことになるし、居なかったとすれば雇えない理由を聞きたい。これはもう、知っていそうな使用人を纏める者かノクトールたちの保護をしている誰かに直接聞くほうがいいだろう。


私の問いかけに、ノクトールは屋敷の玄関へ目を向けた。


そこは両開きの扉がメーラとペーラが出てきたときのまま開け放たれていて、そこから二人の人物が姿を見せる。あ、もう一人奥に居た。


その全員が瞳の色を同じくしていて、私は驚きと戸惑いと怒りとでわけが分からなくなり、息が止まりそうだった。



「居場所がないからと、焦りでもしたか。」



その冷たく低い声にあるのは、拒絶だろう。


この人は何を的外れなことを言っているのだ、と歳は近そうだが私よりも上に見える青年を私は見上げる。チョコレートのような暗い茶色の髪は、青年の心を表しているような気がしてくる。それほど明るい色合いのノクトールやメーラ、ペーラとは表情に差があって、同じ色のはずの瞳も眼の前の青年は鋭く冷ややかだ。


…私への印象がとても良く表れている。


ノクトールの視線から、青年の言葉から、私が話すべき相手は彼なのだと理解した。なので手順を踏むため私は彼に対して腰を落とす。



「ご挨拶申し上げます。私」


「要らない。アイツの愛人の名前なんて、知ったところで直ぐに居なくなるんだから、聞いても無駄だろう。」



…はあ?


名乗ることを許されず、青年の名も分からなかったので呼ぶことすら出来ないが、この男はやはり勘違いをしている。


私は侯爵が誰と仲良くしていても興味がないことは確かだけれど、自分が愛人になったつもりはない。


それに、すぐこの領地からいなくなるわけにも行かない。ここで暮らすことは侯爵との約束に含まれているし、何より色々と見て回りたい場所が多い。


勘違いで突き放されたまま、放り出されるなんて我慢ならない。


私は胸を張って、顔を上げて、名乗らない青年の瞳を真っ直ぐに見た。



「ハーラニエール!クロリアント!アンキス!と申します!!今後も長く関わるでしょうから、お見知り置きくださいませ!!」



目を見開いたその表情に、私は意表を突けた満足感から口角を上げる。


表情を変えたのは眼の前の青年だけでなく、後ろに控えるようにしながら私を観察している体格のとてもいい青年も、奥に隠れるようにいる青年も、驚いている様子だった。



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